男子の現実、そしてミイラ男
一日を通して男子生徒がどういった扱いを受けるのかを知ったロキは、思わず寮から逃げ出した。その先で出遭ったものは、薪割りをする謎のミイラ男であった。
激動の一日が過ぎていった。
(僕は…………、とりあえず無事みたいだな)
ロキはそう心の中で呟きながら大きく溜息を吐いた。
(一ヶ月………、いや、一週間持つかなぁ…………)
ここで言う「無事」というのは、色々な事柄に対しての含みが込められていた。
無論、カリキュラムの厳しさによる身体的・精神的疲労もあり、その点での「無事」というニュアンス若干は含まれた。
が、何よりも身の回りに対する環境についての心身の疲労が、ロキを不安に駆り立てていた。
「女子って…………、無茶苦茶だぁ………」
気が付けば、一日の感想を誰に聞かせるでもなく言っていた。
たった一日の中で味わったこと………。
それは榊原を中心とした女生徒からの目に見えた「イジメ」であった。
一般教養の授業では筆記用具を投げつけられ、実戦演習を行う授業では明らかな反則行意で大怪我寸前まで痛めつけられ、実験を行う授業では危うく劇薬をその身に浴びせられる所であった。
「本当、冗談とかじゃなく死ぬところだよ…………」
そう言いながらも、ようやく自分の部屋の前まで辿り着いたロキは溜息を吐きながらも気が楽になった。
「ようやく休める………」
そうボソッと呟いてロキは自室の扉の鍵を開けた。
が、そこには招かれざる客が既にベットに居座っていた。
「あ、おかえり♪ 遅かったのね♪」
まるで新妻が亭主の帰りを待っていたかのように、その女生徒はロキに声をかけた。
「………………?」
ロキは思わず無言で扉と鍵を確認した。
「あっ、部屋は合ってるわよ♪ 間違いなくロキ君のお部屋だから♪」
女生徒は平然と笑顔で答えた。
「えっと…………、じゃあ何で君は僕の部屋に居るの?」
ロキは困惑しながら女生徒に尋ねた。
「フフフ……♪ それはね、あたしがピッキングして鍵を開けたから♪」
女生徒は小悪魔っぽく笑顔を振りまきながら平然と物騒な回答をした。
「え………? ピッキング!!?」
一瞬送れてロキがあまり品行の良さそうでない単語を繰り返した。
「そっ、男子って数が少ないから女子寮の一部古くなった部屋が割り振られるんだけど、如何せん古いからちょ~っと針金でイジるだけで簡単に開いちゃうんだ♪」
まるでドジッ娘が失敗したと表現するかのように舌をペロッと出した。
「いやっ、それってものすごく問題があるんじゃ………!?」
ロキが慌てふためいた。
誰でも簡単に開錠が出来ると言うことは自分の部屋にはプライベートが保障されていないと言っているようなものであった。
「そっ、問題だらけだよね♪ 何たってウチの榊原エグミを中心に男嫌い集団は何時でも何処でも男子生徒の抹殺を考えているんだから♪」
えらく物騒なことをまるで子犬を愛でるかの様な口調で女生徒は伝えた。
「因みに“抹殺”っていうのは比喩とかじゃなくて言葉本来の意味だからね♪」
そしてロキに追い討ちをかけるかのように爆弾発言をした。
「はぁーーー!!!!!?」
普段は比較的物腰の遅いロキであったが、流石にその言葉には即時に反応を示した。
「そ・こ・で、あたしはそんな可哀想なロキ君に救いの手を差し伸べに来た訳なのよ♪」
女生徒はそう言って立ち上がった。
「あたしたちの“グループ”に“協力”してくれるのなら、ロキ君の命の保障はしてあげるわ♪」
首を傾げながら女生徒はロキに笑顔を振りまいた。
「………“協力”?」
ロキが少し怯えながら女生徒の顔を見た。
(この人は………、確か下田リンさんだったよな?)
ロキはこの女生徒のことを段々と思い出してきた。
授業の合間、何かとよく話しかけてきて、何となく榊原たちとは違う雰囲気をもっていた女生徒だった。
(そういえば、何だか僕のこと気に掛けてくれていた風もあったし………、もしかして良い人なのかな………?)
周りが強烈に怖かった分、普通に接してくれた下田に対して少なからず好感を持てていたロキにとって、下田の提案は天使の一言に思えた。
だが、ロキには素直に承諾できない気になることがあった。
「で、でも………、そんなことになったら下田さんたちが標的にされたりして………」
ロキはたとえ命が狙われようとも、他人を巻き込んでまで助かろうと思えない所謂底抜けの御人好しな非常に損な性格の持ち主なのであった。
「あっ、ダイジョーブ♪ どっかのグループが男子を引き入れた場合、その生徒に手出しをしないって言うのがこのジセ学の暗黙の了解だから♪」
下田はそう言ってまた笑顔をロキに振舞った。
「そ………、そうなんだ」
ロキは少しホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、お願いしようかな…………」
ロキは少し疲れた表情で下田に言った。
「やったぁ♪ ウフフ………、じゃあ早速…………♪」
ロキの返答を聞いたその瞬間、下田の表情と雰囲気が変わった。
「え…………?」
獲物を狙う肉食獣の様なギラギラした眼光、五十メートルを全力疾走した後のような荒い息遣い、そしてピアノを弾くかのように繊細で且つどこか淫靡な指使いをして、下田はロキにゆっくりと近付いた。
「えっと、下田さん…………、何で、そんなに……、えっと、……興奮してるの?」
ロキは後退りながら下田に尋ねる。
「それはねロキ君………、今から君のサクランボさんをあたしが美味しく食べるからだよ♪」
まるで赤ずきんの祖母に化けた狼の如く、下田はそう答えた。
「ちょっ、何言って………」
ロキが言いかけたが、そこで下田が言葉を遮った。
「あたしたちのグループって言うのはね、榊原とは逆に、オトコノコがだ~~いすきなんだぁ~♪ さっき言った“協力”っていうのも、ロキ君の精根尽き果てるまで毎日毎日、あたしたちを満たしてねってお願いなの♪」
可愛い笑顔で迫ってくる下田に対し、ロキはそのオーラからか微塵も悦楽を堪能しようという気にはならず、寧ろ今まで味わったことの無い恐怖感と緊迫感に襲われた。
「そ、それって不純異性交友になるんじゃないかな!!!」
焦りながらもロキは早口で反論をする。
「大丈夫♪ この学校設立当初女性としか居なかったからさぁ~~~………、生徒間での淫行って禁止されてないんだぁ~~~♪」
下田はそう言ってロキに抱きつこうと飛び上がった。
「うわっ!!!!!」
一日の出来事で疲れ切っているとはとても思えない軽やかな動きでロキはそれを避けた。
「むしろさぁ~~~~…………」
避けられたことを意に介さないように、空振りした下田はゆっくりとロキに振り返った。
「これも暗黙の了解でね、武士の素養を持つ男女から生まれてくる子どもは95%因子所有者になるからって、学校も政府も生徒間での“そういう事”って認めてたりなんかして♪」
そう言い放つ下田は相変わらずの笑顔で涎を垂らしていた。
「あっ、やだ!! エッチなことする寸前にヨダレを垂らすのってマンガだけじゃないんだね~」
妙なことに感心しながら下田はジュルッと腕で涎を拭いた。
「さ~~て、じゃ、ロキ君のサクランボさん………、いっただっきま~~~~す!!!!!」
今度こそ押し倒そうと下田が飛び掛ってきた。
「ぬあぁぁーーーーーーーー!!!!!!!!」
ロキは逆にそのまま下田に突っ込んで行き、下田を突き飛ばした。
「きゃっ!!?」
その拍子に下田が倒れる。
「ぬあぁぁーーーーーーーー!!!!!!!」
ロキは奇声を上げたまま、寮を飛び出し走り去っていった。
「へぇ~~、あれが火事場の馬鹿力ってやつか」
下田は感心しながら走り去ってゆくロキを見ていた。
「しょうがない、サクランボ狩りはまた明日にしよう」
下田はそう言って、自分の部屋へと戻って行った。
貞操の危機から全力で走り続けていたロキは、気が付けば校舎の裏に辿り着いていた。
「ハァ、ハァ、ハァ…………」
取り合えず危険を回避できたロキは息を切らしながら辺りを見回した。
「ハァ……、ここ……、ハァ…何処だろう………?」
まだ校舎に慣れていないロキは、我武者羅に走ったことで完全に道に迷っていた。
(とりあえず、校舎内だから変なものは出ないと思うけど………)
心の中でそう呟いては見たが、実際夜の学校というだけでロキの恐怖心を倍増させるには十分すぎる雰囲気を醸し出していた。
「今夜、どうしよう……………」
ロキは途方に暮れてガックリと肩を落とした。
カーーーーーン…………
宵闇が包み込む静寂の中、少し離れた所からロキの耳に何か音が届いた。
「……………………」
ロキの動きが止まった。
カーーーーーン…………
カーーーーーン…………
カーーーーーン…………
音は一定のリズムで響いていた。
「……………あっちかな?」
音のする方をロキは見てみた。
そこは丁度校舎の角になっている所で、そこを曲がったところに音の正体がいるらしかった。
(どうしよう………)
ロキは少し迷ったが、他に当てもない為に取り合えず角を覗いて見ることにした。
(鬼が出ても、蛇がでても、おばけは出ないでよ…………)
あまり心霊を得意としないロキにとって、藁をも縋る思いで校舎の角から覗き込んだ。
カーーーーーン…………!!!
そこには、灯りの点いた物置のような木造の小屋と、その手前で薪割りをする黒いコート姿の人物が居た。
(あの人が、薪割りをしてたんだ……………)
黒コートの人物は、体格から察するにどうも男性であるようだった。
(ちょっと、声を掛けてみよう!!)
おばけでないと安堵したロキは、薪割する男に近づいた。
「あの………、すいません。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが……」
ロキが薪割りの男に声を掛けると、その男の動きがピタッと止まった。
そしてゆっくりとした動作でロキを振り返った。
「えっと道をた…………」
声を掛けようとしたロキの言葉がそこで詰まった。
男の姿は黒コートの下にボロボロの茶色いシャツとズボンを着ており、顔は包帯で覆われ髪の毛と目元以外は見えなかった。
腕にも包帯が巻いてあり、恐らく服の下にも包帯が巻かれているという事が予想できた。
「あっ…………!!! ……………!!!」
悲鳴を上げかけて、寸前のところでロキは押えた込んだ。
それがロキがこの学校で始めた会った自分以外の男子生徒、土角との出会いであった。