3:林檎飴の予感
「はい、林檎飴」
彼女は右手に持つ林檎飴を僕に差し出した。
夏祭りの夜。浴衣姿の女性が多い中、彼女だけはパンツスーツ姿で髪も束ねていない。仕事終わりにふらっと立ち寄ったかのような姿だ。
彼女はいつも、場に馴染まない格好をして現れる。単に目立ちたがりなのかとも思っていたが、付き合ってみるとその癖は別の意味合いがあるようにも思えてくる。
それは反骨心だ。
僕には、彼女が叫んでいるように思えるときがあるのだ。
「一口食べる?」
「いや、どうしようかな……」
僕の方も、祭りの賑わいに溶け込めているとは言い難かった。
人込みの熱気はどうにも苦手で馴染めない。彼女が来る前から屋台を彷徨っていたが、合流前には疲れ果て、ベンチに座ってへばっていた。
彼女が差し出した林檎飴は食べかけだった。
既に噛られた跡がある。
まるで真っ赤な半月のようだ。僕は勧められるまま齧ろうと思ったものの、食べ方が分からない。人前で大口を開けるのが恥ずかしいので、やっぱり要らないと伝えようとした。
彼女の顔に視線を向ける。
そのとき、彼女の頭が破裂した――ように見えた。
僕の視線が彼女を見上げる延長線上の向こうで、打ち上げ花火が大きく開いたのだ。砕けたように見えたのは錯覚に過ぎないのだとすぐに理解する。
しかし、目に映る錯覚は消えなかった。まるで予知夢を見せられているような気がした。
夜空に音を置き去りにして拡散する彼女の肉片、脳漿、頭骨。夏の夜を彩る彼女の欠片。
彼女の顔は今、夜空の暗闇に塗りつぶされている。花火の逆光に輪郭だけが映っている。
後から追いかけてきた爆発音に腹を揺らされ、僕は我に返る。
「食べないの?」
林檎飴を差し出したまま、彼女は僕の様子を伺っていた。
赤く濡れた林檎飴の光沢に視線を落とす。赤い飴に自分の歯形を残すのは、彼女の運命を確かめるみたいで怖かった。
でも……僕は胸に去来する予感を振り切るため、大きな口を開けて林檎飴を一口齧った。