31.ファレン、どうして
全身が冷たく痺れている。
それがアルギアのものか、俺のものであるかは分からない。どちらにしても、状態に違いはない。
アルギア・ニクスネメシス。俺とレミアがずっと乗り続けてきたこいつは、かつてないダメージを受けていた。
全体的に動きがガクつき、特に左腕がひどい。動きだけでなく、力の入りも悪いように思える。
遠い過去、訓練のために実戦には出せないほどボロボロになったアルギアに乗せられたことがあった。それほどではないが、それ以来の不自由さ。
だが、決して窮屈ではない。
自分の行いに対する結果としての不自由さなら、それも悪くはなかった。
蒼鷹級が上空から俺を睨めている。鉤爪の追撃で落とせなかったのを悔やんでいるか?
(……赤撃のために針で奴を刺せば、氷で凍結させられる。普段は退避で凌げている爆風をもろに受ける)
(分かっていれば備えはできるけど……どうしたってその余波を無効化することはできない)
(そうして態勢をを崩してる所を、さっきみたいに狙われると厳しい。つまり)
(一撃で反撃を受ける余地なく仕留める?)
(……のが普通なんだが)
態勢をどうにか整え、レミアと思考を交わしながら、俺の口角はどうにも上がってしまう。
(違うな。今までにつけた印を、一旦全部赤撃で爆破する作戦で行く。一撃必殺は考えない)
(なんで?)
(『俺たちが反撃を恐れて一撃を狙う』ことを、アイツが想定しないとは思えない)
(あいつって)
首筋辺りに僅かに疑念の気配。
(翼樢がそこまで考えてるとは……)
(考えてないと思うか?)
(……って、ファレンは考えてるんだね)
含みのある意見だった。俺は疑念を向けるが
(いいよ。任せる)
レミアはそう返してくる。
(私はなんとか……ましに動けるようにしてみるから)
(頼んだ)
蒼鷹級の周囲を旋回してふたたび速度を稼ぎ、レミアの調整で左腕以外の動きが多少マシになった所で、俺は再び仕掛けた。
こちらの機動力も落ちているが、それ以上に赫炎撃の直撃を受けたあいつも、動きが目に見えて悪い。
一度傷をつけた地点を狙って針を突き刺し、赤撃を発動させて回る。敵もさっきと同じように、針を凍らせてこちらの動きを止めようとするが、赤撃の爆風であれば間近で受けてもそもそも大したダメージにはならず、制御を失して蒼鷹級の攻撃を回避できないということにもならない。
アルギアに対しては、だが。
「……くく……」
爆発のたび、俺の座るコクピットには熱風が吹き込んでいた。
先の一撃で受けたハッチの隙間は爆風を受けるたびに広がって、今ではただ翔んでいる間もガタつく有り様である。
炎混じりの風が俺を焼き、煤混じりの煙が俺を汚していた。
(翼樢とアルギア、互いに突き合って焼け落ちる……か)
熱い。熱く、苦しい。
(……ファレン、やっぱり……!)
そんな俺の感覚を思考リンクで受け取ったのか、怒り混じりのレミアの思考が届く。
(異常なしなんてウソじゃん……! どうして!?)
(それ言ったらお前、強引にでも撤退しただろうが)
(そんなの……コクピットの破損が一番の撤退条件だなんて知ってるでしょ……!)
(それでお前に感覚系の調整を後回しにされるのが一番困るから、黙ってた)
思うような速度ではないが、それでも蒼鷹級を凌げないわけではない。
背の翼から噴き出す炎が、空に線を引く。次から次へ、赤撃の爆炎を継ぎ目とし、最後の翼樢を引き囲む。
(……今すぐ下がろう。ファレン)
レミアの言葉は、案の定という所だった。
(あっちも速度は落ちてる。撤退は難しくない)
(撤退して、どうするんだ?)
(基地に戻って、治療して……!)
(…………治療して?)
翼が巻き起こした気流に、魔法の氷が混ざりこんでくる。傷ついたアルギアに命中すれば破損を広げられるし、俺、いや、俺に当たればさすがに戦闘に支障がでる。
煩わしいが、大きく動いて気流そのものを回避するしかない。
(治療して……え……?)
(エリオットの仇を討てなかったっていう成果だけを持ち帰って、生き延びて、その先に何がある?)
(な、何って)
蒼鷹級の翼が振るわれる軌道を、猶予を持って回避する。隙あらば新たな熱し印も刻みつける。
度重なる赤撃の爆炎と熱し印の炎で、敵の損傷は広がり続ける。氷の左翼を庇う右翼は焦げ跡だらけだ。
(ファレン)
レミアの声は震えていた。
(余計なことをしてエリオットを死なせた俺が、アイツの仇も討てず無事で帰ってきたとして……俺は、治療を受けながらどんな顔をすれば良いんだよ?)
(やめてよ……!)
ついに右翼の動きが鈍り、針の掻き傷が左翼にまで及んだ。放たれる熱に氷の構造は当然耐えられず、繋がれた枝葉が見る間に落ちていく。
蒼鷹級の上げる悲鳴のような啼き声が、びりびりと俺の耳に伝わってきた。アルギアセンサも、ハッチの昀鏻鉱装甲も介さないその声を聞くのは、初めてだった。
意外と生き物らしいな、と感じた。
(そんなこと……そんなことずっと考えてたの?)
(考えてたが、考えないようにしてた。お前に思考リンクでバレたら終わりだからな)
(……最初、から……帰ること、考えてなかったの?)
(瀕死のザコ相手に死にたいなんて思っちゃいねえよ。でも、見ろよ)
俺の飛行を、蒼鷹級の眼が追っている。相対距離と角度を互いに測りながら、渓谷の空を並走する。
アルギアと翼樢。
釣り合った天秤の上で、同じ高さから命を狙い合うもの同士。
(いいだろ……こいつ相手なら。これだけの相手なら、俺の何を払ったって殺す価値がある)
(そんなにっ、そんなにエリオットの仇を討つことに意味があるの……!?)
(逆に、それ以上の意味なんてあると思うか? アルギアに乗れない俺に、どんな意味がある?)
(意味なんて!)
(アルギアに乗れば最強、なんて言われてた俺が、サムエルの話からどんだけ醜態を晒したか、お前が一番見てただろ?)
笑う。
俺の顔は一つだ。だからこの笑いが、最後の敵に対する高揚によるものか、どうしようもない自嘲によるものか、俺は自分で判断できない。
(自分では何も分からない。ちゃんと調べてきたお前の神経を逆撫でして、結局ティルチェもエリオットも巻き込んで、やっと手に入れた結果は何だった?)
(ファレン……!)
(何もできやしないんだ、レミア。俺が一番分かってる。……あの時、覚えてればお前が許してくれるって言ってたアレも、もう俺、覚えてねえし)
「バンレイシだよ……!!」
思考ではなく声が届いた。
切り詰められた効率言語ではなく、もっと反射的でプリミティブな、感情の言葉。
「バンレイシ! バンレイシバンレイシバンレイシ!! こんなっ、こんな、ただの匂いの名前、どうでもいいけど、今教えたから……もう一度覚えて! ……絶対に忘れないで!!」
「レミア、だから」
「忘れたらまた言って! すぐ言って! 何度だって、何度だって教えてあげる! 思い出させてあげるから!」
「……レミア」
「わたしとファレン、それでいいでしょ……今までだって、これからもだって……!」
振り下ろされた鉤爪に、コクピットを塞ぐハッチが弾ける。
もう半分ほど開きっぱなしのそこから、外気は絶え間なく俺の身体に吹き付ける。
気にならなかった。アルギアが動き続ける限り、俺の戦闘に何の支障もない。
高速で上昇し、無防備を晒す胴体を目指す。ぼろぼろになった蒼鷹級の翼では、防御が間に合わない。
「……熱し印二重、赫炎撃で決める」
「ファレン!!」
「死のうってんじゃない。勝つんだ。勝って、戦果を持ち帰るために命を賭けたいんだよ、レミア」
「……ひどい」
「エリオットの仇を討つ。手伝ってくれ」
「ひどすぎるよ、ファレン」
「悪いな」
奴の胸に、両手の針で交差するように傷を刻む。
熱し印から炎が噴き出る。蒼鷹級は上昇しながら、鉤爪の蹴り上げ、魔法で生成した氷塊――今まででもっとも大きなものだ――で挟撃。同時に身をよじって、追撃を凌ごうとする。
だから俺は、相手の動きに合わせつつ上昇し、右の針でもう一刺ししてやればいい。
すべて予想通りだ。
手に取るように分かる。
アルギアであれば、俺はこんなに。
アルギアの視覚センサで、ハッチの隙間から、碧い炎の交差する一点を見定める。
(終わりだ)
少し浅い角度で、十分に距離を詰め、その一点を突き刺す。
カチリ、と。
滑るような違和感。
(……こいつ!!)
(ズラされた……!)
阻まれた。
ごく小さな氷の破片。燃え上がる炎ですぐさま溶けてしまう程度のそれで、わずかに軌道を逸らされ、交差点の横を刺すように誘導させられた。
(この土壇場で……ッ!?)
さらに、蒼鷹級が急減速する。突き刺さった針はその勢いで抜けるが、振り回されるような衝撃がコクピットに来た。
ブツブツと背に差した小伝導管が切れる。
「やれ! レミア!!」
明滅する意識の中、どうにかそれだけを叫んだ俺は、そのままコクピットの中をめちゃくちゃに跳ね回る。
壁に天井に身体を衝突させ、バタン、という音と共に不意に浮遊感が来て、咄嗟にコクピット内の計器を掴んだ。
空が見える。
森が見える。
ズタズタに砕け、身体のあちこちから碧い炎を流血させる翼樢が見える。
ハッチは完全に脱落し、俺はその光景を、自分の目で直接に見ていた。
アルギアは機動を続けている。
レミアの操作だ。短時間ならなんとかなるはず。信じられないくらいぎこちない動きだが、別にそれでも構わない。
(さっきの減速は、多分意図したものじゃない……もしそうなら、今反撃に転じているはずだ)
翼樢は魔力駆動の魔物である。小技のような魔法を使えば、それだけ魔力を消耗する。
(日中の交戦、身体修復、ここまでの戦闘、恐らくアドリブでの赤撃対策……蒼鷹級といえど力が尽きかけている!)
狂ったように空気が吹き込み、かと思えば逆風が吹きすさぶコクピットの中で俺はどうすべきかを考えていた。
シートに座り直し小伝導管を繋ぎ直す? 計器にしがみつくだけで必死な今の自分に、そんな余裕があるとは思えない。
レミアに全てを託してじっとしているか? それも手かもしれない。
だが。
(……あの眼)
旋転するハッチからの光景の中、蒼鷹級の眼が見えた。
力も速度も失しながら、なお逃さず俺たちを捉えている。
(止めるべきだ)
直感した。
そして一つだけ、俺にはそのための力があった。
手元へ意識を集める。
残存する魔力をそこに集中する。
もう長らく使っていなかった一連の動作。遠いあの日に磨き上げたそれは、今になっても忘れられない。
「『炎熱よ』」
魔法詠唱。第一に、己の力を託す属性を示す。
「『渦巻き巡る』」
追加文節。形状指定。
「『八角熾球』」
追加文節。儀式指定。
「『裡より喰らい』」
追加文節。動作指定。
「――『爆ぜろ』!」
結唱。
人の頭ほどの大きさの火球。
球の中で渦を巻きながら、さらにその威力を高める魔法陣を描いている。1000年前の美しい魔力理論芸術。
それが俺のコクピットを焦がしながら、翼樢の眼へと飛ぶ。
爆発。
軽く首を振るだけで、その炎は消える。
何の意味もない。
「……ま、分かってたけどよ」
直後、アルギアの右針がぎこちない動きで2本の熱し印の交差点を突き刺した。
赫炎撃、成立。
キイィィ――――ィ――
丸開きのハッチから、魔力の圧縮される音を聞く。そしてそこから爆ぜる炎を見る。
もはや突き刺した針が凍結させられることもなかったらしい。アルギアは一目散に離脱へ入る。
だがこの速度では、到底離脱は間に合わない。それでもアルギアは無事だろうが。
(ああ、くそ)
例えばハッチの吹き飛んだ前面コクピットの中にいる、貧弱なラーヴェなどは――
(――怖ぇな)
熱風が金属に囲われた空間を満たす最中。
熱と痛みに晒された俺の思考がレミアに伝わらなかったことだけは、良かったと思えた。
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