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World's END. 人間はしつこく抗う。  作者: アイスティー
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第一話: ようこそ滅びた世界へ

「見つかったか?」

男は言った。

もう一人の男は引き出しを開け閉めしている。

「いや、まだだ。」

二人は暗い部屋の隅々まで調べた。どこかのオフィス室だ。しかしとても古そうだ。金属の机は錆びているし、床も天井も剥がれているところがある。椅子の裏、棚の中、机の裏、また引き出しの中、ドアの取っ手、割られるもの全て。

「駄目だ。見つからない。引き上げるぞ。」

「わかった。」

二人の男は探すのを諦め、ドアから出て行こうとした。すると外から部屋に近づいてくる足音が聞こえてくる。

「チャーリー、こっちは無理だ。もう来てる。」

一人が言った。

「窓もねぇ。どうするか。」

二人は棚を見た。壁に設置されている棚は大人がちょうど一人隠れられるくらいの大きさだった。二人は顔を見合わせた。

「ごめんよっ!」

チャーリーと呼ばれた男はもう一人を押しのけ、横から体を棚の中に押し込んだ。

「おいふざけんな!」

男はチャーリーを引っ張り出そうとした。だがチャーリーは棚の扉にしがみついて出まいと踏ん張った。

「悪いな。」

チャーリーは棚の扉を閉めた。

「どうすんだよ!」

もう一人はパニック状態。

その時、部屋のドアが開いた。

「うっ。」

男は急いで開くドアの後ろに隠れた。

部屋に入って来たのは背の高い、金髪の髪を後ろで結んだメガネをかけた女性。彼女はスーツを着ていて、クリップボードを持っていた。

ドアから離れ、開けっ放しの引き出しや倒れた椅子を黙って見つめた。

彼女はスーツのブレザーから何やらとがった棒を取り出した。その棒をシャッと振るとそれは槍のように伸びた。そして無言のまま、彼女は男の隠れている棚を扉を貫通し、刺した。棚の隙間から赤い血がポタポタとカーペットに落ちた。

「ひっ!」

扉の後ろに隠れた男が声をあげる前に彼女の目はもう彼の目を見つめていた。


1年前 日本、東京

「カノさん、昼休憩ですよ?」

モニターのたくさん並ぶ部屋にクリーム色の髪をした背の低い女の子が入ってきた。

「あー、もう?」

短い水色の髪の女性は画面から目を離した。画面に戻り、カチカチっと操作すると足元の大きな箱の電源を切った。プツンと画面は暗くなり、彼女は立ち上がった。

「はい!」

クリーム色の少女は背中に隠していた弁当をサッと前に出し、カノに渡した。カノは少女に問うように首を傾げて弁当を片手で受け取った。

「私が作ったの!」

彼女は少し誇らしげに言った。

「これはどうも。」

再び座ると弁当を机に置き、座ったまま椅子を一周ぐるっと回した。

「ん?どうした。」

カノは少女を見上げた。すると少女は持っていた写真をさっとコートのポケットに突っ込んだ。

「またシユか?」

カノは少女のコートのポケットを見ながら聞いた。

「はい…」

少女の目線は床に向いていた。

「安心しなって。あの世で楽しくやってるさ。」

カノは少女ミナのおでこを指差し、そのままビシっとデコピンをくらわせた。

「いたっ!ちょっとカノさん!」

ミナは頬を膨らませ、ムスッとした顔で腕を組んだ。

「まぁそんな悲しむなってことだ。ここの奴らみんなあんたの元気な態度で動いてるからさ。いつもみたいに笑っといてくれよ。後ろ向いてたって辛いまま。前を向くまでよん。」

彼女はカノに言われると顔を笑顔に戻した。

「はい!」

すると隣に座っている男性社員が2人に呼びかけた。

「おい、見てみろよこれ。」

2人は彼のモニターに覗き込んだ。

「おお、なんか大変なことになってるな。」

カノは他人事のように言った。

モニターに映っていたのはカナダ、トロントのニュースだった。急に地面が割れ、未確認の生物が溢れ出ていると言う。映像には紫色の犬のようなものがちらほら見えるが、画像が悪くてわからない。道路は砕け、盛り上がっているところや穴になっているところがある。そして大きな音と共に高い高層ビルが倒れ、車や人々が下敷きになった。見ている間に他の何人かの社員たちも一緒に立って見ていた。

「何だよこれ…」

「やばいな。」

不安そうな雰囲気が漂う。

「おい、こっちもヤベェぞ。イスタンブールにも同じことが起きてるっぽいぜ。」

後ろからまた社員がモニターを見ながら言う。

「上海もだわ…」

前に座っていた茶髪の女性社員も振り返って教えてきた。

次々とトロント、ニューヨーク、ブエノスアイレス、ケープタウン、カイロ、パリ、ロンドン、モスクワ、イスタンブール、デリー、上海と大都市が挙げられていく。

昼休憩が終わっても皆仕事に戻らず、画面に釘付けだ。落ち着く様子もなく都市が次々とニュースに取り上げられている。SNSなどのメディアも混乱状態。不安や恐怖心を伝える投稿が絶えない。

ヴーンヴーン。

急にサイレンが鳴り出し、オフィス中のモニターに黄色い警告が表示された。

「な、何ですか?!」

ミナは辺りを見渡した。

<<警告レベルα。全日本に警告です。札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の都市で未確認の生物が大量に溢れ出ています。自衛隊が対処しておりますが安全のため、室内からでないでください。>>

「おいおいここもかよ。」

オフィス内も混乱に陥った。何人かは窓まで走り、外の状況を掴もうとした。カノたちも後から窓に顔を押し付け、下を見た。彼女らのいる3階からは崩壊したビル、粘土のようにムキ上がったアスファルトの道路、そして見たこともない悪夢に潜む怪物たちに襲われる人々の光景が見えた。道や建物の壁は血で塗られ、銃声や怪物たちの吠える音が窓を貫いて聞こえる。背景では警告が鳴り続け、仙台、神戸、広島とどんどん都市を挙げていき、ニュースも同じようになっていた。窓に並ぶ社員たちは皆驚きと恐怖で目を大きくして口を開けていた。

「おい冗談じゃねぇ。こんなとこいたって死ぬに決まってる。トロントのニュース見ただろ?すぐにドアを破って入ってくる。その前に逃げねぇと。」

「中に居ろって言われたけどそうだよね…」

会話が進み、8人は出ていくと判断したのだ。

「でも外の方が危険だよ!」

ミナは必死に止めた。

「ミナちゃん、ごめんよ。俺らは逃げる。あんたらもそうした方がいいと思うぜ。」

ミナが手を伸ばしても彼らは振り返り、オフィスを出ていってしまった。残った人は彼らの行方を追おうと窓にまた近寄った。彼らが乗っているであろう車が3台駐車場から出ると道を走り出す。荒れた道路で大したスピードも出ず、先頭の1台目はまたあの紫色の犬なようなものに囲まれた。ドアを引き剥がされ、窓を割って中の人達は引き摺り出され、バラバラに噛みちぎられた。血飛沫が飛び、赤く染まった車の車体は炎に燃え上がった。

「何で何で何で…」

ミナは窓から後退し、しゃがみ込んでしまった。

2台目の車は1台目に通り道を塞がれ、同じ目に遭った。喰われる前に走り逃げた人達は数秒で追いつかれ、1人は足を噛みちぎられ、そのまま何体もの怪物に裂かれた。もう1人は怪物に飛び乗られ、頭を首から噛み取られて転がり倒れた。

「私のせいで…私が止めれば…私が…」

ミナは両腕を組んで顔を隠して泣きながら自分のことを責めた。

3台目は最初の2台がやられている間にバックし、反対の方向に走り出した。がしかし、交差点までくると曲がった途端、巨大な赤い角を持った六足歩行の怪物に突き刺され、道の反対側まで放り投げられると建物に当たり、爆発した。

ミナは泣き止み、顔は絶望へと変わっていた。警告はまだ続き、ニュースは全て現地レポーターが全員殺され、カメラが地面に転がっているか壊されているかだった。

「きゃぁぁっ!」

「ぐわぁぁっ!」

下の階、階段から悲鳴が聞こえてくる。

「入ってきたぞ!」

吠える音と他の怪物の鳴き声が響き渡る。パニックが走り、机の下に隠れる者、オフィスを走って出ていく者がいる。

「カノさん、どうしよう…」

ミナがカノの足にしがみつきながら言う。彼女の声は小さく、掠れている。頬は涙で濡れ、カノを見上げている。カノはミナの前でしゃがむと腕で彼女を包み込んだ。

「ミナ、隙を見て逃げるよ。」

カノがミナの頭を撫でる。ミナも了承で頷くとカノはミナの手首を掴み、そしてプロジェクタースクリーンを天井から下ろすために使う長い金属棒を武器にオフィス部屋を出た。部屋を出ると目の前には例の犬のような怪物がいた。犬というより狼に近い。人の胸くらいの高さまであり、車ほどの長さだ。4本の足は力強く、大きな爪が前に4つ、後ろに1つ各足に付いている。体は主に濃い紫で、鋭い目つきをしている。赤くルビーのように光る目は2人から離れない。尻尾は長く、先は槍のように尖っている。そして口からはみ出る牙は何でも噛み砕けそうだ。

「ミナ、下がって。」

カノも怪物から目を離さない。言われた通りミナはカノの後ろに隠れた。怪物は、カノの金属棒が届かないギリギリのところにいた。カノが一歩近づくと、その分怪物も下がった。カノが見回りをすると、怪物も同じように動いた。カノは踏み出し、持っていた棒を怪物に向けて勢い良く振った。しかし、怪物はこれに対応し、下がりながら大きな爪で棒を折った。

「偉く賢いな…」

褒めているよりも嫌味でカノは言った。

彼女は頭でクイっとミナに逃げろと言う指示を出した。そして思いっきり折れた2つの棒を叩き合わせ、大きな音を鳴らして、怪物の注意を引こうとした。その間にミナはカノの背後から出て、階段に向かって走り出した。怪物は、カノの音に目も耳も向けず、階段を降りて行くミナを追った。カノは歯を食いしばり、怪物に飛び乗ると2つの金属棒の折れてとった部分を、怪物の腹に刺した。しかし怪物は何もなかったように走り続け、カノを振り落として階段を駆け降りて行った。カノは床から自分を押し上げると袖をまくり、ミナと怪物を追いかけた。

ミナは1階を通り過ぎ、地下の駐車場までやってきた。怪物の足音が聞こえたミナはまだ駐車してある、白いセダンの後ろに隠れた。駐車場の窓から入ってくる。ガソリンや焦げた臭いにより、鼻でミナを探そうとしている怪物は困惑していた。駐車場を見渡してミナが見当たらないことを確認すると、階段から見えないところに隠れ、カノを待ち伏せた。しばらくすると、カノが階段を駆け降りてきた。

「ミナ!」

カノはミナと名前を呼んだが、彼女の姿は見当たらず、返事も返ってこない。ただ右後方から聞こえてくる、威嚇のうなり声。カノが頭を右にずらした瞬間、怪物は彼女の足めがけておそいかかってきた。怪物は、彼女の足に噛み付きねじりとった。

「うあぁっぐっ…」

驚きと痛みでカノは叫んだ。

セダンの後ろでこっそり見ているミナは恐怖で目を大きく開き、声を出さないようにと口を抑えた。カノは両腕で自分を引きずり、必死に逃げようとするが、怪物は彼女の上に立ち、鋭い爪で背中をえぐった。服が破れ、皮が剥かれ、ボロボロになった彼女の背中はもう誰のものかわからないほどになっていた。すると駐車場に2体目の緑色の怪物が入ってきた。この怪物はスライムのように柔らかいゼリーのような体をしている。怪物の足は太くずっしりとしていて、頭はない。ゼリーの塊に足をくっつけたような前も後ろもわからない怪物だ。緑の怪物は歯を食いしばるカノを見下ろすとその上に倒れ込んだ。犬の怪物が足を退けると緑の方の怪物はカノの体を飲み込んだ。すると中で溶かされるようにカノの体は小さくなり、怪物はみるみる形を変えていった。その隙に車の背後から出て駐車場の外に出たミナはその光景を目に焼き付けられた。怪物がカノそっくりに姿を変えていたのだ。するとカノの見た目をした怪物は立ち上がり、駐車場の奥に向かって手を振りながら歩き出した。不気味なにっこりとした表情を浮かべ、車の後ろや中、下を探した。ミナ、または他に駐車場の中に籠っている人間を誘き出すためだろう。その姿と行動を目にしたミナは振り返ることなく走っていった。

「嘘嘘嘘嘘っ…!」

自分の見た光景が信じられなかったミナは荒れた道路の上を走った。もう人だったのかどうかわからない体やその破片が転がる中、ミナは必死に走った。涙を流して。もうこの一帯に生きている人間はおらず、街の他の部分を探しに怪物たちも出ていったようだ。ミナはひたすら走り、何にも止まらず直線に走り続けた。


現在 日本、長野県南木曽町

沖縄や長崎の小さい島々、北海道北部、東北地方の山、そして岐阜や長野の山は大都市から離れていて怪物は出なかった。それらの村などを通り、住民を皆殺しにされたところがほとんどだ。小さい村も怪物の数からすれば簡単に一掃できる。もうこの事件の前と同じように残っているところは日本どころか世界を探してもどこにもいないだろう。が、小さな村や町は生き延びた集団が団結し、怪物を討伐するか追い出すかしたことで拠点になっているところがたくさんある。この南木曽町も同じだ。木曽町にある拠点と連絡を取り合って物資などを分けている。木曽と南木曽は大きな都市からは離れているが、山を越えれば小中の町がいくつかある。食べ物がなくなったらそこまで取りに行けると言うことだ。ここの南木曽拠点では大人や子供、年寄りもいるし、男も女もたくさんいる。この南木曽拠点と木曽を合わせれば1万近くは居るだろうし、新しい人も寄って来る。

「ここの箱全部木曽まで運んで来て下さい。」

指示を出しているのは南木曽拠点のリーダー。クリーム色の髪をした美少女に見えるが、戦闘経験は豊富。彼女を誘ったらすぐに首を刎ねられてしまう。しかし人思いで優しく、困っている人は放って置けないと言う性格だ。

「ミナさん、松本まで行った2人が未だ帰ってきません。」

彼女に駆け寄って来た男は紙切れを渡した。

ミナは紙切れに目を通して男に返した。

「8日経ったのにまだですか。」

「そうっす。木曽にもいないって言うんで。部隊を組んで探しに行きましょうか?」

「ここにいて下さい。8日経っても連絡が無い。もう恐らくやられてます。」

「そんな!チャーリーたちを見捨てろって言うんですか?!」

少し怒った声で男は返した。

「シンジ、貴方の気持ちは分かります。でも危険です。ここの人も貴方を必要としています。副リーダー。」

彼女はシンジの肩に手を置き表情を笑みに変えた。

「元気出して下さい。どんなに辛くても、後ろを向いていたら辛いまま。前を向くまでですよ。」

彼女の眼に涙ができた。しかしすぐに指で拭き取った。

「ミナさん…」

「大丈夫。彼らは強いです。きっと帰って来ます。」

ミナはシンジを励ました。

長野県松本市は国が置いた自衛隊に守られた第一拠点だった。盆地ということで怪物の侵入を防ぎやすく、日本の中心にあることも逆手に使って他の拠点と交流をしていた。その頃はラジオも使え、ニュースが日本中に行き渡っていた。日本政府最後の拠点で、この怪物の事件での研究を進めていた。しかし、怪物の数、そして新しい種類が増えるに連れ自衛隊は押し返され、拠点は怪物の波に飲み込まれ、全滅したそうだ。怪物の中でも1番厄介で松本第一拠点を滅ぼした原因第一とされるのが緑色の謎の怪物。吸収した人や動物に成り切る特徴があると言う。実際に見たと言う人が1人いる。その人がリーダーのミナだが、人に話すのを嫌っていて、無理に話させようとするとボコボコにされる。8日前に2人、情報収集のために送り込んだのだが、未だ帰らないと言う状況にシンジもミナも頭を抱えていた。

「リーダーって普段怖いけど、シンジには優しいよな。」

2人の会話を見ている人達が言った。

「そ、そんなこと…」

ミナが慌てて返すと周囲の人は笑い出した。こんな荒れた時代でも人間はやっていける。まだ希望はあると皆思っていた。

「あ、そう言えばチャーリー達が塩尻辺りで見えたそうですぜ。」

1人が言った。

「本当ですか?!すぐに木曽まで行って迎えに行きましょ!」

嬉しそうにミナが言うとシンジはここは任せろと言うような合図を送った。ミナも了承に頷き返すとドアの外れた家に靴を脱いで入っていった。家の中には端に寄せられたリュックやカバン、長靴、紐などの物が備えてあった。ミナは水やポケットナイフ、他に必要そうなものをリュックに詰め込むと背中に背負って靴を履き直し、帽子を被って鍔を前に合わせた。ミナは町の中の何人かに話しかけ、一緒に来ないかと伝えた。すると信頼されているからか誰一人嫌な顔をしないですぐにやっていることをやめると彼女について行った。ミナを入れて6人で移動する。ここのルールでは安全のため、最低4人で行動すると言うルールをミナが作ったからだ。6人の中でも目立つのはリュウ。紺色の髪で背が高く、体型がしっかりしている。顔が良くて拠点内からの女子の支持も高い。親が狩人で山道や険しい道は得意。目と耳が良く、案内役にはピッタリだ。次にサラ。緑髪の美女でミナと同じくらい男に狙われる。多分怪物よりも男に狙われてるのだろう。サラは優秀な元看護師で素早く傷を治療する。もう拠点で何人も彼女に助けられている。ミナやシンジからしては病人や怪我人を助けてくれるのはありがたいが、サラに助けられた男達はみんな彼女と恋に落ちてしまうのだ。そしてあとは度胸のあるものを集めたっていう感じだ。武器としてはリュウは槍を持ち、サラはナイフを腰にいくつかつけている。3人の男は刀のようなものを持っていて、ミナは矛のような武器を手にしている。日本は基本的に銃の所持が禁止されていたため、誰も怪物達に対抗できる銃が無い。古い農作具や、リュウの手作りの槍くらいだ。

「さぁ行きましょうか。」

サラがみんなに呼びかけると一緒について来ているリュウ以外の3人の男は彼女を目で追いながら返事をした。リュウは目を回すと先頭を行き、木曽の方に向かった。6人は南木曽拠点の中を歩き、周りの人に挨拶をして通った。拠点の住民は気持ちよく返事を返してくれて、少しばかりこの世の状態を忘れられるような、普通の日常生活に戻れたような感じがする。拠点の出入り口には立派な木の門が建っていて、怪物の侵入をできるだけ防いでいる。

「あ、リーダー。木曽にですか?」

門の上に立つ男が1人ミナたちを見下ろして言った。彼も武器という武器はなく、手作りの弓矢と木の槍がいくつか備えてあるだけだった。

「そうです!行って来ます!」

ミナは元気よく返した。

「分かりました。ここはしっかり守っているんで安心して行って来て下さい!」

男はいい、門の上や前に立つ数人の警備人達も頷いた。門がゆっくり開かれると6人は外の世界へ踏み出して行った。

「拠点の外なんて半年ぶりですぜ。」

後ろで男が言った。

「久しぶりだからって気を抜くなよ。」

リュウが振り返らずに言った。彼の言葉はその男だけでなく他の全員の胸にも刺さる。

「まぁまぁ楽しく行った方がいいですよ。」

もう1人の男が言った。

6人は前方にミナ、リュウ、そして3人の1人ショウと後方にサラ、そしてもう2人のアンドルーとマーカスというフォーメーションで進んで行った。拠点から離れるにつれそれぞれの警戒心は強くなり、一歩一歩に注意を払うようになった。木曽川に沿って道路を歩いていくと、この辺り一帯は何もなかったように見える。50と書いてある速度制限の看板も建っていて、道路は綺麗だ。

「これなら車で行った方が良かったんじゃないっすか?」

マークスが後ろからミナに向かって言った。

「そうしたいのは私もなんだけど、ここから木曽までの道路が全部こういうふうに綺麗なままとは限らないの。それで通れないと貴重なガソリンが無駄になっちゃうし…」

ミナが返すとリュウも加わった。

「それに車では音を立てすぎる。食ってくださいと言ってるようなもんだ。」

マークスは言い返すこともなく、川の方を見てリュウから目を逸らした。6人は歩き続け、しばらくするとやや小さい工場のような建物を通り過ぎた。アンドルーは開いたフェンスを見ると入りたくなっていた。

「なぁリーダー、中確認します?」

子供のようにウキウキしながら聞いてきた。

「ここから木曽までの建物は全て探索済みなの。多分なにもないわ。」

ミナがまたわがままを聞き流すとサラが提案をした。

「ここで少し休んでいくのはどうかしら?まだ先は長いし、疲れたら戦えないわ。」

「休みすぎて夜になってそのまま殺される方がごめんだ。」

リュウがサラの提案を断った。

「そう?じゃああなただけ先に行ってちょうだい。みんなここで休むから。」

サラの声は少し強張っている。

「あ?俺はみんな連れてくんだよ。休ませねぇ。リーダーを安全に木曽まで送るんだろうが。」

リュウの声はサラ以上に強い。

「でも休めないとミナちゃんを守れないでしょう?」

「そんなん気合いでなんとかしろ!」

「あ、これってEVじゃないですか!」

ずっと黙っていたショウがいつのまにか少し先に歩いていて1つの車を指差していた。

「サラさん、リュウさん、これでいいんじゃないですか?」

ミナが言う。

「そうですよ。静かだし、ガソリン無くならないし、休みながら移動できますし、時間も大幅に短縮できるじゃないですか。」

ショウがミナの後に付け足した。サラは笑顔で、リュウは不満そうな顔でその提案を飲んだ。6人全員が電気自動車に乗り込み、リュウが運転席、ミナが助手席に座った。リュウは電池が十分にあることを確認するとゆっくりと走り出した。驚くべきことにガソリン車に比べて音はほとんどなく、リュウも満足した表情でアクセルを踏んだ。快適かつ効率的な移動手段を手に入れた6人組は車の中での時間を楽しんだ。

「車乗るなんて久しぶりだなぁ。リーダーは都民だから初めてだったり?」

アンドルーがミナの肩をポンと叩いて尋ねた。

「あ、いえ。乗ったことあります。でも私、車酔いしちゃう方で。前にしてもらってありがとうございます。」

「気にするなって。俺らリーダーのためにいるんだからよ。」

マークスも加わった。

話は盛り上がり、みんなの事件の前の生活などに触れた。

「俺、実は事件の日、赤信号無視して警察に止められそうになってたんだよな。それで車に乗ったままだったから」

マークスが言った。

「随分と悪い子だったのね。」

サラがウィンクしてマークスの言った事に返した。

「いえ、もう改心してますから。そもそももうできないですけどね。」

マークスは顔を赤くした。

「サラちゃん、俺の話も聞いてくれよ。」

とアンドルーも言う。

ミナとショウも混ざり、最初は「運転に集中する。」などと言っていたリュウまでもが会話に参加した。話していると危険に脅かされているはずだった6人組は今の世界が楽しいと感じていた。あの事件により人間同士の団結力や絆というものが強まったのは確かだ。今までなら他人だと言って目も向けず通り過ぎていた人達は今となっては友達、ある意味家族くらい強い絆で結ばれている。そう、拠点に住まう人々はミナやリュウ、サラたちにとって皆家族なのだ。

「ここまでだ。」

リュウがブレーキを踏み、車はゆっくりと停車した。本来道路を跨いで上にあるはずの電子看板が地面に落ちて車での行くてを阻んでいたのだ。仕方なく6人は車を出ると地面に落ちた看板を跨いで反対側に渡った。

「まぁあとそんな遠くないでしょうし、歩けばすぐ着きますよ。」

ショウが励ますように言った。

「おっあれってレストランじゃないっすか?」

マークスが食堂らしき建物を指差した。

みんなは彼の指差した食堂を見ると、その後リュウの顔を見た。

「…ま、まぁ車で移動したから時間短縮できたし、空腹じゃあリーダーどころか自分さえ守れねぇからよ。」

リュウが慌てながら答えるとサラはニヤニヤと笑った。

6人が食堂に入ると中は綺麗だった。きっと木曽の人達が綺麗にしたのだろう。

「んー。」

サラが厨房に入って材料を確認する。ガスバーナーは火が弱いがつく。そしてまだいくつか箱が残っている。

「カレーくらいなら作れそうね。」

サラが言うとみんなは歓声をあげた。サラは治療だけでなく料理の腕も優れているのだ。しばらくするとみんなが座るテーブルにはカレーの鍋とナンが置かれた。

「米じゃないかー。」

アンドルーは言ったがサラの料理によだれを垂らしている。

「ごめんなさいねー。米は時間がかかるの。」

「いえいえそんな。サラさんの料理は最高ですので。」

みんな目を光らすとは待ちきれず、スプーンを手に持った。

「それじゃあいただきましょうか。」

サラの一言でみんなは皿に食いついた。そしてあっという間に完食してしまった。

「よし。休んだし食べたし、もう文句無いなお前ら。」

リュウが言うとみんな彼の後について行き食堂を出た。日は沈み始めていて辺りも暗くなり始めていた。

「少し急ぐぞ。」

6人は早歩きのペースで道を進んだ。倒れた木や看板を避けたり跨いだりして道を歩いた。20分すると木曽拠点の門が見えた。ホッとした6人は門まで近づくと上にいる門番の人に話しかけられた。

「おーい!」

するとわかったようにミナも返した。

「証明ですねー!」

するとミナは他の5人に合図をし、1人ずつ適当なことを言っていった。

「チーズバーガー。」

とマークス。

「こんばんわ!」

とショウ。

「めんどくせぇな。」

とリュウ。

「リュウちゃんは落ち着かないとダメよ?」

とサラ。

そして列の1番後ろにいるアンドルーも言った。

「早く入れてくれよ。暗い中外なんて気味が悪いぜ。」

みんなの声を聞くと見張りは安心した表情に変わった。

「わかった。今門を開ける。」

門番の見張りが下がると少しずつ木の門が開いていった。今のように一人一言なにか言うのにはわけがある。ミナの見た緑色のスライムのような怪物に関係している。あれが飲み込んだ人そっくりに変化することが可能なので何か人間だと証明する必要があるからだ。奴等はトリッカーと呼ばれていて、人間に関して真似できないのは言語だ。飲み込んでもその人物のスキルや知識は付いてこないようで、言語などの難しい音の組み合わせは作ることができない。せいぜいきゃーとかわーとかなのでトリッカーに会うと相手はずっと黙っている。賢くはある怪物だが言語は流石に難しすぎるようだ。なので何かしら一言言うことで自分が人間だと簡単に証明できるからだ。

「アンドルー?」

後ろに気配を感じなくやったサラが振り返ると言った。彼女の目の前にアンドルーはいなく、ただ薄暗い道が続いていた。しかし首を少し下に傾けた途端、そこにあったものにサラは悲鳴をあげた。そこにはアンドルー、いやかつてアンドルーだったものがあった。体は捻じ曲げられていて膝が頭についていた。腰のところで体は上半身の下半身に引き裂かれていて、内臓が地面に散っているどころか骨まで見える。

「サラ!」

リュウはサラの前に出ると辺りを見渡した。槍の先でアンドルーの死体をひっくり返すと彼の死体はひどい状態だった。肋骨は剥き出しになっていて腹の部分はほとんど肉が無かった。目は白目をむいていて顎が外れて舌が出ていた。

「なんてひどい…」

サラは頬を手で押さえると門に向かって走り出した。

「早く開けろ!」

マークスが叫ぶと内側から何人もの男が門を押し上げ始めた。後ろからは唸り声が聞こえてくる。

「ウルフだ…」

ウルフとはあの紫色の狼のような怪物を指す。門が開くと残りの5人はすぐに入った。

「うぁぁ!」

最後に入ったショウはウルフに足を噛みつかれてしまった。

「ショウ!」

門の中にいる人はショウをなんとか引っ張り入れようとしたが、反対はウルフが引っ張っている。

「痛い!痛い!あぁぁあ!」

叫び声を上げながらショウは両側から引っ張られた。するとウルフなりの諦め方か、ショウ全体を引きずり出して殺すのではなく足だけを嚙みちぎって離した。門の向こうでの抵抗がなくなると中で引っ張っていた人たちは勢いあまって倒れこんだ。ショウも引っ張り込まれ、すぐさまに門は閉じられた。

「すぐに見せて!」

サラが地面に倒れているショウに駆け寄ると彼の足の状態を調べた。彼の足はねじりとられたようになっていて皮膚と骨と肉の量があっていない。出血も止まらず、ボタボタと門の前で地面を赤くしていた。

「死にたい。死にたいよう…」

呻くショウの隣には担架がやってきた。

「私が必ず助けるから。」

サラがショウのおでこから髪を払うと彼を担架に乗せた。担架を持ってきた二人の男がショウを持ち上げ運んでいき、サラもついていきその場を離れた。マークスはアンドルーをなくしたショックで棒立ちしている。そしてその全体を見ていたミナとリュウは心配そうに顔を見合わせた。木曽拠点の人に案内され、二人はマークスとともにその場を去った。

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