05.赤撃
機動戦の敗因は二つ。
敵を見失うか、動きを止めるか。
その瞬間、一方的かつ防御不能の攻撃を受け、負ける。
逆に言えば、勝利するために必要なことは明白だ。
動き続け、敵を認識し続ける。
そして敵がこちらを見失うか、動きを止めた瞬間に渾身の一撃を撃ち込めば良い。
奴らの知覚方法は、魔力による反射定位。簡単に言うと、体表から魔力を発することで外部の状況を把握している。
たとえば翼樢の眼窩は見た目通りの樹洞だ。鳥類の外見を真似たもので、そこに動物のような視覚機能はない。
だが、飾りでもない。
魔力の反響を増幅するその空洞構造が、奴らの主要な感覚野であることは確かだ。
だから挨拶代わり、通りすがりに頭を狙って炎を撒いて、まずそこを眩ませる。
(イレギュラーあったら、)
(すぐ伝えるよ)
(頼む)
短くレミアと思考を交わし、俺は翅の出力を調整しながら、速度を殺さず旋回。
あちらも俺へ眼を向ける。だがその武器、剣のように鋭い嘴は、まだこちらには向き切っていない。
翼樢の動作もやはり基本的には魔力によるもので、羽ばたくような動作も動物の模倣に過ぎない――だが眼窩と同じく、まったくの飾りでもない。
人体の歩行を司るのは足だが、同時に腕を振れば、より効率よく前進できる。
それと同じだ。たとえ魔力による動作が主であっても、羽ばたきを始めとした予備動作に注視すれば、奴がどのように動こうとしているかは予測できる。
(時計回り、右の翼から牽制来る!)
潜り込むような軌道で敵へ接近する。直前まで俺がいた空間を、鋭く硬質な光が貫いた。
鵙級特有の攻撃だ。硬化した翼の一部を、投げ矢のように飛ばしてくる。予備動作も少ない、嫌な射撃攻撃。
だが。
「見切れてればな!」
左腕の針を振るう。翼の硬質部に弾かれる。
だがその翼も弾かれて、奴は胴を守ることができない。そこは硬質化されていない、鵙級の弱点の一つだ。
(まず一発)
逆腕の針を立て続けに突き出す。敵は羽ばたきながら退いたが、それを読んでの突きだ。針は胴部を掠め、直線の傷をつける。
(浅いが!)
次の瞬間、傷から碧色の炎が噴き上がる。
鴉級ならばそれだけで殺せるこの炎を生み出すのは、熱し印という魔術の一種。
針が着けた傷は呪いの刻印となり、それが残っている効果時間中は、煌星級の熱量を生み出し続ける。
これだけの熱量であれば、翼樢の強力な再生能力を凌駕できる。だから鴉級は軽く触れるだけで殺せるし、大型の相手であっても、かすり傷からダメージを蓄積させられる。
極端な話をすれば、アルギアの腕で引っ掻き続けていれば、目の前のこいつだっていずれは落とすことができる。
おそらく百は行かない程度の攻撃回数で。
(だが、そんなまどろっこしい手はナシだ)
時間がかかりすぎる。不都合だ。
俺ならば、もっと冴えた手がある。
そこから十度近い交錯、接近戦があった。
敵の身体には大小の熱し印が刻まれ、至るところから碧の炎が上がっている。
一方で最初に与えた傷は既に塞がっている。翼樢の再生能力の前では、アルギアの炎すら絶対ではない。
ただし、俺の方も無傷では済んでいない。
予備装甲は四分の一ほどが落ちた。その下の昀鏻鉱装甲にも掠めたかもしれない。
鉄製の予備装甲とは異なり、昀鏻鉱装甲は現代技術では修復不能だ。わずかな傷も、今後全ての戦闘に対する負債となる。
頃合いだろう。
(仕掛ける)
(がんばれ)
レミアの声――本当は思考なのだが、ほぼ声だ。ともかくそれを受け、俺は直線に加速する。
今までは浅くとも傷を与えつつ、こちらは反撃を受けないよう立ち回っていた。
今度は違う。反撃を受けないようにすることを、考えない。
ここで必ず仕留めるからだ。
傷ついた鵙級がこちらを見た。
こちらの攻撃を弾いた後に反撃するべく、片翼で胴を守り、片翼を振り上げ構えている。
鳥の姿を持ちながら、到底鳥の取るものではない動き。
「見飽きたぜ」
奴は、目の前のアルギアが先程までより速度を上げて、回避を考えない動きをしていることに気付いているだろうか?
いいや、気付かない。翼樢にそれほどの知性はなく、コミュニケーション能力も低いことが確認されいる。
だから決められる。もはや十八番の必殺機動。
左の針で、守りを固めた翼を払う。
同時に、右半身を潜り込ませる。このままでは、相手の翼による反撃をまともに受けるが。
(俺の方が……速い!)
右の針が、奴の胴に入った熱し印をまっすぐに貫く。
直後、キィ という甲高い音と共に、印から噴き出していた碧い炎が内側へと逆流し――
「じゃあな……!」
ドオオ――――ォォ――ン!!
爆裂。
赤い炎が翼樢の内側から八方へ爆ぜ、その堅強なる身体を爆散させる。
こちらを攻撃するべく振り上げられていた翼も折れ飛ぶ。爆風に乗るようにして、俺も距離を取った。
赤撃と呼ばれている。
熱し印に針を突き刺すことで、針から放出する魔力と、熱し印に残存する魔力を圧縮し、内部から一息に爆発させる技。
大型の敵を相手にするなら、こいつを安定して決められることが重要だ。
「フゥー……」
ひと仕事終えた充足感に力を抜き、俺はシートに背を預けた。
「レミア、敵残りどれくらいだ?」
「殲滅型が3。偵察型はそこそこ。漏れなく捕捉してるよ」
「っし、じゃあさっさと片付けて……」
「うん」
翅を広げ、探知できた残敵の元へ。すれ違いざまに、向かってきた鴉級を掻き燃やしてやりながら。
「本隊に合流して、もうひと仕事しなきゃね」