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06.東方の三精鋭

 単身で(シュライク)級を撃墜してより一時間半のち。

 俺たちは作戦通り翼樢(ヴィスカム)の一団を殲滅し、東方アルギア部隊基地へと帰投していた。


 俺『たち』である。

 現在、最終国家フェリィが擁するアルギアは49機。うち12機がこの基地に所属している。

 今回出撃したのは8機。そのすべてが無事の帰投を果たした。

 もっとも、敵の分散戦力を一人で片付け、主力と合流した後も好きにやらせてもらったとレミアが、戦果の半数近くを稼いでいたが。



 待機形態に移ったアルギアの前面コクピットを開くと、ひょいと操士服の小さな影が覗き込んできた。


「おつ」


 短いながらもさらりとした濃紺の髪。表情筋よりも雄弁に感情を語る、二粒の青い瞳。

 レミアだ。


「動いてるハッチに近付くな。『お疲れ様』くらい略さず言え」

「元気でよかったよ、お兄ちゃん」


 小伝道管(ファイバー)を背筋の端末から外し、シートを立つ。


「お疲れ。……レミアは疲れてないのか?」

「今日は平気。大体ファレンがやってくれたし」

「そうか……いや、ならやっぱり合流はお前がやってくれれば良かっただろ」

「あんまり主導権切り替えるとファレン、気分下がるでしょ」

「下がんないって」


 投げ渡されたリネンタオルで汗を拭いつつ、コクピットを降りる。


 待機形態のアルギアが並ぶ格納倉庫では、帰投した操士(ドライバー)がどうにかコクピットから這い出し、思い思いに休息している。

 操士は皆、20歳を超えない奴ばかりである。

 そんな奴らが操士服のままぐったりと椅子に座り込んだり、息を切らして冷たい床に寝転んだりしている有り様は、見ようによっては中等学校の戦闘教練の後のようでもある。


 アルギアを通常形態で動かした操士は体力も魔力も消耗して、休息しなければ歩くこともままならない場合がほとんどだ。

(食事の前に休眠に入ったりしなければいいんだが……)

 隊長の意向で、今日は特に戦歴の浅い操士が多かったものだから、なおさら疲弊ぶりが際立っていた。祈り名(プライネイム)――俺のアルギアのニクスネメシス(因果審判)のように、戦果を挙げた操士のアルギアへ与えられる、二つ目の名――を持っているやつの方が少ない。

 あまり面倒見の良くない俺も、少しばかり心配になる。


 とはいえ、俺だってコクピットでしばらく休んでいなければ情けないところをレミアや皆に見せていただろう。

 それが普通なのだ。アルギアを動かすには体力も魔力も使う。

 一作戦終えて平気な顔をできるのは、英雄であるマックス・ゼフでもなければ、体力バカか魔力バカのどちらかだ。



「お疲れ~え、ファレン!」

「……来たな体力バカ」

「おっ、今日は悪態つく元気があるな」


 がっちりした腕が俺の背を叩いた。振り返るまでもなく、そいつの力強い笑い顔が想像できる。

 エリオット。東方アルギア部隊隊長で、俺と同じファストドライバー(決戦操士)だ。


「もっと割り振りを増やしても良かったか? 我らがエース殿!」

「それだとファレン、へばってたと思う。今回の量でぎりぎり」

「おっ、さすがレミアはよく見てるな」

「ギリギリだって分かってるならなおさら、合流はお前が受け持てばよかっただろ」

「それしたら絶対気分下がる。ファレンの能力を活かせない」

「下がんないって……!」



「まあまあ!」


 また言い合いになりかけた俺とレミアの間に、エリオットが割って入る。


「今日ファレンに面倒押し付けたのはオレだったしな! 損してくれてありがとうよ」

「……別に構いやしない。俺も納得ずくだ」


 そう答えると、エリオットは満面の笑みを見せてくる。

 話題を逸らされたと分かっていても、その濁りのない目を向けられると、どうにも食って掛かる気にはなれない。


「おかげで目的は達成したよ。リサの良い所、バッチリみんなに見せられた」

「お前がそう思ってるならいい」



 エリオットの視線につられて、俺とレミアもそちらを見た。


 アルギアは浅彎(せんわん)加工された昀鏻鉱(シャルティタン)装甲に覆われている。

 起動していない限り、それは柔らかみがある銀色の彫像のようだ。


 だが俺達の視線の先のアルギアには、生来のたおやかさを切り裂くような、鋭い黒色のアートが入っていた。

 祈り名、グラムゲイズ(睨速剣)


 その前に立っているのが、ファストドライバーであるリサ。

 最終国家フェリィの中でも珍しい、混じり気のない黒色の髪を長く伸ばした、線の細い女。

 数少ない女子のファストドライバーで、大人しそうな外見に反した超攻撃的な操縦ぶりに普段から耳目を集めやすいが、今日はいつも以上にたくさんの人に出迎えられている。



「花束なんて誰が用意したんだ? その辺で摘んだとかじゃないよな」

「ま、オレたちが戦い始めた頃に比べれば、物資にはだいぶ余裕できてるからなあ」

「別に、きれいなお花なら随分前から定期的に購買所に出てる。あれも今日買ったばっかり。二人が知らないだけ」

「いやオレは知ってるよ! 戦闘バカのファレンはともかく」

「体力バカはなんで知ってるんだ。体力が有り余って購買所のお手伝いでもしてたのか?」



「レミアちゃんとバカ二人で賑やかですねえ」

 花束を手にして俺たちの元に来たリサは、いつもどおり柔和な笑みを浮かべていた。

「『魔力バカ』を混ぜてもいいですよね? 今日が最後なんですし」


 彼女の言葉通り、リサとそのスロウドライバー(進戦操士)のサムエルは、今日が東方部隊での最後の出撃だった。

 中央部隊への転属命令が下ったのだ。もう明日にはこの基地を発つことになっている。


「ファンはいいのか?」

 エリオットは、リサのアルギアの周りから散っていく操士や基地人員に目を向けていた。答えるリサはやっぱりいつも通りだ。

「別にいいんです。今夜の食事と、明日の出発前で、話す機会は全然ありますから」



「サムエルは?」

 散っていく人たちをじっと見ていたレミアが、おもむろに言った。

「いない。さっきまでいたのに、いつの間にか」


「いつの間にか消えたり現れたりするのはサムエルのいつも通りですけど、何かご用ありました?」

 リサが問うと、レミアは少し拗ねたような顔になる。

「振り返り会。最後くらい来てもらわないと困るから」

「スロウドライバー会か。確かにサムエル全然来ないってティルチェも愚痴ってたな」


 ティルチェはエリオットのスロウドライバーだ。彼女の主催する振り返り会はスロウドライバー同士の大切な情報交換の場……で、あるらしい。

 俺もレミアから話をたまに聞くだけで、大したことは知らなかった。


 あら、とリサが頬に手を置く。

「普段は私も見逃してあげますけど、最後まで欠席は確かにいただけませんね。まだ遠くには行ってないでしょうし……」

 リサはもう片方の手のひらを上にして、胸の前に出す。何か短く詠唱すると、その手のひらからふわりと光の球が現れた。そいつは歩くような速度で緩やかに動き始める。

「サムエルを感知追跡させます。これが行く先に彼はいるはずです」


「……リサ、そんなことできたの?」

 目を丸くするレミアに、リサはくすりと笑った。

「大した力じゃありませんよ。イヌの精霊の鼻先のみ召喚しただけですから」

「イヌの鼻って光ってるんだ……ありがとう」

「ほんとのイヌの鼻は光りませんよ。……いえ、つやつやとはしてますけど……」



 光球を追ってとことこ歩き始めたレミアの背を見送る。

「アルギアで散々暴れた後に精霊召喚魔法をあんなに気楽に……」

「魔力バカの面目躍如だな」

 エリオットとそんなことを言い合っていると、背後から肩に手を置かれた。笑顔はにこやかなのに、どうしてか刃を突きつけられたような迫力があった。


「じゃ、私たちも振り返り会、しましょうか? 三精鋭(バカ)同士、最後にね」

「振り返り会?」


 身に覚えがない俺に対し、エリオットはすぐに何か得心した。


「そうか、購買に入荷があったってことは……」

「来てるはずですよ。今月のスコアシート」


 ああ、と俺もすぐに納得する。

 それは、俺たち三人が精鋭などと呼ばれる、明確な根拠の一つでもあった。

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