41.再会
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払い下げ審査の合格通知は翌週には届いたが、実際にアルギアを受領するまでは数週間の時を要した。
が、もちろんその間何もしない訳ではない。アルギアスロンの開催に向け、フェリィ首都で顔と通しておかなければいけない相手はいくらでもいた。
「……商人ギルドに所属して首都に定住してる相手全員。主要都市を拠点としてる重要商人が首都に来た時は、やっぱりそれも全員」
羊皮紙に書かれた面会相手を、レミアが読み上げる。
「魔術師ギルドの技術系主要メンバーに……交通ギルド?」
「俺らが見に行った馬使ったレース系の競技は大体そこが仕切ってるんだよ。で、ノウハウ聞きにな」
「ふうん……で、エンインセル競技場の管理関係者にも、大体全員」
「それからアルギア管理会と打ち合わせやら交渉やらしつつ、いくつかの貴族のパーティにも出て」
「いいな、パーティ。私も行ってみたい」
「大体深夜まで続くやつだぞ」
「……いいな、パーティ」
ともあれ、そんな具合でアルギアの受領の段取りが決まるまでの間も、グレゴールは嵐のように働いていた。
俺は午前中はグレゴールに従い、昼を過ぎたらあれこれと発生する雑用。レミアは早く起きて朝食と準備をした後は、グレゴールに依頼された書類の整理や複製、さらにはどこで覚えたのか、帳簿をつけたりしていた。
なんだかんだ、俺以外にレミアという手ができたことでグレゴールは随分助かったらしく、レミアもグレゴールの指示にはよく従っていた。
(……まあ、大丈夫だとは思っていたが、いつの間にかそこそこ仲良くなっていたな)
そんな日々の終わりは、ほどなく訪れる。
「アルギア受領の目処が立った」
ある朝、グレゴールはいつもに増して嬉しそうに笑っていた。
「さっそくだけど、東に発つ。準備は良いかい?」
「……もしかして、今日?」
いつのまにか朝食を作る係になっていたレミアが、食器を並べながら問う。
「今日。事情があればしょうがないけど、できるだけ早くが良い」
「レミア、何かあったか?」
「何もないけど……いきなりだと思って」
「実を言うと、アルギアスロン開催の話自体は結構進んでるんだよ」
レミアが注いだコーヒーを一口で飲み切る。その後の2杯目はゆっくり、というのが、グレゴールの朝食の定番だ。
「思った通り、アルギアに関してはみんな興味津々なんだ。でも生活圏から離れた所でずっと戦っていたから、実際に見たことはない」
「それがどういう風に動くかを見るっていう需要は強い、ってことか」
「で、それに向けた動きも進んでるんだけど……その一方で、どうしても不安がある。本当にアルギアを使った競技なんてやれるのか? って」
「まあ、そこは正直俺たちも思ってる所なんだが……」
ゆで卵を齧りながらグレゴールの熱弁を聞く。
「で、そういう不安を払拭するには、結局実物を見せるのが一番なんだ」
「それで、一日でも早くアルギアを受け取りたい?」
「そういうこと。受領が済んだら、ルールの策定をしながら各都市をデモンストレーションで回ることになる」
グレゴールは火を通したベーコンにかぶりつき、飲み込んで、油で光るフォークを俺たちに向ける。
「もちろん、実際にアルギアを動かすのは君たちだ。本番はそこからだよ」
* *
そんな話をして、1週間後。
「……戻ってきたな」
「うん」
馬車と川船を乗り継いで、俺たちは受領するアルギアが保管されている、アルギア管理局東方支部へとやってきた。
そこはかつて、東方アルギア部隊基地と呼ばれた所でもある。
俺が、レミアが、他の多くのラーヴェが、家のように過ごしてきた場所。
「懐かしいかい?」
そんなことを訊くグレゴールに、俺は頷く。
「2年ぶりでも、見た目はほとんど変わってない。さすがに中身は色々片付いてるんだろうが……」
「今でもアルギア管理局の人たちはいるからね。研究員も」
「……私たちが使ってた部屋、もう別の誰かが使ってるのかな?」
「変なこと気にするな。まあ、使われてるだろ」
「別に変なことじゃないし……」
妙なことを気にして、むくれるレミア。相変わらず、こいつがいつ何を気にかけるか、俺には分かりづらい。
「構わないよ、好きに見て回っても。アルギアを受領するまでまた手続きがあるし」
「そう? ……じゃあ、裏の方を見た後で」
俺達は最終手続きに向かったグレゴールと一旦別れ、基地の裏手に向かった。
日当たりもまばらで、風の通りもあまりない、静かで、湿った場所。
そこにはいくつもの石が並んでいる。
戦死者の名が刻まれた、小さな墓石。
「色々落ち着いたら、一度来たいとは思ってたんだよね」
「俺もだ。まさかレミアと来ることになるとは思わなかったけどな」
「私だって、ファレンと来れるなんて」
墓地はあまり手入れがされていないようで、苔が生え、枯れ葉が積もっている。
だがそれでも、一番新しい墓石はすぐに見つけられた。
エリオット。親友の名が刻まれた、墓。
「墓参りの作法って、お前的にはどうなんだ?」
「どうって、お花とか供えて……ファレンは?」
「俺の昔の記憶だと、酒とかかけたり、目の前でメシ食ったりしててな……」
「しないよ、そんなこと普通」
「ちなみに酒は用意してきたんだが」
「……私、普通しないって言ってるんだけど……」
レミアがさっさと辺りを掃除する横で、俺はウィスキーの入った金属ボトルを開ける。
「ラーヴェってお酒、どうなんだっけ?」
「俺の場合は少なめなら大丈夫だった。エリオットは体力バカだったし、多少量が多くても平気だろ」
「じゃなくって、法律上の話。一応、人間の成人年齢は16歳で、飲酒可能な年齢もそこだったはずだけど」
「俺らの身体年齢はもうそこ越えてるだろ。順当に計算して、もう20は行ってるんじゃないか?」
「……生まれてからの年は?」
「1000と数年ってことで手を打つのはどうだよ」
結局俺たちのような存在を、法は想定できちゃいないのだ。
エリオットの墓石にどぶどぶウィスキーを振りかけ、それから俺も一口飲む。
(……生きてお前と酒を飲み交わしたかったよ)
アルコールの味については、正直苦いとしか感じられない。
だがそれでも、酒を一緒に飲むということを、エリオットとはしてみたかった。
(できればサムエルと……ティルチェも混ぜていいか。リサとレミアはちと子どもっぽいからな……)
「ノスタルジーしてる所悪いんだけど……」
声の方を見ると、レミアはじっとりと責めるような目で俺を見ている。
「なんだよ」
「私、そのお酒臭い墓石に、お花供えなきゃいけないの?」
「あー……洗うか?」
そう提案しても、レミアは溜息を吐くだけだ。
「いいよ。今日は男子で好きにすれば。ここには何日かいるんだし」
「悪い。……そうだ。これ飲むか? レミア」
「ありえない」
「いらないを通り越してありえないかよ」
「だって、ありえないし」
俺は残ったウィスキーを呷り飲む。
苦い。飲み込んだ喉は熱く、湿った床板のような匂いが立ち上ってくる。
(……やっぱりこんなの、一人で飲めたもんじゃないよなあ)
* *
それからレミアに付き合って宿舎を見て回っていると、格納庫の方で大きな音がした。
ガキン、ガキン、と、巨大な留め金を外すような音。鎖のざらざらと流れる音。
「これは……」
次いで、ゴトゴトと重い車輪が地面を削って転がる音。
よく知った音。出撃するアルギアを、格納庫から搬出する作業の音だ。
「……アルギアだね」
「ああ」
俺たちは外へ出る。
まっさらな舗装に、いくつもの射出レーンが線を引いている。基地の中心、滑走カタパルト。
そこに向けて移動する、一台のカーゴがあった。
警告灯を兼ねた魔力の駆動光を車輪から発しているそれには、見上げるほどに巨大な存在が、防汚カバーに覆われ鎮座している。
「アルギア……」
知れず、そう漏らす俺の目の前で、防汚カバーを留める紐が外されていく。
「……そういえば、アルギアってどのアルギアなんだろう」
その様を眺めながら、レミアがふとそんなことを口にした。
「どれだろうな。……祈り名が付いてるとか付いてないとか、勘定に入ってるのか?」
「アルギアに書くわけじゃないもんね」
アルギアの固有名称として扱われがちな祈り名だが、実際の所あれは制度上はっきりと決まったものではなかったはずだ。
ただ一定の戦果を挙げた操士に対する特権、称号的なものである。アルギアに乗って戦うことに慣れてきた操士が、生き延びた先を見据えた時に視界に入ってくる、最初の野心。
「ニクスネメシス、だったよね。二人が乗っていたのは」
俺たちの後ろにグレゴールが立ち、一緒にアルギアのカバーが外されていくのを見上げる。
「残念ながら、そのアルギアは払い下げ対象じゃなかった。慣れてるのが良いと思ったから、それなりに粘ったんだけど」
「まあ、ちゃんとコクピットがあって小伝導管が繋げれば問題はないだろ」
「そう言ってくれるなら良かった。実を言うと、完全に僕の趣味で選んでしまったものだから」
「……グレゴールの趣味?」
カバーが落ち、その姿が露わになる。
「えっ……」
レミアが声を漏らした。俺も少し遅れて、思わず目を見開いた。
実のところ、アルギアには微妙な個体差があるものの、そんなものは普通気にならない。
リサとサムエルのアルギア・グラムゲイズのように、特別なペイントを施したりしない限り、そうそう見分けはつかないものだ。
だが。
「こいつは」
俺とレミアは、一目でそいつを見分けることができた。
2年前に終わったあの日々に、飽きるほど肩を並べて戦ってきたからだ。
そのアルギアの祈り名も、当然思い出せる。
「ジュビラーテ。アルギア・ジュビラーテ」
グレゴールは力強く、その名を、かつてエリオットとティルチェが乗っていたアルギアの祈りの名を宣告した。
「これが今日から、君たちのアルギアになる」