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14.無力なるもの

 事実として、レミアの調査ぶりは見事だった。


 スロウドライバー(進戦操士)会でゼファー・マクシミリアンに関する、非公式な噂話を収集する。そして一緒に、大人たちが俺たちに何か隠していないか、ということもさりげなく探ってくれた。さらには仲の良い基地員にもそれとなく話を振ったのだという。

 そんなあからさまなことをしては、と危ぶんだ俺だったが、レミア曰く、転属する時にリサに貰った本にそういう陰謀? を取り扱った物語があったから、という名目を使ったらしい。

 こいつは『刺激的な物語本を読んで、それが現実でないか不安になってしまったロマンス女』を演じ、怪しまれぬよう情報を集めたのだ。



 まず俺は、レミアがそういった演技のできることに驚いた。

 次いで、それなりの情報を手に入れてきたことにも驚いた。


 曰く、ゼファー・マクシミリアンが実は存在しない、という説については、配属以来直接に顔を合わせたことがないことを理由に、しばしば囁かれているものであったらしい。

 もちろん、前提として俺たちは彼の実在を知っている。操士は皆彼に助けられた者ばかりだ。


 だがその上で、時々恐ろしい怪談のように語られる。

 もしかしたら、あの『英雄』は既に戦死してしまっていて、いつまでも戦いが終わらないのはそのせいではないか。

 もしかしたら、あの『英雄』は複数存在していて、権威付けのために単独を装っているのではないか。

 もしかしたら、もしかしたらもしかしたらもしかしたら――


「まあ、どれもサムエルの言ってる話とは違うと思う」

 噴飯すべきか憤慨すべきか迷っていた俺に、レミアはそう言った。

「サムエルは慎重な人だったから、そういうのを信じてファレンに本気で話すっていうのは、ない」

「だな。俺もそう思う」



「で、大人が嘘をついているんじゃないか、っていうのは……」

「ああ」

「嘘かどうかは分からないんだけど、怪しい話は聞けた。基地員用の事務所、あるでしょ。あそこ、日によって警戒の度合いが違うみたい」

「事務所か……」


 基地の中心はアルギアの格納庫と滑走カタパルトだ。そこに俺たちの寝泊まりする宿舎が面していて、それに対しL字型に食堂や訓練設備が建っており、そのさらに奥が事務所となる。


「普段から近付くなって言われてるけど……ふらっと近付いて、軽く注意されただけの人と、すごく怒られた人がいる」

「その差が日付なのか? 誰に見つかったとかでなく」

「そうみたい。大体、物資が運び込まれる日は、警戒が強い」

「それは当然ちゃ当然だが……」


 ぼやきながらスコアシートを眺める。これも、サムエルから託された手がかりではある。

 俺が元住んでいた所では考えられないほど上質な紙に記されたその記録表は、しかし見れども見れども書かれている以上の情報が浮かび上がることはない。

(一応これが持ち込まれるのも物資搬入と一緒だが……じゃあ、だから何だって話だしな)



「どう?」

「ん?」

 レミアが、何かを促すようにじっと俺を見てきた。

「分かったでしょ、いろいろ」


 ――ここだ。

 後から考えると、ここからの俺の発言がいけなかった。


「ああ、ありがとな。でも分かったことはそんなに多くないだろ」

 俺はこの時、少しだけ彼女を見た後、またスコアシートに視線を戻したと思う。

「根拠のない噂話に、事務所の警戒が日によって違うと言われても、それのどこがどうなってサムエルの話と繋がる?」

「…………」

「やっぱ別の奴に相談するしかないかな……他に話せそうな奴は……」



「そう」

 冷えた声音。

 反射的に俺は顔を上げたが、レミアはもう踵を返し、その場から去っていっていた。


(なんだ……相変わらず気まぐれな奴だな)

 その時の俺は、そうとしか思えず。

 俺自身が『頼みごとをしておいて成果をおざなりにし、即別の奴に依頼する算段をつける恩知らず』になっていたことに気付くのは、レミアが目に見えて機嫌を損ね始めた翌日以降のことだった。



   *   *



(あの時ちゃんとありがとうも言ったし、気付いた時には謝ったってのに、トゲトゲしたのは相変わらずだ)


 随伴していた2機が森へと潜り、(シュライク)級が迫る。


(さっきもレミアは助けてくれた。戦う時までずっとスネてる訳じゃない。だから……強くも言えない……!)

「ファレン、余計なこと考えてない?」

「考えてる! 戦闘外で思考を読むな! (コック)級見逃すなよ!」

「うん」



 前方に白兵戦に長けた(シュライク)級が迫り、恐らく後方から(コック)級がこちらを狙っているという盤面。

 妥当なのは、エイベルが言っていた戦法だ。

 (シュライク)級を俺が引き付けている内に迂回した2機が(コック)級を撃破、その後3機で残敵を包囲撃破する。


 だがそうはしない。

 俺にとっての最善手はそれではない。



 (シュライク)級の翼の刃を(スティンガー)で弾き、無防備な胴に熱し印(ヒートサイン)を刻んで距離を置く。お決まりの攻撃パターン。

 煌星プラズマ級熱量に焼かれる敵を視野の中央に起きながら、次の攻撃角度を考える。普段は気の向くままにやれば良いが、今回は違う。


(上方に膨らんで降下攻撃。牽制は緩急つけて上がったタイミングで誘う)

(異議なし)


 随時に思考を共有し、レミアとの見解一致を確認しながら攻撃を続ける。

 針を振るい、熱し印を刻みつけ、反撃をかわし距離を取る。普段よりも横にはブレず、敵よりやや上方の高度を維持。


(コック)級移動中)

 レミアの思考を聞きながら、再度(シュライク)級と打ち合う。打ち合いながら、意識の片隅でレミアの追跡する陸上の木々のざわめきを追う。

(回り込まれそうか)

(ん。ちょっと危ないかも。位置取り優先おすすめ)

(だな)

 レミアの誘導に沿い、攻撃をそこそこで引き上げ、位置調整に専念する。

 (コック)級から(アルギア)に結んだ直線を、(シュライク)級で遮るように。



 簡単な話で、目の前の敵を砲礫(ペリット)攻撃への盾としている。

 誰でも思いつく話だ。何度かやっていることでもある。だが実際にそれをアルギアでの機動戦で実現できるかというと、どうやら俺にしかできないらしい。


『シレッと言ってるけどなあ。お前実戦でそれやれるの、マジでおかしいからな……』

 雑談の中で、そういえばこの前こんなことをした、と話題に出したところ、信じられないものを見る目を向けてきたエリオットの顔は、未だによく覚えている。



(コック)級止まった)

 (シュライク)級から立ち上る碧色の炎に(視覚センサ)細め(調整し)ていると、レミアからその報告が来た。

(あんまり私たちを撃てないから諦めた? それとも挟み撃ちに気付いたかな)

(どこだ)

(ここ)


 相対位置情報が思考リンクで伝わってくる。一呼吸考えて。


(誘うか)

(撃たせるの? 危ないよ)

(そのぶん二人は安全になるし、場所も分かる。これが一番早い。やるぞ)

(わかった)



 今までは後ろに引いていたタイミングで、更に(シュライク)級の懐へ飛び込む。

 体勢的には(アルギア)が不利だ。

 (シュライク)級は硬化した翼を広げていつでも攻撃を行える状態。対するアルギア()は、両腕の針を振り抜いた所。攻撃に移るには一拍かかる。

 だが、これでいい。


(左腕と右脚の予備装甲を使う)

(感覚絞るね)


 翅から噴き出す炎の量を左右でズラしながら、左肩を落とす。

 自然、体勢が崩れる。視界は左下へと落ちていく。振り下ろされる(シュライク)級の翼刃が、陽光を反射して閃いた。

「ここだろ!」


 ガキイィィイイン!!


 激しい衝突音。と同時、右脚の予備装甲が弾け飛ぶ――狙い通り。

 高度を下げつつ全身を左回転し右脚を振り上げ、脚に残った予備装甲を犠牲に(シュライク)級の一撃を弾いた。


 だが衝撃は来る。翅からの出力を絞っていたこともあり、高度は否応なく落ちる。

 (アルギア)自身にも、痺れるような痛み。アルギア()を動かす内部構造、大伝導管(パイプ)が衝撃による瞬間的な不調を起こす。

 動かせるのは右脚の衝撃地点から離れた、頑強な大伝導管にて動かせる部位のみ。

 すなわち、左腕。



(砲礫来る。大口径のやつ)

(だろうな)

 レミアの共有してきた精緻な位置情報、(コック)級の砲嘴情報、砲礫の推定サイズを確かめる。


 ただ左腕で防ぐだけでは駄目だ。

 まず軌道予測。奴が狙うのは、(シュライク)級の影からはみ出た範囲の中央だろう。

(首や腕は除き、胴左上30%の中央)

 その後はどう受けるか。予備装甲の表面形状を思い出す。そしてその下、アルギア()昀鏻鉱(シャルティタン)装甲の形状、硬度、靭性も勘定に入れる。

(予備装甲は木っ端微塵でもいい。その下の装甲のダメージを最小にするには)


 また左右の翅から異なる量の炎を噴き出しながら、体勢を調整。左肩は後ろに引いて、左腕を少しひねりながら胸前へ突き出す。

(よーく狙えよ……!)



 ド ゥン!!


 重い爆発音が地上から発せられ、


  バギバッァン!!!


 分厚く巨大な砲礫が(アルギア)へと命中。衝撃に吹き飛ばされて、


    ドォ ン……


 後方より着弾音。



 砲礫の勢いを予備装甲で殺し、アルギア本来の昀鏻鉱装甲の上を滑らせるようにして受け流す。

 できるだろうと思っていたことが、思っていた通りにできた。

 肩の辺りに鈍い痛みがあり、おそらく大伝導管へ強い負荷がかかったようだ。が、装甲は無事だろう。正面から受けなければ、結構堪える。


(無事じゃない)


 レミアが釘を刺す。動き続ける視界に、(シュライク)級の姿がある。


(敵はどっちも健在だよ、のんきさん)

「ああ、今はな」

(今はまだ、ね)



 (コック)級の砲礫装填には10秒程度の時間を要する。

 だからこの瞬間、もう砲撃なんて気にすることなく、翼で斬りつけてきた(シュライク)級をいなし、返す刃の赤撃(インパクト)で爆散させる。

 ほとんど同時に、(コック)級がいた方角からも爆音。


 何もかも作戦通り。簡単なものだ。



(……こういうことばかりは上手くできるのにな)


 吐いた溜息は、赤撃の余波、熱気流と黒煙に揉まれ消えていく。


(サムエルの言葉について調べるのも、レミアの機嫌を取るのも、まったく上手く行くもんじゃない)

「ファレン。また何か考えてる」

「考えてるよ、まったく……」


 遠くから聞こえる、2機のアルギアの喜びの声も、昀鏻鉱の装甲をつるつる上滑りしているような、そんな気分だった。

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