一瞬の瞬き
もし、余命を宣告されたら、あなたはどう生きますか?
怯えて部屋に逃げ込む?どうせ死ぬんだから、と犯罪を犯す?
それともやり残した残したことをする?
どれもあなたの自由でしょう。
これはその選択をした一人の少女の物語。
雪が死んだ。
その知らせが入ったのは家に帰ってすぐの事だった。電話が鳴り響き、彼女の入院している病院からすごく沈んだ声でそう告げられる。
「絆さんのお宅ですか・・・・・・?こちらは近衛病院ですが雪さんが・・・・・・」
絆は受話器を持ったまま固まっていた。
この人は何を言っているんだろう。理解ができなかった。雪が死んだ?そんなはずは無い。だって昨日まであんなに元気だったじゃないか。
「今日の昼ごろから突然病状が急変して・・・・・・」
電話口での話が聞こえない。聞きたくない。そんな作り話悪趣味すぎる。
「わ、私達も全力を尽くしたのですが・・・・・・!」
耳に届く音に涙が混じっている。そこまでして嘘なんてつく必要ないのに・・・・・・
「き、聞いているんですか絆さん!?とにかく病院まで至急いらしてください!」
そう言って電話の向こう側は接続を切った。電話が切れた後も、絆は現状が飲み込めずその場に立ち尽くしていたが、その後無意識のうちに体は病院へと走っていた。
都心から遠く離れたこの田舎はあまり多くの建物は無い。都心よりの場所に大き目のデパートが一つとその病院がある、病院に向かう道の中で雪の家や学校など、たくさんの思い出がある場所を通り、そのときの記憶が頭の中に蘇ってくる。
すぐ右の公園。子供の頃、友達を上手く作れなかった雪と2人でよく一緒にブランコに乗ったり砂場で遊んだりした。
その裏のラーメン屋。一番初めに行ったのは小学生の時で雪の親に連れて行ってもらった。あの時、回るテーブルで遊んで怒られた。
川。公園の近くにあり、泳ぎが苦手な雪を連れて練習しにいった。沢蟹なども多く生息しており捕まえては雪を驚かせた。
洋服屋。あまり店のないこの街では、服を買ったりするときなどはほとんどこの店だ。雪へワンピースをかった店もここだ。あの時の雪のうれしそうな顔は忘れられない。
駅。親に内緒で遠くまで遊びに行こうと計画するも、結局全部ばれてて2人して怒られた。その後、親が計画していた2泊3日の旅行に連れて行ってもらった。
デパート。高校に上がってからは出かけるのはほとんどここだけになってた。ゲームセンターのクレーンゲームで大きなクッションを取ろうと、1000円も投入して全然取れなくて涙目になってたのはいい思い出。
病院。まさか倒れるなんて。ここ最近、体調悪そうな日が多いとは思ってたけどそんな……
肩で息をしながら病院の中に走りこむ。目からは知らないうちに涙がこぼれていた。そんなこともにも気づかず受付に走る
「絆です!雪は!?雪は何処ですか!?」
後ろの棚を弄っていた受付の女性が、驚いたように振り返り、雪の名前と絆の焦りようを見て、すぐに場所を教えてもらった。恐らく、そういう男の子が来る、と担当者に言われていたに違いない。階と部屋番号を教えてもらった絆は、湿っぽく何処と無く線香くさい地下3階へとさらに走った。うっすらと漂ってくるその臭いは雪が死んでしまった、という現実をより引き立たせ、受け入れきれない絆の心を締め付けた。
より強くなる線香の臭いの先にその部屋はあった
304号室
何も飾りっけの無い灰色のドアの中央に書かれた番号の下には
結城 雪
見たくなかった幼馴染の名前が書かれてあった。
ドアの向こうに眠っているのは本当に雪なのだろうか。未だに受け入れ切れない絆は、扉を開けるのをためらっていた。このまま開けずにすんだなら、この扉の向こうにある現実と向き合わなくてもいいのだろうか、どこかで生きてるかもしれないと今後一生思い続けることが出来るのだろうか。
かつ・・・・・・かつ・・・・・・
コンクリートの階段をヒールで歩く音がする。足音の主はだんだんと近づいてきて絆の横で歩みを止めた
「・・・・・・開けないの?」
すぐ右にある階段を下ってきたナースさんに声を掛けられる。彼女のほうを向くと泣きはらしたように目を赤くしていた。彼女は安藤桃香といい、まだ高校生の雪とよく話し相手になってくれていた、大学生の研修中ナースで絆とも面識があり二人だけで話したこともあった。
「雪ちゃん・・・・・・いるよ?」
絆はもう、いっぱいいっぱいで話すことが出来なかった。残り少しの希望を消してしまわないためにただ、首を横に振ることしか出来なかった。我慢してもあふれる涙に声を殺して泣きながら必死に否定する絆を見て、
「認めたくないのは分かるけど・・・・・・そうしないと雪ちゃんはずっと一人だよ?行こう?絆君。」
そういって彼女は絆の手を取りドアノブに手を伸ばした。残り一歩を踏み出せないままでいた絆の背中を押す形になり、絆も抵抗せずに一緒にドアを開けた
扉の向こうはちいさな机とベットしかない小さな部屋だった。部屋の中には机の上の花瓶の中に活けられた大きくは無い白い花と、ベットには顔に布をかぶせられて眠っている女の子がいた。桃香さんはそのまま女の子に近づき布を取った。
雪がいた
もともと色白の肌は、さらに血の気が引いたように青白くなり、動かない胸元は、もう呼吸していないということを、手を握った時に感じたあの不自然な冷たさは、もう血が体を巡っていないということを表していた。
もう認めざるを得ない。雪は死んだのだ。二度と起きてくることはない。
そう感じた絆は泣いた。我慢してあふれる涙でもなく、声を上げて泣いた。桃香が絆に近寄り抱きしめてくてたが、絆の涙は止まらなかった。子供の時からずっと一緒だった雪が、学校や家でも遊ぶ時でもずっと一緒だった雪が死んでしまった。
それは互いの両親と離れて二人きりで暮らす絆にとって、それは家族以上のものを失ったようなものだ。地元の高校に合格すると同時に、何の策略なのか、絆も雪も両親が突然県外に職場が移動することになり、両親からの進言により二人で同居生活を始めることになった。
それから2年間、何事も無く過ごしてきたのだが1週間前、突然雪が倒れ、病院に連れて行った。さすがに両親も駆けつけ医者に話を窺ったが、疲労、ということで少しの入院で退院できることになった。両親はよかった、と、そのまま帰っていったが、その後、もう一度病院内で倒れたらしく、再検査とともに入院が長引くこととなった。毎日お見舞いに行ったが、別におかしな所も無くいつも通り元気な雪と遊んだのだ。まさか突然死んでしまうなんて・・・・・・
あんなに元気だったのに・・・・・・どうして突然死んでしまったんだ・・・・・・
その後はよく覚えていない
雪の手を握りながら桃香さんに包まれて泣き続け、一度部屋を出て休憩所まで行ったことは覚えている。その後はきっと高校生らしくも無いが泣きつかれて眠ってしまったに違いない。所々で記憶があるが車で送ってもらったような気がする。家の前まで送ってもらってそのまま玄関に倒れこみまた泣きながら眠ってしまった。
気が付くと夜中の1時だった。家の中は真っ暗。当たり前だ、もうこの家には絆しかいないのだから・・・・・
そんなことを思いつつ、また涙が溢れそうになりながらスイッチへと向かう。
カチッ
・・・・・・おかしい、電気がつかない。
カチッカチッ
2、3回スイッチを入れなおしてようやく電気がついた
それでもなんだか薄暗い。心が沈んでいるからだろうか
フラフラしながら水を飲むために台所へと向かう
ガチャン!!
「な、なんだ!?」
何かの割れる音がした。絆はこういうことにめっぽう弱い。かなりびくびくしながら音のした台所へと向かう。途中何度か電気が消えて驚いたり何かの笑い声が聞こえたような気がしてかなり怖かった。
台所に着く、どうやら割れたのはコップのようだ。棚から落ちたらしく、扉が開いていた。
・・・・・・扉が開いている?
「なんで扉が開いてるの・・・・・・・?」
閉めてあったはずなのに?まさか家を出るときに閉め忘れたとか?でもなんでコップだけ・・・・・・
アハハハハハ
怖いのでテレビをつけてから、大きなガラス片を手で除去してちいさなガラスはほうきで掃き取る。さすがに掃除機は近所迷惑になるだろう。ガラスを捨ててショックと緊張感からもう寝ようかとテレビを消しに行った
その時だった、テレビが数秒砂嵐に変わり、スピーカーから何かの声がした
「ヤ・・・・テル・・・・ナ・・・」
小さくてちゃんと聞き取ることが出来なかったが、これは明らかに何かの声だった。
「う、うわあああああ!!」
絆は一番近くにあった部屋へと走る。その後ろで何かが倒れる音がしたが振り返ることは出来ない。駆け込み、ドアと鍵を閉める。心霊現象にどれほど効果があるのかはさっぱり分からないが、それでもやらないよりは心が安心する気がした
入り込んだ部屋は雪の部屋だった。部屋は当たり前だがそのままだ。電気も付けずにベットに入り込み布団に包まって震える。怖かった。雪がいればどんなに助かっただろうか。早く眠ってしまいたかった。朝になれ、朝になれ!と何度も念じた。
パチッ
突然、部屋が明るくなる。絆はもう耐え切れなかった。顔を出して辺りを見回すが何も見えない。何もいないところに絆は叫んだ。
「なんなんだよ!何をしたって言うんだ!もうやめてくれよ!お願いだから何もしないでくれ!!」
ガタガタガタッ
アハハハハ
カチャ
雪の机が揺れる。絆は布団に頭から包まり何度もつぶやく
「やめろよ・・・・・・もうやめてくれよ・・・・・・」
それでも止まらない。そして絆は布団一枚めくったすぐその先に何かがいるというのを感じた。動けない。もう自分を守ってくれるのはこの布団だけな気がした。
あぁ、こんなとき雪がいてくれたらどんなに気が楽だろうか。
「助けて・・・・・・・雪」
そう言った瞬間頭の中に声が聞こえた気がした。
「・・メ・・・・ィ・・・・ナ」
そして全てが収まった。電気は相変わらすついたままだが、絆の横にいた何かの存在も消え、いろいろなものが静まった。少しの間は怖さで震えていたものの、布団に付いた雪の臭いとその暖かさで心が安らぎ、絆の意識は少しずつ闇に飲まれていった。
朝8時。休日の一般人には少し早い時間帯に固定電話が鳴り響く。携帯電話の着信によって数分前に起きていたが未だに体は寝ている気がした。雪がいつも取っててくれたなぁと思いつつ名残惜しい部屋を後にする。まだ昨日の件が怖かったものの、絆が取らなくては電話はいつか切れてしまう。電話の相手は雪の両親だった。
「すまない。飛行機が取れなくて、そっちにつくのは明日になりそうだ。辛いのは分かるがもうすこしがんばってくれ」
今日はお通夜をしなくてはいけない。一人でやらなくてはいけないのか、と絆は思ったが残り少ない雪といられる時間を2人きりで過ごすのも悪くないかな、とも思った。
「分かりました。雪もあいたがっていると思うので早めに着てくださいね?」
そう言って絆は受話器を置く。その直後に学校から電話があった。元々学校の無い休日だがこれからの事を話された。雪と絆は同居していたので、学校からも家族のような扱いになっており、今日からしばらくの間は忌引きで休んでもよいことになったらしい。普段なら平日に学校が休める!と言えるものの今日はそんな冗談を言うことなんて出来ない。
絆は今日はまた病院へ行くことになっている。ずっとあの窓もない部屋に閉じ込めておくわけにもいかない。あの部屋から雪を、迎えに行く。
病院の待ち合わせ時刻は10時だが、身支度を整えかなり早い時間帯に家を出る。
今が8時30分なので寄り道しながら行っても十分間に合うはずだ
昨日走った道を絆はゆっくりと歩いていく。一歩一歩雪との思い出を踏みしめるかのように。公園の中を歩いているとブランコに乗っている見覚えのある人が居た。
「あら、絆君じゃない?」
「昨日はありがとうございます、桃香さん」
昨日あんなに泣いてしまったために少し恥ずかしくてうつむく絆。そんな絆を見て桃香さんはくすくすと笑う
「あんな絆君を見るのは初めてだったから少し驚いちゃったわよ?」
「僕もあの時は信じられなくて気が動転していたんです・・・・・・実際、今でも信じることが出来てませんしね・・・・・・」
そう、絆はちゃんと幼馴染の死を受け入れられたわけではなかった。それに心霊現象なんてありえない。きっと心が参っていたのだろう。そう思うことで絆は妙に落ち着いていたのだった。そういわれた桃香さんはさっきとは打って変わって神妙な表情で絆に問いかけた。
「ねぇ絆君、少し歩きながらお話してもいいかしら?」
「駄目というなら僕はここにいませんよ」
絆が今日こんなに早く家を出てきたのはそのためだ。まさか親しい人が亡くなって「さぁ散歩に出かけよう」なんて思う人はかなりの少数派に違いない。もちろん絆は多数派の人間で、今朝あった着信というのが桃香から届いた「今日、病院に行く前8:30頃に公園に来れる?」というメールだった。
「それもそうね、じゃあとりあえずある場所に向かいながら話しましょうか」
「ある場所、ですか?」
桃香は、そうよ、行けば分かるわ、と言ってブランコから降りて歩き出した
男と女といえど大学生と高校生の身長差は少しあり、何も知らない人から見ると恋人同士、というより仲のよい兄弟、と見えるだろう。休日の8時半にそんなことを想像する人などまだ家で寝ているわけで、絆と桃香は早朝の静けさを感じる公園の中を歩いた。桃香も少し言いづらいことなのかも知れない、なかなか言い出さない桃香を絆はせかすことなく黙って待っていた
「お願いだから言いたいことは、全て私が喋りきってからにしてね・・・・・・」
そして桃香は前を向いて絆に表情を見せないようにしながらゆっくりと話し出した
「・・・・・・ごめんなさい絆君。私、今まで絆君を騙していたのよ」
「それは・・・・・・どういうことですか?」
絆が少し尖った口調で言う。それでも桃香はその返事が分かっていたかのようにそのまま歩き続ける。それはそうだ、とつぜん騙してたなんていったらそういう反応が返ってきても当然だろう。そして桃香から衝撃の真実が知らされた。
「・・・・・・・・・・・・実は雪ちゃんは」
「元々、死ぬことが分かっていたのよ」
絆は足を止めた。桃香も一度足を止め震える声でさらに続ける。
「それが分かったのはもう2ヶ月以上も前の話よ。もちろんあなたたちのご両親も知っていたわ、それに雪ちゃん自身も。」
そういってまた桃香は歩き始めた。絆は何も言わずただ桃香の後ろから付いていった
二ヶ月ほど前の彼女の様子が思い出される。それでも雪は元気だった。一緒に暮らし、遊び、学校へ行き、授業を受け、一緒に帰り、ご飯を食べて一緒に話す。ずっと一緒に。
「雪ちゃんの病気はね、まだあまり解明されていない難病で、薬を飲むと劇的に寿命は延びるけど、その分体が弱くなって少し遠くにある病院の無菌室という部屋じゃないと生きていけなくなるの。もちろんその部屋から話したり顔を見たり出来るわ。でもそれは二度と人と触れ合うことが出来なくなるの。末期のエイズと同じような症状、ううんそれ以上になるわ。一生人と触れ合うことが出来ないのよ?そんなの何がたのしいっていうのよ・・・・・・」
医療の道に詳しく、人を救ってあげたいと思う桃香の知識欲が、他の道が無いものかとさまざまな文献を読み漁った末に見つけた結論がこの道だった。いや、この道しかなかったのだ。生きたまま死んだように生きるか、もう一つの道か、
「だから私は別の道を示したの」
その道は雪の死期が急激に早まると知っていて、なお桃香はその道を雪に提示した
「薬を飲まない道を。」
医師は誰も提案しない、家族もそんなことさせないと知っていた上で桃香はその第二の道を直接雪に持ちかけたのだ
長く生きながら死んでいくのと
短く輝いたまま死ぬのはどちらがいいかと
「この病気は不思議な病気でね、薬を飲まなければ個人差にもよるけど、ほとんど痛みがない病気なの。でも体は蝕まれていってる。神経にかかる病気なのよ。だから痛みがないわけ。」
痛みが無いわけではない、神経がやられてしまうので痛みを感じないのだ
「痛みが無い病気だからこの病気は発見が遅れやすいの。人には2種類の運動神経と反射神経があるわよね?初めはそのうちの反射神経がやられるんだけど、実際の所、運動していない人にとって反射神経というのは緊急時以外あまり使わない神経でね?転びやすくなった、とかでしか判断できないの。もちろん病院に来て検査を受ければ血液検査によって異常な数値が出ていると分かるし、ちゃんと判断できるわ。」
そういえば雪も2ヶ月ほど前に一度病院へ行っていた。その時に分かったのかもしれない。
「最初は反射神経が無くて困るかもしれないけど、そのうち慣れてきてね?運動神経だけでも十分生きていけるようになるのよ。でもこの病気はそれで全てじゃない。この病気の恐ろしい所は反射神経を完全に壊し尽くしたあと、運動神経を壊し始めるの。運動神経を壊す速さは異常でね、半日ですべてを壊し終えてしまうのよ」
そして運動神経を壊された人間は心肺機能も停止して死に至る。と桃香は説明する
「痛みは無かったはずよ、神経が全てやられていたのだから・・・・・・。」
しかし桃香は強制ではなく「提案した」と言った。ということは・・・・・・
「雪は・・・・・・自分で薬を飲まないと決めたんですか!?」
少しの沈黙の後桃香は答える
「・・・・・・えぇそうよ。道を示したのは私だけど、その道を選んだのは彼女自身の意思なの。」
「どうしてそんなことを選んだんだ・・・・・・もっと生きていたら回復する方法だって見つかったかもしれないのに・・・・・・」
「・・・・・・その選んだ理由を今から見せるためにここにつれてきたのよ」
いつの間にかずいぶんと遠くまで来てしまっていたらしい、ここは公園の端のほうにある大きな生垣の傍だ。こんな生垣に何があるというのだろうか。
「いい?人に見られないようにして付いてきて。見られたら駄目よ?」
そういって桃香はためらうことなく生垣に飛び込んでいった。てっきり裏には壁があると思っていた絆は止めようと思っていた。が、
「・・・・・・えっ?」
ガサッと小さい音を立て桃香の姿は生垣に消えた。絆はそんなところに抜け穴があることに驚いたが、回りを見渡し誰もいないことを確認すると生垣に飛び込んだ
「驚いた絆君?」
生垣の先は案外大きく広かった。中央に二人用のベンチがあり、上からは太陽の日差しが差し込み奥の方では水の流れる音が聞こえる。ここは公園と川の間にある場所らしい。周りは大きな木や植え込みによって完全に川側からも公園側からも見えないし入れないようになっていた。
「これは・・・・・・とても綺麗ですね」
そして何より眼を引くのが一面に咲いた白い花々。これは人の手で植えられたものなのだろうか。太陽の光によって白い花が光ってみえ、白い絨毯のようだった。樹木の緑に太陽の光、水の青に花の白。別世界に来たような美しさがそこには広がっていた
「これはオキザリスっていう花よ」
名前だけは知っている花だ、こんなに美しい花だったなんて知らなかった。
「これは一体・・・・・・?」
「理由を見せる、って言ったでしょ?これは雪ちゃんがやったのよ。」
雪がやった?そんなこと信じられるはずが無かった。だってこんな所どうやって作ったって言うのだろう
「あそこを見てみて」
桃香が指差す先には見覚えのある建物が建っていた
「近衛病院・・・・・・ですか。まさかあそこから見つけたって言うんですか?」
「その通りなのよ。2ヶ月前に雪ちゃんが入院していたことがあったでしょう?その時の朝早くに見つけたらしいの。」
本当に眼がよくないと分からなかっただろうに雪はここを見つけて、誰もこのことを知らないから秘境!と言ってここを秘境と名づけ桃香と退院した後一度見に来たそうだ。その時にはもうこの形は完成していてコスモスだけが無い状態だったと言う
「そして雪ちゃんが自分の病気のことを知って、私から選択を迫られた時、なんていったと思う?」
絆は雪の言葉が分からなかった。生きたくはなかったのだろうか、もっと絆の傍にいたいとは思ってくれなかったのだろうか。
「雪はね?」
私は、生きている間に絆にたくさん助けられてきた。絆が輝いてるのはたくさん見てきたけど私自身が輝くことってあんまり無かったと思う。だから私はもっと輝きたい。生きている間だけでいい、短い間だけでもいい、輝いて輝いて、絆の一番になりたい。だから私は薬を飲まない。飲んでしまったら生きられるかもしれないけど輝くことなんて出来ないから。それよりもっと絆との思い出を増やしたいな
「って言っていたのよ。それで思いついたのがこの秘境の完成と、ここに絆をつれてきて二人でのんびりすること。結局全部は叶わなかったけど秘境の完成だけは間に合ったわ・・・・・・」
「そうだったんだ、だから最近はあんなに楽しそうにずっと一緒にいたんだ・・・・・・僕との思い出をたくさん作るために・・・・・・」
雪の元気な姿が眼に浮かぶ、一生懸命土を掘って花を植えたり、みずをかけたりしている姿が。それはそれは楽しそうな雪の姿だった
「オキザリスの花言葉は知ってる?」
絆はまた泣きそうになっており、首を横にふるだけで答えた。
「オキザリスはね輝く心、喜びって意味なのよ。雪ちゃんが、私は今輝いていると思うから!絆に喜んでもらえると思うから!って選んだ花よ。どう?見てみて」
絆はまた泣いてしまい綺麗だ、綺麗だよ。とつぶやき、中央の椅子に座り込む。桃香が絆の前にしゃがんで
「綺麗でしょ?雪ちゃんがんばってたんだから。ここは絆君が喜ぶように、ってつくった場所なんだから泣いてたら雪ちゃんが悲しむよ?」
絆はその言葉を聴いて涙を必死に止めて無理やり笑って見せた
「あははは!変な顔!」
「もー笑わないでくださいよ!」
そういって絆は立ち上がり時計を見ると9時40分になっていた
「そろそろ時間がやばそうですし、行きますか」
「そうだね、私も遅刻しちゃうよ」
二人は来た道を戻り生垣を出る。その時に桃香が言った
「あ、そういえば雪ちゃんはここに何か箱みたいなものを持ち込んでたよ?鍵がかかってたから私は見せてもらえなかったけど、何処に鍵はあるのかなぁ・・・・・・」
「家の中においてあるかもしれないので探して見ますよ」
そうして二人は病院へと足を向けて歩き出した。
入り口で桃香と別れて雪のところに着いたのはちょうど10時だった。ドアの前には見知らぬ人と医者がおり二人で話していた。きっとこの人が雪を家まで運んでくれるのだろう。絆は扉の内側に入り昨日と変わらない雪を見る。昨日よりなんだか寂しそうな、悲しそうな雰囲気をまとっている気がする。秘境に行ってきたよ、がんばったんだね、輝いていたよ、と声をかけて傍にある椅子に座る。しばらくすると、着替え終えた桃香が外にいる人達と話しているのが聞こえた。それからしばらくしてドアが開き、雪を運ぶ準備が整ったことを伝えられて雪が部屋から運びだされた。
「さぁ絆君、私達も行きましょうか。」
桃香も入ってきて絆に声をかける。
「私達も、ってことは桃香さんも一緒に行くんですか?」
「えぇ、絆君今一人でしょ?だから私がしばらく傍についててあげて、って言われててね」
誰から言われたのかは言わなくても分かった気がした。雪が棺に入れられて装飾の施された大きな車に乗せられ、絆は桃香の車に乗り込み、前の車の後を追いながら自宅への道を戻っていった。
「全然見えませんね、秘境」
「そうね、見つけた雪ちゃんはやっぱりすごいと思うわ」
川を渡る途中で秘境が見えるかと思ったが、全く分からない。木や草が多くて何処にあるか検討もつかないかないのだ、デパートがあるといっても所詮は田舎、森が多くあるこの街であそこだけ草刈されることなんていうのも無いだろう。あの場所はずっと3人の秘境のままなのだ
家について鍵を開けると屈強そうな2人の男が雪の棺を部屋に運び込んで、少し桃香と話した後すぐに帰って行った。桃香は、
「今日はお通夜でしょ?一人じゃ大変だと思うから私も手伝うわ。」
と部屋の片付けや色々な準備などを手伝ってくれた。お通夜の準備については絆は全くの無知といってもいいようなものなので主に桃香にやってもらい、絆は部屋の片づけが専門となった。
手際のいい桃香に手伝ってもらい、お通夜の準備が早々に終わった時だった
パチッ
といきなり電気が消える。まだ夕方なので完全に暗くなったわけではなかったが、二人は驚いた。絆は昨日の事は夢じゃないのか、と思い出して小さく震えていた。
「ね、ねぇ絆君?突然電気切っちゃ駄目でしょう?」
「違うよ!何もしてないよ!」
案外桃香も怖がりだったようで、二人で電気をつけに行く。
カチャン
次は台所で何かが落ちた音がした
「ま、まただ・・・・・・」
「ま、またって何?昨日もあったの?」
絆はだんだんこの怪奇現象がなんなのか分かってきた気がした。二人でいるからこそ分かった、といった方がいいのかも知れない。それでも絆には怖いものは怖かった。桃香は座り込んでしまい時折着いたり消えたりする電気に体を震わせていた。
「・・・・・・桃香さん行きますよ?」
「行くって何処に行くのよ・・・・・・?」
絆はその質問には答えずに腰が抜けて動けない桃香の手を引いて歩き出した。途中で電気が消えたりしたが、もう慣れてしまったのかそのまま進む。そして立ち止まってふすまを開けた。
「ここって・・・・・・」
目の前にあるのは大人の大きさの棺。その前まで来て絆は棺を開けた。眠っているのは2日間変わらない表情の雪だったが、雰囲気は何処となく楽しそうに思えた。そして絆はその手を取って眼を閉じる、桃香も何かを感じ取って雪の冷たくなった顔をなでた。
何分経っただろう、突然隣の部屋でガタッと音がした。絆はゆっくり眼を開けて
「あそこに行けばいいの?」
と問いかける。返事はないが絆と桃香はとなりの部屋に向かいドアを開けた。今日朝起きた時から何も変わらない部屋に入ると、雪の机の棚から写真が落ちた。写真を取ると下には何かの鍵が落ちていて、落ちた写真は病院の中でとった3人の写真だった。みんな笑っててとても楽しそうな一枚だ。
「この写真は最近のね、秘境が完成した時になにも知らない絆君と取った写真よ。・・・・・・それとこの鍵は、もしかすると秘境に持って行った箱の鍵かもしれないわね。」
もう怪奇現象は起こらなくなっていた。たとえ起こってももう怖がるものはいないだろう。雪は絆と桃香の怖がる所も思い出にしてもっていきたかった。その想いでこの怪奇現象を起こしていたに違いない。ばれてしまってはもう起こすこともないだろう。
「桃香さん、お通夜は何時からでしたっけ?」
「7時だったはずよ?どうするの?」
今が5時だから余裕で間に合うだろう。絆は早く行きたかった。雪の残したものが何だったのかを確認したかった。
「秘境に行きましょう。雪が残していったものを見に行くんです。」
最後の別れの挨拶も出来ずに死んでしまった雪が生きてる間に何を残したのか、大切なものかもしれない、くだらないかもしれない。でも雪が残していった最後のものをこの眼で見てみたかった。
「・・・・・・わかったわ、行きましょうか」
そうして絆と桃香はまた車に乗り込み、秘境へと続く公園へと向かった
「雪ちゃんはね、私の始めて担当になった患者さんだったのよ。」
桃香が車の中でぽつぽつと話し出す
「まさか最初の患者さんが死んでしまうなんて思ってもいなかったわ・・・・・・。その選択をさせてしまったのは私自身だけど、少し後悔しているような気がする。雪ちゃんは自分の選択通り輝いていたわ、でも命を救ってあげる側の人間としては、薬を飲ますべきだったのかもしれない、もし飲ませていたらまた違う道が出来ていたかもしれない、って思うの。こうして絆君のために色々しているのも、一つの罪滅ぼしなのかもしれないわ・・・・・・。」
「そんなことは無いですよ桃香さん」
絆は自分を責める桃香に向かって言う
「雪はちゃんと輝いていたはずです、それは桃香さんが一番よく知ってるんじゃないですか?もしガラスの向こうで一生を過ごすことになっていたら、二度と心のそこから笑うことはなかったと思います。そういうことも人を救うって言うんじゃですか?雪は桃香さんからその方法を教えてもらって輝くことが出来た。ずっと輝きたかった雪の心は救われた。と僕は思っていますよ。だから、ありがとうございます。雪を救ってくれて。」
絆も桃香も前を見ながら話した。絆の横からすすり泣く声が聞こえたが絆は横を向こうとはしなかった。公園に着き、子供が多い夕方の後援を二人で歩く。砂場で山を作っているちいさな男女に、昔の2人を重ねながら人気の少ない生垣へ進む。生垣の目の前に来て立ち止まり、桃香は言った。
「・・・・・・絆君、この先はあなた一人で行くのよ。」
「えっ、どうしてですか?」
突然言われたことに不意を突かれる。絆は振り返り、
「どうしてそんなこと言うんですか?朝は一緒に来たじゃないですか!大丈夫ですよ、一緒に行きましょう?」
「違うの、絆君。一緒に秘境を作った私にさえ、雪ちゃんは箱の中身を見せようとしなかった。多分その鍵で開ける箱の中には、私には見せたくない、ううん、特定の人にしか見せたくないものが入っているのよ、きっと。その鍵は、雪ちゃんの部屋にあった。普段雪ちゃんの部屋に入れるのは・・・・・・絆君、あなただけなのよ。だから私はあの箱の中にはあなたにしか見せたくない何か、が入っていると思う。だから私はここで待ってるから。ここで待ってるから絆君、行って見てきて頂戴?」
それは桃香がずっと思っていた事だった。絆の家に鍵があればそうしようとずっと思っていたのだ。そして鍵は雪の部屋に見つけたとき、これは絶対に絆宛だな、と直感で感じた。
「・・・・・・分かりました、行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
生垣に跳ぶ絆を桃香は遠い眼をして見送った。
「やっぱり雪ちゃんは絆君のことが・・・・・・」
そして桃香は空を見上げ、涙を浮かべて微笑んだ
秘境に入った絆は朝とは違う雰囲気に驚いた。朝は夏のような美しさがあったが、今は夕焼けに一面が染まり、白いじゅうたんが薄くオレンジに色づいて秋のような美しさが滲んでいた。その美しさに心を奪われ、息を呑み、しばらくして絆は箱を探し始めた。一番奥の草の間に何かが隠されているのに気がつき、それを取り出してみると雨よけのためか、薄くビニールで包まれていた。それはあまり大きくはない木箱で、確かに鍵がかかっていた。
「・・・・・・これかな?」
そういって絆はポケットから鍵を取り出し、震える指で鍵をさした。上手くかぎはささって、これがその箱であるということを示していた。
「・・・・・・ふぅ」
心を落ち着けて、鍵を回す。鍵は力をこめずともすっと回ってカチリと鍵の開く音がした。
一体何が入っているのか、緊張しながら箱を開けると、綺麗な音が鳴り響いた
「これは・・・・・・オルゴールかな?」
ぱっと聞いただけではなんと曲なのかが思いつかなかった。でもどこかで聞いたことのある曲だ。オルゴールがなっている場所の下に小さな引き出しがあることに気がつき、空けてみるとそこには手紙が入っていた。表に書かれている言葉は、絆へ。
曲は 世界で一番がんばっている君に だよ?覚えてるかな、絆。
二人でカラオケに行った時に私が歌った歌だってこと。
あのころはまだ病気のことが分かってなかったから、私は同級生にからかわれるのが嫌で、あんまり絆にはたくさんの人の前ではくっつかなかったよね。
絆は恥ずかしくなかったかな?
どれだけかけるか分からないから書きたいことだけ書いていくね
私ね、病気が分かった時すごく怖かったんだ。死ぬのが怖いわけじゃない。感覚がなくなるのが怖いわけじゃない。絆とお別れになるのがとっても怖かったんだ。
ずっと一緒だった絆とお別れになることが、もう一生あえなくなることが。この世界に絆を一人で残していくことが。
先生にはいわれたよ、薬を飲んだら生きていられる。誰にも触れられなくなくなるけど、それでも10年近くは生きていられるよ。って、でもそれじゃあ生きていたって何も出来ないじゃない?結局生きてるのも死んでるのも同じなんじゃないか、って思ったの。
それで私が迷っていたら桃香が、とっても悲しそうな顔しながら第二の方法を教えてくれたの。薬を飲まなければ寿命はかなり縮むけど、精一杯輝くことが出来る。って。
それで私は自分でこの方法を選んだんだ。だから桃香を攻めるようなことはしないでね?
それでね、どうかなこの秘境。私と桃香で一生懸命作ったんだ!
綺麗でしょ?見とれたでしょ?だって私ががんばって作ったんだから下手なはずないよね!・・・・・・ないよね?
ここは、もし私がよくなったら絆と一緒に来ようと思ってた場所なんだ。中央のベンチは二人で一緒に座れるように、って置いたんだよ?絆と一緒に花に囲まれて、のんびり過ごしたい、そんな想いで置いたんだ!
その花の名前はオキザリスっていうんだ。置き去りみたいな名前だけど綺麗でしょ?花言葉は桃香からもう聞いちゃってるかな?輝く心、喜びって言うの!今の私にぴったりかなーって。それでね?実は桃香に言ってないひみつがもう一つあるんだ。
オキザリスの葉っぱを見て?四葉みたいじゃない?四葉って見つけたら幸せ、って思うでしょ?だからこの花にしたの!あなたを見つけられて幸せ。って想いを込めて。
もう遅いかもしれないけど、絆、私はあなたのことが大好きでした。
ずっと一緒で、いつも助けてもらってて、手を引っ張ってもらって、ちょっと怖がりなんだけど、いつも私のためにいろんなことをしてくれる、そんな絆が大好きでした。
だから死んじゃうことがわかって、まだまだ生きていたいって思ったけど、絆との楽しい思い出を作る方をえらんだんだ。このままじゃ楽しかったことが少なすぎる。もっと、もっと思い出がほしい、って。私は自分でも後どれだけの命か分からないけど、それでも、この短い間での絆との楽しい思い出は絶対に忘れない。もしかしたら足りなくて化けて出ちゃうかもしれないけど、その時は、ちゃんと怖がってね?それがまた思い出のひとつになるはずだから。
もう紙が残り少ないや・・・・・・まだまだ書きたいことはいっぱいあるのになぁ
この曲の歌詞をちゃんと思い出してよね?一番絆に届けたい歌だから。
私は死んでもずっと絆のこと見ててあげるから!大好きだよ絆!
もうここでなかないと決めていたはずだったのに絆の瞳からは涙が出ていた。袖で涙を拭き、椅子の方を見ると、一面のオレンジの中に白いワンピースを着た雪が、こっちを見て微笑んでいる気がした。さっきとは違い、自然に笑うことができ、絆は言った
「僕も大好きだよ、雪。」
Fin
これが果汁の処女作となります!
よかった、書き上げることが出来て……
ここはこうした方がいい、この使い方は変、これは違う
というようなことがありましたら、どんどん教えてください!
後、すいません。神経の辺りの話はかなり適当なんです。
適当、というより調べても分からなかった。ですね。
それと、後ろ半分は、かなり勢いで書ききったところがあったので
前半分と見比べた時に、かなりの量の矛盾点などが出てくるのではないか、と予想できます。
そのへんは調べながら早いうちに修正を入れたいと思っています。
拙い文章でしたが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございました!