↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤンデレに飼われた僕は、キミに溺れ堕ちる。  作者: 肩メロン社長


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/29

二十二 僕ととと

「え……? なに、なにが起きたの? 火事?」



 学校の火災訓練でしか聞いたことのない目障りな警報に、買い物客が戸惑い、何事かと固まっていた。


 間をおいて、備え付けられていたスピーカーからくぐもった音が響き、



『うぎゃああああああああああああああああああッッッ』



 いやに現実味のない叫び声……否、悲鳴。


 ぶつんと切れたスピーカーからながれる静寂に、僕は唾を飲み込んだ。


 刹那、弾かれたように買い物客が非常口に押し寄せていき、そこかしこから怒声や悲鳴が響き渡った。



「あ、アゲハ……もしかして、ゾンビじゃ……!?」


「なワケないでしょ、れん。今の……録音だよ」


「……へ?」



 録音……?


 その言葉に呆然として、口角が固まった。


 もしかして、この演出もアゲハが……?


 いや、しかしなんの為に?


 危機的状況で僕との距離を縮める吊り橋効果を狙った自作自演だとしても、序盤でネタバラシするワケがない。


 それとも、ほかに狙いがあるのか。


 アゲハのことだから、僕の想像を軽く上回るような計画があるのだろう。


 そして僕は必ず巻き込まれる。今から身震いが止まらない。


 僕の思考を読み取ったのか、呆れたように首を左右にふったアゲハが、僕の腕を引いて立ち上がった。



「とりあえず、デートはおしまいだね。巻き込まれる前に脱出しよっか」


「アゲハの演出じゃ……ないの?」


「そんなワケないじゃん、私のこと買い被りすぎ。きょうは純粋にデートを楽しみに来たんだよ」


「そ、そっか……疑ってごめん」


「んーん、だいじょうぶ。帰ったらいっぱい甘えるから」


「……あ、うん」


「任せて。れんのことは必ず私が……守るから」


「う、うん……頼むね」



 こんな状況だというのにブレず、アゲハは花が咲くように笑った。


 頼もしいと思う反面、男としての面目が立たない。


 本来なら守るという言葉は、僕の科白のはずなんだけど。



「大丈夫だよ。いまのれんは〝れいか〟だからっ」


「なんの慰めにもなってないよ、それ……」



 でも、そっか。


 今の僕はれいかなのか。


 なら仕方ない、アゲハにしっかりと守ってもらうとしよう。


 彼女の右腕に抱きついて、身を寄せる。


 ニヤニヤしたアゲハが、ふふんと鼻を鳴らして歩き始めた。



「開き直って私を頼るところも好き」


「もう何しても僕のこと好きじゃん」


「うん、そうだよ? 大好きだよ、愛してるもん」


「わ、わかったからはやく出ようよ!」



 言って、羞恥に染まった頰を隠すように僕はアゲハから視線を逸らした。


 一階から最上階まで見上げられる中央の空間には、それぞれの階を結ぶエスカレーターが起動していて、二階から一階にかけて人が凝縮していた。


 こんな調子ではエレベーターも使えそうにない。


 なら、僕たちがこのデパートから脱出するには階段しかないのだが……。


 ふと、僕の視界に違和感が入り込んだ。



「ねえ、れん。さっきの話だけど……」


「う、うん?」


「私、れんのこと、好きだから。だから、れんが嫌がることは、もうしない。れんが悲しむこともしない。だから……れんも、私の悲しむこととか、しないって約束してほしいな」


「アゲハ……ちょっと、待って」


「……?」



 僕たちがいる三階に向かって、二階からエスカレーターで上がってくる少女の後ろ姿。


 背中にかかるウェーブのかかった茶髪は照明に照らされて赤く輝いていた。


 首元にはお飾りのようなヘッドフォンがかけられていて、記憶のなかの少女とリンクする。


 まさか——と思った刹那。


 ピクリと肩が震え、背の低い少女は、こちらに振り向いた。


 まるで僕の視線に気がついたかのように振り向いて、ぎょっとした。



「なんで……防護マスク……?」



 防護マスク。


 ガスマスクとも呼ばれる迷彩色の面を被った彼女は、とうとう三階にたどりつき——



「れん、下がって」


「え……?」



 ピタリと歩みを止めたアゲハの肩に、僕の頭がぶつかった。


 何事かとおもい、アゲハの視線の先へ目を向けた。


 そこには、このデパートのマスコットキャラクターであるサラマンダーちゃんが看板をもって立ちすくんでいた。


 看板には、ひらがなで〝いっつ、しょうたいむ〟と汚い筆致で書かれていて——瞬間、僕たちの足元になにか転がった。


 からんからんと転がる缶状の物体。ゲームの中で見たことがあるような形状に、僕は首を傾げた。



「あれ、これなんて名前だっけ——」


「——れん……ッ!?」



 それが何なのか、答えが出るよりもはやくプシューという音とともに濁った煙が缶から吐き出された。


 瞬く間に煙幕が僕たちの視界を奪い去り……間をおいて、目から激痛をともなって涙が溢れた。



「おぇぇぇッ」



 いや、目だけではない。


 鼻腔からも鼻水が大量にあふれ、喉の奥が痒い。


 たまらずうずくまって嘔吐し、顔面を液体で大洪水にしながら悶えていると、鎖を引っ張られた。



「……れ、ん……?」


「アゲ、ハ……」



 異常なほどに涙を滴らせ、僕と似たような状態に陥っているアゲハに手を伸ばす。


 アゲハと僕の手が重なる——その間際、赤い体毛に覆われた足がアゲハの手の甲を踏みつけ、タバコを消すようにぐりぐりと甚振った。



「ぁぁっ!!?」


「あ……あ、げは……っ!」



 アゲハから漏れる苦悶の声に、僕は滂沱の涙を垂れ流しながら、ボヤける視界の奥でサラマンダーちゃんを睨(ね)めつけた。


 貼り付けられた笑顔が、クリクリとしたおおきな瞳が、何故だろう……まるで人間のように殺意を纏っていた。



「や、めろぉ……ッ」



 絞り出すように叫ぶ。


 やめろ、やめてくれ。そんな酷いこと、しないで、助けて。


 悲痛な顔を浮かべるアゲハに、僕の胸の奥が痛んだ。


 なんとかしてでも彼女を助けなければ……拳を握り、身体中を冒す不快感をねじ伏せて、立ち上がろうとしたその時だった。


 神聖な主人公の覚醒を蔑ろにして、誰かが僕の首根っこを引っ張り上げ思いっきり放り飛ばした。鎖が尾ひれのように音を鳴らしてついてくる。



「待たせたね」



 そんな科白とともに、僕を煙幕の外に放り出した彼女は防護マスクをはずした。


 案の定……そこにはあの日、音楽室で別れ、生死不明だった友達の顔。



「小兎姫(ことひめ)……ゆき、先輩……」


「うむ。記憶に異常はないようだ。さて、脱出するよ玖楽後輩——いや、蓮」



 ゆき先輩は、無愛想な顔を精一杯綻ばせて、僕に手を差し出した。



「ゆ、ゆき先輩……どうして、ここに……? 頭の怪我は、大丈夫なんですか!?」


「説明は後だよ。すぐにここから逃げないと。――あの子、逆境で光るタイプのようだし」


「え?」



 煙の奥から聞こえてくる歪な音。


 ドスッとかドサッとか。不良映画や任侠映画でお馴染みの効果音が、煙幕の向こうから聞こえてきた。


 おそらく、アゲハとサラマンダーちゃんが殴り合っている。



「あ、アゲハ……! アゲハを、助けなきゃ……!」


「何を言っているんだい、蓮。早く逃げよう」


「で、でも……!」


「でもじゃない。あの女はキミを一ヶ月も監禁してたんだよ。あたしだって怪我を負わされた。今しかないんだよ。逃げられるチャンスは」


「い……一ヶ月?」



 そんなに僕は、アゲハの家に監禁されていたのか。


 体感ではまだ三日ぐらいしか経っていないのに。



「この瞬間しか隙はないんだ。警察だってあてにならない。岡部から吐かせた情報だと、今夜キミは海外に飛ぶ予定らしい。ここまで来るのにだってかなり時間がかかったんだ。海外まで行かれるともう助け出せない。だから、さあ」



 この手を取れと、ゆき先輩が促す。


 けれど、



「アゲハは……良い子なんだ。僕がいないと、ダメなんだ……。ゆき先輩にも、色々迷惑かけたけど……アゲハは」


「蓮……予想通りにハマってるね」


「え?」


「ストックホルム症候群ってヤツだよ」



 ストック……なに?


 ゆき先輩が憐れむような瞳で、僕を見た。


 ガサガサと、懐から先輩は何かを取り出しながら。



「無理もない。きみは悪くない。悪いのは、あの女なんだから」


「ゆ、ゆき……先輩?」



 それ……なんだよ。



「大丈夫。次に目を覚ましたら、安全な場所だから」


「せ、先輩——」



 刹那、先輩の手に握られたソレが僕の首に押し付けられた。


 ばちばちばち。


 体が激痛によって動かなくなり、視界が一瞬にして霞んだ。



「あ……げは」


「助けてあげるから。あたしが、蓮を」



 その言葉を最後に、僕は気を失った。


 煙幕の中にいるであろう、アゲハへ手を伸ばしながら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。