若生り熟す実の朽ちるる幻
私には夢と言う物が無い。
其れは人生と言う大きな迷宮にして旅を切り裂く為の道具が無い状態に等しいだろう
何か大衆が熱狂的に成る正義よりも個人が満足する事を好きだが、其の肝心な事を見出せて居ない。一番の致命的な事だろう。時には自分は必要にされて居ない、社会と言う夢の劇場の上、埃の一粒にも成れないと思う時も在るのに、いざ自殺やら自害、自刃等を考えても、其れすら、実行出来ない我楽多人間と来た。
世の中には十人十色と言う言葉が合って居る程、色々な人々が跋扈して居る。優しい人も居れば、厳格な人も居れば、礼儀正しい人も居る。勿論、私の様な人間も存在しているのだろう。
世の中に耐えて疲れる人も居る、音楽で救われる人も居るが、私が聞くと自分の愚かさが露呈して、心身の疲れの菌が精神の内憂外患を病魔にしてくれる程には私は或る意味、狂人だ。
努力は報われる、頑張れば夢は叶う、そんな言葉で夢は叶うのか?
夢の途上で命を落とした人や私の様に夢が無い人は如何なのだろうか?
そう思うと今の人生も消極的に成って仕舞う。人間の皮を着た生塵の様に猟奇な生き方をするのみに成り掛けた。
能力主義、実力主義、どれもこれも私と言う型に収まらない程、私と言う奇怪な存在は何処にも属せ無い塵や埃に等しいのかも知れない。毎日、酸素と血が揺らめくだけの生活、社会のために働く者の方が頑張って居るし、私は何も残って居ない。
強いて言えば嗚咽の涙のみだ。
板垣死すとも自由は死せずと言った板垣退助の様に私も象徴的な死をすれば、歴史や国民に何か訴えれるのだろうか?例えば、国会議事堂前で焼身自殺でもして、燃えゆる時に我死すとも憂国消える事勿れでも言えば、何か政府はしてくれるのか?
私の様な人間は数多の星夜の様に存在しているのかも知れない。
かつての先人の様に勇猛果敢な事を私はしたのだろうか。
落城する城の中で自害する武将の様に何か戦をして、自分の威信を保つために何か成し遂げたか?
家族や愛する人を衛る為に戦った戦争経験者の様に正義も解らない戦場の上で命を保ち護るべきの者達の為に命の寿を削った私のひいお爺ちゃんの様にわたしは誰かを守る為、私と言う存在を保つための正当化は何かしただろうか?
高く言えば孤高、低く言えば其処等の穢いドブ沼の底だ。
酒や煙草色に染まるか、札で物を叩くか、誰か愛する者としても、私は何も出来ない。臆病物だ。
そして、今日も私はそんな負に等しい事を思いながらも、憂愁の顔付きをしながら、鏡に映る自分の顔を顰め、心に卑下の文字を浮かばせ、薄汚い腹黒しい黒い瞳を瞬きさせ、齢は熟しと言う大人の関門を潜る前の早熟的な顔付き。
同時に私は此の経験や思いを衒学的に広めようと、青臭い掌に萎む血の華と言う血脈で筆を細かく動かしている。




