不運な冒険者は逆境を乗り越える!
冒険者になろう――。
僕がそう思うようになったときのことは今でも覚えている。
あれは僕がまだ七歳の頃だった。僕の暮らしていた村がある日、唐突に迷宮に飲み込まれてしまったのだ。その時の村の中はまさに地獄だった。
あちこちにモンスターが溢れ返り、誰もが血と涙を流して逃げ惑う。
子供だった僕を生かすために両親は犠牲になった。生かされた僕は涙で前が見えなくなるほど泣き腫らし、それでも両親が必死に守ってくれた命だからと、ひたすらに走って逃げた。
でも、逃げ場なんて何処にもなかったんだ。
守ってくれる両親がいなくなれば、僕はただの無力な子供に成り果ててしまう。
他の大人たちも自分が生き残るのに必死で、孤児になった子供を守っている余裕なんて無かった。
鼻にへばりついた血の匂い。
死にゆく人々の悲鳴と喘鳴。
モンスター達の咆哮と嗤笑。
思い出すたびに、体の奥底から恐怖が這い上がってくる地獄絵図のなかで、彼らは僕たちを救ってくれた。
それが冒険者だった。迷宮に呑まれた僕の村に訪れた彼らは、剣を手に取って、魔術を撃ち、手練手管を尽くして、『迷宮核』と呼ばれるものを破壊して僕らの村を救ったのだ。
まさしく、彼らは英雄だった。
両親をモンスターによって殺された僕は、そんな彼らの背中を見て、夢を見てしまったんだ。
僕のような境遇の子を一人でも減らせるような、そんな強い冒険者になりたいって。
それ以来、僕は努力をし続けた。
ただひたすら剣を振って、体を鍛えて、冒険者としてこの世の不条理に抗う力を求めた。
でも、僕にはどうやら才能が無かったらしい。
「――もう限界だ」
一つの冒険を終え、寂れた酒場で仲間と杯を酌み交わしている時、パーティのリーダーを務めている少年がそう呟いた。
「……正直、これ以上お前とパーティを組んでいたら、いつかイオナやゾールを殺すことになる。だから、シエル……もう俺らのパーティを抜けてくれないか」
「……そっか」
たった今、パーティにクビを宣告された僕は、ただ黙って頷くしかできなかった。
そしてクビを宣告したパーティリーダーの少年――アリウス・ラッドは「本当にごめん……」と、絞り出すように謝罪の言葉を口にする。
「あ、謝らないでよ! 元はと言えば、僕のせいなんだしさ! それに……皆んなにも迷惑を掛けちゃったし、仕方ないよ……」
そうだ。仕方ないことだ。
僕には彼らを責める資格なんてある訳もない。何せ、彼らが僕を追放したのは、全部僕が持つ『祝福』のせいなのだから。
◆
パーティのみんなと別れた僕は、酒場のカウンターに顔を伏せていた。
冒険者になって、もう一年。これでパーティを追い出されるのは通算二十回目だ。理由は決まって、これ以上仲間を危険に晒せないというもの。
どういうことかと言えば、僕が迷宮に潜ると必ずと言っていいほど異常事態が起こってしまう。
今まであったのは、迷宮内にある事すら確認されていなかったトラップに引っ掛かったり、本来なら出現しないはずの凶悪なモンスターに出会ったり。
今までで一番酷かったのは、迷宮に向かう道中でなぜかドラゴンが現れて追い回されたことだろう。
僕がパーティに居ると、常に命の危機と隣り合わせという状況になってしまう。
それもこれも、全部は僕が世界から与えられた『祝福』――【不運】のせいだ。
能力は読んで字の如く、不運を引き寄せるだけ。他の『祝福』と比較しても、圧倒的に使えない。戦闘能力も無ければ、サポートに特化しているわけでもない。寧ろ味方を危険に晒すだけの『祝福』だ。
というか、これを『祝福』と呼ぶのは少し気が引ける。だって、まだ得られる恩恵が少ないだけならわかるけど、そもそも【不運】で得られる恩恵は何もないどころか、デメリットしか得られない。
これがまだ任意発動なら…………いや、それでも結局僕はただ『祝福』を使えない奴になるだけか。
(はぁ……もし、この『祝福』が別のものなら、僕も少しは役に立てたのかなぁ……)
いつもそんな事を考えては、他の人たちが羨ましいと思ってしまう。
例えば、【剣聖】という祝福がある。これを手にした人は約束された剣の絶対的才能を手に入れるとされていて、事実過去に【剣聖】の祝福を授かった人は英雄として語り継がれる活躍をしている。
例えば、【聖癒】という祝福がある。これを手にした人はどんな病や傷、果ては呪いすらも癒す光を扱うことができる。かつて、この祝福を手にしていた《聖女》は『死の手前』であっても蘇生できたと言われている。
ただ、僕の祝福は英雄になるにはあまりにも弱過ぎる能力だ。
仲間を巻き込んで、死ぬかもしれない危機を呼び込んでしまうだけの【不運】を持つ僕は、やはり冒険者には向かないのだと思う。
でも、こんな使えなさそうな能力にも、もう一つ別の能力がある。
【超克値:0】
それが僕の右手の甲に浮かんでいる数字――【超克値】というヤツだ。
これはどうやら他の人には見えないらしく、僕にだけ見えている。つまりは【不運】の能力の一つだと推測している。
僕はこれの数値が増減する事で何かしら強力な能力に目覚めるのではと思っているが、実際はどうなのか分からない。
なにせ、これまで散々酷い目に遭ってきたのに、未だこの【超克値】は変動なしなのだ。
(何をしたらこの値が増えるのかなぁ……)
折角、唯一使えそうな能力なのに一向に変化する様子のない数値。
もしかしたら、今後もこの値が変わる事はないのかもしれないと僕は思っている。
(明日は、一人で迷宮に行こう。まだ武器のローンとかも残ってるし、パーティに入れなくても簡単な迷宮なら潜れるはずだ)
現存している迷宮の中で、最も難易度が低いとされている《ゾリアの遺跡》。
特徴的な緑肌と子供と変わらない体格、下腹がでっぷりと出た最弱のモンスター『ゴブリン』しか出ないと言われている迷宮なら、一人でも潜れる。
仮に【不運】に見舞われたとしても、せいぜいゴブリンの群れに囲まれるくらいだろう。
そう考えた僕は翌日、《ゾリアの遺跡》へと向かった。
結論から言おう。
僕の考えは甘かったと。
僕は僕自身の祝福――【不運】のことを甘く見ていたのかもしれない。
「――なんで、ミノタウロスが居るんだよぉ!?」
僕は今、半牛半人のモンスター『ミノタウロス』に追われていた。
僕の記憶が正しければ、この《ゾリアの遺跡》でミノタウロスが出現したという記録は無かったはずだ。
にも関わらず、何故か狙い澄ましたかのようにその記録を過去の物にしてしまう僕の祝福!
こんな事なら大人しく街に居るべきだったよ、畜生ッ!
『ブォフオオオオオオッ――――!』
ああ、近い近い近いッ!
ミノタウロスの鼻息を背に感じる。このままじゃ追いつかれると感じ、さらに体を前傾させて腕を大きく振って、足の回転をより早くして、全力で疾走する。
それでも、ミノタウロスを引き剥がすことができない。
この猛牛と戦う選択肢は無い。
ミノタウロスはゴブリンとは比較にならないほどの強敵だ。
僕なんかが戦っても勝てるわけがない。
だから、逃げるしかない――。
(あれは――)
そうして逃げ回っていた僕は、とある冒険者たちの姿を見て思考が停止した。
「――イオナ、魔法の詠唱を開始しろ! 時間は俺とゾールが稼ぐ!」
「――わかったわ、アリウス!」
「――行けるな、ゾール!」
「――当たり前だろ! 今さらゴブリン程度に負ける訳ねぇ!」
アリウス達だ。なんの偶然か、アリウス達も《ゾリアの遺跡》に来ていたんだ。今、彼らはゴブリンの群れと戦闘を繰り広げている。
このままの進路だと、間違いなくアリウス達とぶつかる!
それだけは絶対に避けなくてはならない。
でも、この背中にピッタリ張りつかれた状態で方向転換をしようものなら、ミノタウロスの手が僕に届く。
そうなったら僕は――
(――何を弱気になっているんだよ! 逃げてばかりじゃあ一生強くなれないなんでわかっているだろう! 勇気を振り絞るんだッ! あの日の夢を叶えるために、僕は力を付けてきたんじゃないのか!)
僕は今までずっと【不運】というハズレの祝福のせいにして、恐怖から逃げてきた。
自分じゃ超えられない壁を目の当たりにして、挑戦せずに逃げ出してきた。
でも、それじゃあ僕はあの頃の弱い自分のままだ!
アリウス達にこれ以上迷惑は掛けられない。
だから、挑戦するなら、今しかないんだ!
「――行くぞ、ミノタウロス!」
僕は腰に下げていた剣を抜くと、体を回転させて猛牛へと斬撃を放った。
刃の進撃が向く先は太い左腕。筋肉質な腕はいとも容易く斬撃を止めてしまう。
『――――――――――――――――――ッッ!!!』
「ッ、ガァアアアアアアアアアアアア!!!」
耳を聾するミノタウロスの咆哮。
気付けば、僕の身体は宙に浮き、安物の剣が根本から折れた。
「――――――――」
僅か一撃。意識が吹き飛びそうなほど鈍重な一撃が、僕を殴り飛ばした。
視界が白滅するほどの痛みと熱に苛まれながら、僕は決河の勢いで吹き飛んだ。
「――――ッ、ガァ!?」
幾つもの石柱を破壊しながら、地面の上を転がる僕の身体は漸く停止した。
口から滝のように血が溢れ出してくる。呼吸が苦しい。左腕が動かない。
『フゥゥゥ…………ッ!』
ミノタウロスが鼻息を荒くして近付いてくるのが分かる。
なのに、身体が上手く動いてくれない。
筋肉が痙攣して、力が入らない。
…………そもそも、動けたところで武器が無いのにどうやって勝つんだ?
そんな事を考えながら、迫る猛牛の姿を見る。
(あぁ、死んだなぁ……)
でも、これで良かったのかもしれない。
(そうだ。これで――)
逃げ続けて死ぬよりも、挑んで死んだという方が多少は格好が付く。
だから――
「――いい、わけ……ッ! ない、だろッ……!」
死にたくない。
僕はまだ死ねない!
自分と同じ人たちを増やさないと誓ったんだろうッ!
何が、痛みだ。
何が、絶望だ。
まだ、諦めるな。
僕が死ねば――、
「僕が、死ねば……、次は、アリウス達が狙われるかもしれないんだぞ!」
――だから、戦え!
自分の弱さを知りながら、それでも惨めに足掻き続ける愚者であり続けるしか無いんだ!
英雄のようにカッコよく戦えない!
血に塗れて、傷だらけになって、倒れる弱者にしかなれない!
でも、それでいい。
それが、僕の――シエル・ライティスの戦い方だ!
どれだけ惨めになろうと、不屈を謳え! 虚勢を張り続けろ!
「僕は絶対に負けない! ミノタウロス……お前を倒して、絶対に生きて帰る!」
僕が強がりを吼えた。その時だった。
【超克値の上昇を確認】
【超克値:1】
【超克値の上昇に伴い、新たな能力《魔剣召喚》を獲得】
今まで変動していなかった【超克値】が上昇した――突然、頭の中に聞こえてきた謎の声が、僕にそう言ってきた。
なんで上昇したのかとか、新たな能力とは何なのかとかそんなことを気にする余裕もなく。
――無意識のうちに、僕はその名前を呟いていた。
「《魔剣召喚》――来い、《ワルプルギス》!」
手元に召喚されたのは、漆黒の剣だった。
僕はこの武器のことを知らない。なのに、不思議とその名前と能力を初めから知っていたかのように、使い方が理解できた。
魔剣 《ワルプルギス》。
その能力は――闇の放出。
「全てを断ち切れ……!」
全身全霊の力を込めて《ワルプルギス》を振るう。すると、刃が通過した軌跡から噴水のように噴き出した闇が高密度の斬撃となり、僕とミノタウロスの間にあった距離を一瞬にして押し殺した。
なにが起こったのか理解する間もなく、猛牛の肉体は縦に一刀両断された。
「………………」
残心を解くと、僕は魔剣を見下ろした。
防御もさせぬまま、一太刀の下にミノタウロスを葬り去った《ワルプルギス》は仕事を終えたとばかりに、僕の手のひらから影も残さずに消えていった。
そして、次の瞬間には身体から急激に力が奪われる感覚に襲われて、僕はそのまま意識を手放した。
◆
その後、僕は戦闘の音を聞いて駆けつけた別の冒険者パーティに発見され、無事に《ゾリアの遺跡》から帰還することができた。
これが、僕の冒険譚のはじまり。
僕が手にした祝福――【不運】の覚醒から始まった僕の新たな冒険は、やはりこの先も『不運』続きだった事は言うまでも無い。
ここまで読んでいただきありがとうございました!面白いと思っていただけたなら幸いです!
不運な主人公がどんな逆境にも諦めず、血を吐いて立ち向かうシチュエーションって……良いですよね。




