16.バンレイシが香る
「お前さっきまで自分がしてた話分かってんのか?」
エリオットは顔を出して早々、俺に説教を始めた。
「この星見席をレミアが特別に思ってたから、不用意な話題で呼び出したお前に、レミアは怒った! お前は反省した! そういう話だよな?」
「バンレイシ。……忘れないように今度から『はい』の代わりにこれ言おうかな」
「『はい』なんだな? 同意したな? で、お前は反省したはずなのに、そこに、レミアがいる星見席に呼ぶのか? 俺を!?」
「でも、バンレイシって覚えてれば謝らなくて良いって、レミア、言ったし」
「うおお…………!!」
頭を抱えて悶え出すエリオット。
こいつがこんな苦しみ方をするのを見たのは始めてだった。
「ファレンっお前……お前この……ここまで戦闘以外気の回らない奴だったとは……! どこからこの話を始めれば良い……!?」
「一応、今日話をしたいのは俺の方なんだが……」
「待って?」
俺の言葉に、今度はレミアが反応する。
「もしかして話すの? サムエルの話」
「ああ」
「……話すな、って言われてたよね?」
「だな。エリオットには話すなって」
目を丸くするレミア。まあ、この反応は想定の範囲内だ。苦悶するエリオットを横に置き、俺はそうするに至った過程を説明し始める。
「確かにサムエルはエリオットに話すなとは言ってた」
「うん」
「でも、俺とレミアの二人じゃ手詰まりだろ?」
「まあ、うん」
「ならエリオットに相談するしかないだろ」
「…………」
「?」
ぜんぜん分からない、とでも言わんばかりに首を傾げるレミア。
「なあ待て待て……」
すると、横に置いておいたエリオットがじっとりした目で俺を見上げた。
「サムエルの話? オレには話すなって何だ? そんな話だったのか?」
「スコアシートは持ってきたよな」
「ああ。で、それでちょっと込み入った話をするっていう……」
「そうだ。確かに、サムエルはエリオットには話すなと言った。けどな?」
説明するべく、レミアに向き直る。
「あいつが警戒してたのは、結局基地員の大人にその話を知られることだ」
「うん」
「エリオットに話すなつったのは、そこからティルチェに漏れてティルチェがチクるからだろ」
「うーん、まあ……」
「だからティルチェさえいなければ問題ない! そうだろ?」
「いやあたしもいるけど」
「うおおお!?」
エリオットが来た方から普通に顔を出しているティルチェ。
俺はみっともなく声をあげてしまった。
「ティルチェ!? なんでいるんだよ!」
「エリオットに呼ばれたから」
「エリオット! どういうことだ!?」
「いやお前ティルチェ呼ぶなって言ってはいなかっただろ!?」
「俺はエリオットしか呼んでないぞ……!」
「なんか複雑な話するならティルチェがいた方が良いと思ったし……」
「いやっ……それはそうかもしれないが……!」
「男子どもは体力有り余ってるわねえ」
「元気でいいね」
言い合う俺たちを眺めながら、ティルチェはレミアの髪をいじっていた。
が、それも落ち着くと、改めて俺たちを見て、にこりと笑う。
怒りの笑みだ。
「じゃ、どういうことだかイチから説明してもらえる?」
* *
十分もかからなかったと思う。
だが俺とエリオットは地面に座らされていたものだから、すっかり膝を痛めていた。とはいえ姿勢を崩すとティルチェの怒りを買いそうなので、それもできなかった。
「……一番最初に確認しておきたいんだけど」
ティルチェはこめかみの辺りを指で叩きながら、俺たちを見下ろしていた。
「なんであたしがチクり魔みたいになってるの?」
「リサから聞いたんだが、お前がチクったんだろ? 計測機器をハックしようとした時のこと」
「計測機器の……ああ、また随分前ね?」
「で、それは俺とエリオットとリサの秘密だったのに……エリオットがお前に漏らした。だからだ」
「なるほど、それでね。うん」
一つ頷き、ティルチェは歯を見せて笑った。
「みんなに対して不利益出るんだから当然報告するでしょうが……!」
激怒の笑みだ。
「やめろファレン~……! ティルチェあれマジでキレてたんだから思い出させないでくれ……!」
「見て分かると思うんだが、もう思い出してる」
怯えるエリオットをなだめていると、ティルチェは深く溜息を吐いた。
「……で、リサがそれをサムエルに吹き込んで、あたしとエリオットはチクりコンビになり、サムエルに警戒されたと」
「そうなる」
「なんかそう思われてたこと普通に傷つくんですけど……まあ言っても仕方ないか」
で、とティルチェは話を続ける。
俺たちはまだ冷たい地面から立ち上がることを許されていない。
「理由は分からないけど、基地員の大人は嘘なり隠し事をしている?」
「ああ」
「……ゼファー・マクシミリアンが存在しないって?」
「らしい」
「スコアシートを見れば分かる? で、その真実を探り当てた自分は転属じゃなくて消されるかも?」
「そう言ってた」
ティルチェは眉間に皺を寄せ、俺の隣に座っているエリオットに視線を移す。
「今あたしが何考えてるか分かる?」
「『めちゃくちゃ嘘っぽい。現実的にありえない。サムエルの被害妄想』。……ちなみにオレもちょっとそう思ってる」
「だよねー。……逆にファレンは何で信じてるの?」
「……あいつは本気だった」
俺はサムエルの言葉を思い出す。
『ファレンには……本当のことを探し出して欲しい』
『絶対に、お前は――知らなきゃいけない』
「もしかしたらサムエルの被害妄想かもしれないし、現実的にありえないかもしれないけど……」
あの言葉が帯びた迫真さを伝えられないのが惜しい。
「『嘘』じゃあないとは思ってる」
そう言った俺を、ティルチェはしばらく見て、それから横を、レミアの方を向いた。
「レミアはどう? 信じる?」
「私、サムエルの話、直接は聞いてないよ」
「じゃなくて、サムエルじゃなくて、ファレンの考え」
「信じる」
その即答に、知らず背筋が伸びた。ティルチェは頷く。
「じゃあ今夜は、星を見ながら……大人たちを疑ってみましょうか」
11/10は13時と21時に更新します