魔導具師ニーナとクソ執事の7日間
「本当にあなた様が、天才魔導具師と名高いエバンズ様で? どう見ても――ちんちくりんな小娘様にしか見えませんが?」
執事服を寸分の狂いもなく着こなし、背筋が真っ直ぐに伸びる青年は、店に来て開口一番そう言った。見た感じ二十代半ばくらいか。探る様な視線を隠す事もせず、初対面の相手をちんちくりんな小娘呼ばわりとは……失礼なヤツめ。
とはいえ、彼の言い分も”多少”は間違いじゃない。
なんせ寂れた魔導具店にいたのは、十七歳の可憐な少女――黒い絹の様な黒髪と金の瞳。どこかミステリアスな雰囲気を纏う、この私。
ただし、”ちんちくりん”などではない。断じて。
世間の魔導具師のイメージといえば、根暗な冴えない男。もしくは職人肌の頑固親父。しかも「天才魔導具師」という肩書だけを聞けば、大抵の人間は年老いたジジイを想像するらしい。よって、彼の失言を許してやろう。私は広い心の持ち主なのだ。
「それでご用件は? クソ執事様?」
口の端を吊り上げれば、青年は整った顔を顰めた。
「前当主、ダリル・アーデン伯爵様の残した金庫を開けたいと、ご子息様達からご要望がございます。しかし、開けられるのはエバンズ様だけと他店で知り、この寂れた店を訪ねた次第です。――それで? エバンズ様はどちらにいやがりますか?」
その屋敷の執事だという青年――エリオットは、無表情のまま、口汚く要件を伝えてきた。
これで丁寧に伝えているつもりでいるなら、むしろ尊敬できましてよ、クソ野郎様。
とはいえ、アーデン伯爵の名前には聞き覚えがあった。提示された報酬も申し分ない。それにこれを逃せば、あの金庫を見られる機会は当分先になりそうだ。
それに、”天才”なのは私の祖母だ。だが、お祖母様は既にこの世を去っている。金庫なら私にだって開けようと思えば開けられる。
なら、今回限りは私が天才のエバンズでも、問題ないでしょ?
「私がその ”天才魔導具師のニーナ・エバンズ” だって言ってるでしょ? 信じてないなら依頼引き受けないわよ? ――まぁ、一応金庫を見てから、依頼を引き受けるか決めるけどね」
疑惑の目を向け、彼は不服そうに眉根を寄せる。どんだけ顔を顰めるのよ……。小娘に頼るのがそんなに不服かしら?
「……天才様がそうおっしゃるのなら、仕方ありません。小娘様が偽物でない事をお祈り申し上げます」
こちらの自信に満ちた態度からか、エリオットは渋々了承した。
こいつ……。マジでいい性格してんな。
そうして前金を受け取った私は、クソ執事様の案内でアーデン伯爵邸へと足を運んだ。
だがこの毒舌執事様――その金庫が禁断のパンドラだとは、どうやら知らないらしい。
この国では魔導具が国民の生活を支えている。その為、私たち魔導具師は欠かせない存在だ。仕事は製作や修理、保守点検と様々。私の店では、エリオットのように、魔導具での困りごとの依頼も引き受けている。
依頼者は様々だが、こんな失礼な奴は初めてだった。
そうして初めて訪れたアーデン伯爵家。荘厳な屋敷の姿とは裏腹に、中は驚くほどに騒がしかった。
「爵位と資産は長男の俺が継ぐのが当然だ!」
「僕は父さんの事業を手伝ってきたんだ。ダグラス兄さんは家を出て、好き勝手に遊び歩いていた間もね。しかも兄さん、あちこちに借金まで作って……。今更どの面下げて戻って来たんだよ?」
あらまぁ。ご長男は借金を?
ふぅん、借金持ちの長男ね。なんて期待を裏切らない展開かしら。
「お父様の領地管理をしてたのは私よ。なんで男だからって、兄さん達がでしゃばってくるのよ? それにライナス、あなたが事業を手伝ってた? 笑わせないでよ。殆ど何もやってなかったじゃない」
お姉様は優秀なのかしら?
頼りない兄弟を持つと大変ですね……。
「はぁ? ケイト姉さんがただ知らないだけだろ。だいたい、会社の金を横領してたくせに。バレてないと思ってるのは姉さんだけだから。変な言いがかりは辞めてくれよ」
「なんですって?! あんただって愛人を何人も役員にして、貢ぎ込んでたじゃない!」
あ……。似たもの姉弟でしたか。親に似たのか、お金で歪んだのか……。何て欲に素直なご兄妹なのかしら。
それは全て談話室から漏れ出た会話。
どうやら、アーデン伯爵家のご子息たちは、相続の件で揉めているご様子。
アーデンといえば、この国では一位二位を争う資産家でも有名な家名。だからか、内情はなかなかに泥沼らしい。いい感じに殺伐としてるじゃない。
「伯爵家の三兄妹が、お騒がせしており大変、面目ございません。ここは聞かなかった、という事で、記憶から抹消下さいませ。必要でしたらお手伝いさせていただきます」
おい、その手を下げろ。
物理で消す気満々だな。
「いえ、結構よ。格式あるご一家ながら、実に人間らしくて……安心したわ」
騒がしい談話室の扉は開け放たれていた。その前を通れば、火の粉がこちらにまで舞い込んできた。
「おい! エリオット! そいつは誰だ?!」
「まさか、お父様の隠し子じゃないでしょうね?」
彼らの問いにエリオットが立ち止まる。
「こちら、”天才”魔導具師のニーナ・エバンズ様です。皆様のご要望にござました、地下の開かずの金庫を開けられる唯一のお方。とのことですが、本日は金庫が開けられるかの下見にいらしゃいました」
おい、やけに天才を強調したな。めっちゃいじってくるじゃないの。しかも、金庫を開けられないかもってニュアンスで話すの、辞めてもらっていいかしら?
「お初にお目にかかります。ご紹介に預かりました、魔導具師のニーナ・エバンズです、本日はエリオット様にご依頼をいただき、取り急ぎ金庫の確認に参りました」
営業スマイルを貼り付け腰を折り丁寧に挨拶をすれば、ダグラスとケイトらしき人物はたじろぎながらも黙った。ライナスは口を曲げて私を睨んでいる。
上から三十代後半、中盤、前半って感じかしら。上等な服に身を包む彼らは、見た目は確かに貴族様だ。
ケイトさんの耳元には大粒のルビーが輝いてる。うわぁ、あのピアス、めっちゃ高そう……。
「案内の途中ですので、失礼致します」
エリオットはかなり優秀……、もしくは減らず口の執事だからか。誰も彼に苦言を呈する事はなかった。
「こちらです。小娘様」
案内を再開したエリオットはやはり無表情だったのだが……ちょっと待て。さっきの礼儀はどこいった? お前、完全に私を小馬鹿にしてるだろ? おい、やんのか?
さっきも自分で言ってたじゃない。
――開かずの金庫を開けられる唯一のお方です。
彼らは私に頼るしかないのだぞ?
クソ執事、貴様もだからな?
アーデン家の金庫を作ったのは、当時の天才魔導具師・ラナ・エバンズ――私の祖母だ。
お祖母様は歴史に名を残す魔導具師だった。
彼女が手がけた魔導具は、「レグランド」ってブランド名で、今でも多くのファンに愛されている。
高性能かつ、見た目美しい魔導具を作るお祖母様は、私の憧れであり目指すべき目標。
そんなお祖母様の魔導具には、独自に編み出した魔法の基本構造が組み込まれていて、それがないと修理なんて絶対にできない。
それを孫娘の私がちゃんと受け継いでるんだからね。
「こちらが問題の金庫です」
「どうも」
案内されたのは地下室だった。
壁に埋め込まれた金庫の扉は一枚の絵画のように美しい。精巧な細工が施されており、その中にはドラゴンのモチーフも刻まれている。なんて洗練されたデザインかしら。その美しさに思わず見惚れてしまう。
それは間違いなく、お祖母様の作った魔導具だった。
開けるだけなら一時間あれば十分。
問題は――この金庫を本当に開けてもいいのか。そこに尽きる。
――ニーナ、この金庫は絶対に開けてはいけませんよ。
私はお祖母様から、そうきつく言い渡されている。
だからこそ、この屋敷とそこにいる人たちを自分の目で見て確かめたい。六日かけて、それを見極めさせてもらうとしましょうか。
「解錠には一週間必要よ。毎日一行程ずつ作業を進めて、それを七回繰り返せば開くわ。でも、六日目の作業はとても複雑なの。だから、六日目にこの金庫を開けられるかどうか伝える。無理なら前払い分の報酬はお返しするわ」
エリオットはピクリと眉を跳ね上げた。
「……承知しました。天才小娘様がそう言うのでしたら、従う他ありません。その間は、私がお供させていただきますので、何かありましたらお伝えください。これから七日間、宜しくお願いします」
「……ええ、宜しくね。クソ執事様。それと、こんな機会は滅多にないので、六日間、屋敷を見て回ってもいいかしら?」
「そうしないと、小娘様の腕が発揮されないのでしたら、仕方ありません。ご案内させていただきますが?」
「……そうね。その方が助かるわ。宜しくね」
私は苛立ちを押し込めて、引きつく口の端を吊り上げた。
早速金庫と向き合い作業に取り掛かる。
一回の所用時間はたったの十分。その後、屋敷の中を少し見て歩いた。
そうして私は、毎日屋敷を訪れては同じことを繰り返した。
その中で、アーデン前当主の遺言には、相続人の名前が無かったこと。資産はすべて、遺言に書かれている所へ寄付することが書かれていたことを知った。
国の制度では、誰が継ぐかが決まってなければ、王室か貴族院が判断権を持つ。だがそれらに納得いかないアーデンの子孫達は、開かずの金庫に目をつけた。ということらしい。
この金庫を設置した時から、一度も開けられたことがない――開けてはいけない金庫に。
彼らはそれを知っているはず。にも関わらず、この中に「違う遺言状が遺されているかもしれない」と考えたなんて、なんとまぁ……欲深く愚考。救いようのないご家族に、遺言状の内容にも納得できる。
因みにこの話はすべて、屋敷の滞在中に聞こえて来たもので、クソ執事様から聞いた話じゃない。
アーデン前当主の人柄は知る由もないけど、ここで働く従業員達もなかなかに碌な人間ではなさそう……。というか、残念ながら主人を失った屋敷には、碌な使用人はいなかった。
それもそのはず。優秀な使用人は皆、すでに紹介状を貰ってさっさと屋敷を離れていったらしい。さすが懸命な方達は判断が早いのね。
残った使用人達は、いろんな意味で凄かった。
屋敷の備品を“記念品”と称して持ち出す者。昼間っから奥の客間でイチャつく連中。中には、堂々と博打をしていた奴らもいた。
最早ここは、無法地帯。それでも連日、ケイトやダグラスがパーティーを開いているのだから、呆れてしまった。
案内の途中、とある部屋の前を通りかかった“その瞬間”、開いた扉の隙間から――まさかの光景が目に飛び込んできた。
私はすかさず、エリオットの背中に隠れる。
「……ぁあ!? エリオット!? これは……その、違っ……」
「ちょっと、さっさとあっち行ってよ! 見せ物じゃないのよ!」
人様の“ああいう場面”なんて、普通は目にしないわけで。流石に気まずかった――のだけれども。
「小娘様には少々刺激が強かったですね。次は庭園へと参ります」
彼は涼しい顔をして次への案内を促してきた。いや強すぎんか? それに私は見逃してないからな。一瞬で茹だった私の顔を見て、ふっと笑ったクソ執事様の嘲笑を。ウブな少女の反応を笑う前に、あっちを注意しとけ?
して、そのクソ執事様といえば――
毎日私が指定した時間きっかりに店まで迎えに来て、金庫へ案内する。仕事を見届けると屋敷を案内してくれ、その後は店の前まで送ってくれた。
口は悪いが、律儀で、丁寧な所作。それに送迎の魔動車の乗り降りでは、驚くことにお嬢様扱いまでしてくれる。その点に関しては好印象だ。
ただ、きっちり仕事をこなすタイプではありそうだけど、屋敷のことに関してはまるで無関心。屋敷の管理は彼の仕事ではないらしい。
屋敷からの帰り。
最新式の魔動車に揺られながら、ふと疑問を口にした。
「ねぇ、なんであの屋敷に?」
「……孤児だった私をアーデン様が拾って下さった、よくある話です」
「奥様は?」
「随分と昔に、病で亡くなられております。……小娘殿は、何故あの店を?」
「祖母から引き継いだの。よくある話よ」
彼と交わした世間話はこれだけだった。
でも、いつも冷たい彼の瞳は、その時だけは温もりが宿っていた。
こうして私は、五日間かけて屋敷の中を見て回った。金庫を開けるか判断するために。
この屋敷で見聞きした事はどれも、自分さえ良ければいい。そんなものばかりだった。
祖母様の言葉はずっと頭の片隅にある。あの人が、感情で物を言う人じゃないことは、私が一番よく知っている。
あの金庫を開ければ、何が起こるかまでは正直分からない。
揺らぐ気持ちを胸に抱いたまま、六日目を迎えた。
「ねぇ、エバンズ嬢。明日じゃないと金庫は開かないの?」
初めてケイトさんが話しかけて来た。
それは、今日の金庫の解錠作業が終わりを迎えたタイミングだった。エリオットは壁際に控えて、すっかり見慣れた無表情で、こちらの様子を見ている。
ケイトさんのその一言で、私は金庫を開ける決意を固めた。……もういいだろう。ここに“正しさ”なんて、残っていない。
「そうですね。作業は順調ですので、明日には解錠できます。――それで? ケイトさんは金庫解錠の立ち合いを独占するのに、私に何をしてくれるんですか?」
にっこり。笑顔を作ると、ケイトさんはわずかに身を引いて、目元を引き攣らせた。
「ダグラス様は、私のお店に出資していただけるそうで。ライナス様は、私に鉱山採掘の権利を一部くれるようですが?」
ダグラスは、屋敷に来た際に。ライナスはこの部屋の到着時に。どちらも、自分一人で金庫の解錠に立ち会いたいと、当然のように言ってきた。
ケイト、あなたもどうせ同じでしょ?
もうそれならお望み通りに、金庫を開けてあげようと思えたのだ。
「どうやら、エバンズ嬢はそれでは釣られなかったようね……安心したわ。それで――お嬢さんは何をお望みかしら?」
それは、まるで甘えるような声で――脅すような目だった。
本当に似たもの兄妹ですこと。しかもその支払いは全てアーデン伯爵のもの。まだあなた達の物でもないのに、よく言うわ。
きっと、アーデン伯爵は全部わかってて、あの遺言状を残したのね。経営手腕はおありでも、子育てには失敗したみたい。
「申し訳ございません。私の雇い主様は、アーデン伯爵様です。そして、当主様の亡き今、その代理人のエリオット様が雇い主となります。
残念ながら、皆様のご要望にはお答え致しかねます。どうぞ、ご理解をお願いします」
「っ、エリオット!」
「解錠の時間が決まりましたら、皆様へお伝えさせて頂きます」
「……っ、この……お父様の犬風情がっ」
ケイトさんはエリオットにそう吐き捨てると、悪魔のような形相で私を一瞥し、部屋を出ていった。おぉー怖っ! にしても、本当このクソ執事様は凄いな。三人にニュアンスは違えど、似たような捨て台詞を吐かせてる。そして微動だにしない。
「ケイトお嬢様が感情的になり、誠に失礼いたしました。あれでも一応、上流階級の端くれでございますので……ご容赦を」
あ……そうでしたか。
私は無言で頷いておいた。
そうして迎えた最終日。
金庫の前には、連日大喧嘩を繰り広げていた、三人のご子息様達と、クソ執事様の姿があった。
「皆様、”開けない”という選択肢もまだございますが、お気持ちに代わりはございませんか?」
この場にそれを肯定する者はいなかった。
「あんた、もしかしてその金庫が呪われてるって信じてるのか? んな訳ねぇだろ。もったいぶってないでさっさと開けろ!」
ダグラス様よりありがたいお言葉を頂いた。他のお二人も同意するような雰囲気だ。
もう、どうなっても知らないんだから。
「では、予定通りに」
そうして最後の作業を終わらせると、固く閉じていた金庫の扉が音を立ててわずかに開いた。瞬間、”何かが”屋敷の空気を変えたた。――けれど、それには誰も気づいていない。
「これにて金庫の解錠作業は終了です。お立ち合いご苦労様でした。では、私はこれにて失礼致します」
丁寧に腰を折ると、荷物をまとめて足早に屋敷を出る。三兄妹は一斉に金庫へ駆け寄っていたが、当然のように、そこに遺言状はない。落胆の声が地下室に虚しく響いていた。
エリオットに店まで送って貰った私の両手には、ずっしりと金貨で太った布袋。私の心と懐はほくほくだ。ありがとう。三兄弟! この金貨を使い終わる頃までは、多分あなた達を忘れないわ。
「七日間、お疲れ様でございました。ニーナ様」
いや、ちゃんと名前呼べるんかい!
この見た目にこの話し方って……ギャップもだし、マジでキャラ濃すぎんか?
まぁでも、依頼者があの三人じゃなくて良かったけど。
「ご依頼ありがとうございました。クソ執事さん、お体にはお気をつけて」
「ニーナ様も、お気をつけくださいませ」
私はエリオットと握手を交わした。せめても、彼のこの先の行く末が、よい方へ向かうようにと祈りを込めて……。
――アーデン伯爵家で不審死続出。資産は遺言に則り各所へ寄付。家は取り潰しの方向へ。
原因は呪いか? 魔術師が対応に追われる――
それは、アーデン家での仕事が終わった三日後の事。
店でのんびりと珈琲を啜りながら新聞を読んでいると、先日別れたばかりの青年が店を訪れた。
「どう言うことか説明できるよな? 天才小娘様?」
相変わらずのエリオットは、思い切り顔を不服に歪ませ、店の机へと新聞を投げ置いた。それは私が読んでいたものと同じ新聞だ。
「これのこと?」
持っていた新聞の見出しを見せると、彼はどかっと椅子に腰を下ろし、長い足を見せつけるように組んでいた。
「そうです。小娘様が何かやりやがったのでしょう?」
太々しい態度と声音は、屋敷で見ていたエリオットとは随分と違う。当たり前だけど、彼もちゃんと人なのね。なんだかそれが面白くて、自然と私の頬は緩んでいた。
「まさか。私はただ、ご依頼通り金庫を開けただけよ。――呪いの宝石が入ってる、金庫をね」
アーデン家には呪いの宝石がある。
それがいつからあったか、なぜ所有してるのか。それは分からない。けど、その宝石は不幸を呼ぶという事は知ってる。お祖母様から「絶対に開けるな」ってね。
でも私はその金庫を開けた。
だって、屋敷にいる彼らなら、不幸に見舞われてもいいと思ったから。でもまさか、死んじゃうなんて予想外だったけど。……でも、お伽噺のオチって大概そういうものよね?
以前は魔法で呪いを封印していたみたいだけど、定期的に行わないと解けてしまう。それで作られたのが、あの金庫。宝石の封印はとっくに解けていたみたい。そこに、金庫が開いたことで呪いが屋敷を覆った。それだけの事。
「ね? 私はただその金庫を開けただけのことよ」
それを説明すれば、元クソ執事様は思いきり顔を顰めた。今、彼はどういう心境なのかしら?
もし死亡者の中に、彼の大切な人がいたら申し訳ないけど……。
「クソ様は伯爵様から聞いてなかったの? あの金庫は開けるなって」
「聞いておりましたが、お亡くなりになられる際には、『子供達の好きにさせろ』とご指示をいただいておりました。――あとは『時期が来たら屋敷を出るように』とだけ」
何かを堪えるように、彼は机に乗せた手を震えるほどに握っていた。
それにしても、美男子はどんな表情でも絵になる。とっても素敵なお顔だわ。
「確認致しますが……小娘様は、金庫の中身を知っておられたのですよね?」
「もちろんよ。天才魔導具師ラナ・エバンズ――お祖母様の手がける魔導具のほとんどが、そういった”いわく憑き”に関連するものだもの。ちゃんと情報は引き継いでいるわ」
言えば彼はまた、整ったその顔を不快に歪ませた。
「なら、責任取って俺を雇って下さいませ」
「は? ……どうして? 私は依頼を受けて、責任もって開けたじゃない」
きょとん、と首を傾げると、彼は淡々と話し始めた。
「屋敷で生き残ったのは俺だけだ。他の連中は全員死んだのに……。調査に来た魔術師に、俺には祝福の魔法がかけられてたから、影響を逃れたって聞いた。それって、あんたの仕業だよな?」
なるほどなるほど。確かに私がエリオットに祝福をかけた。だって、彼には不幸にはなってほしくなかったもの。
「そうだとして――あなたは、何が出来るの?」
聞けば彼はどこか誇らしげに言い切った。
「んなの執事業に決まってんだろ。もちろん俺を生かした責任、とってくれるよな? ちんちくりんの魔導具師、ニーナ・エバンズ嬢」
そうして彼は、私の返事を聞くことなく店に居座り始めた。
口汚い執事を迎えた私の魔導具店は、いつもよりも少しだけ賑やかになった。