01.地に人走り、空に緑舞う
初投稿です 全然具合とかわからないので、何かあれば言ってください
1000年前、フェリィ大陸の人々は長く愚かな戦争により、魔法技術のほぼ全てを失い、人口は100万人にまで減った。
しかしそれから長い時が過ぎ、人々は失われた魔法技術を再発明。
80年ほど前には、人口は1億を超えるほどに回復し、豊かな、安全な日々を過ごしていた。
人々は過去のあやまちを教訓に立ち上がり、進歩する意志の尊さを語っていた。
笑える話だ。
現在、総人口は10万未満。
残された生存圏は、かつての1%。大陸から心もとなく突き出した、指先のような半島のみ。
南部を死地帯に封鎖され、逃げることもできない最後の領土。
これを為したのは戦乱ではなく、心持たぬ緑の魔物である。
植物にて編まれた鳥。あるいは翼持つ樹木。
知性あるものを殲滅し、輝かしく繁栄した文明を緑化する。
意志も教訓も啄み荒らす侵略者。
その名を、翼樢と言った。
* *
その日俺は、女の子を背負って森の中の道を走っていた。
脚を怪我していた彼女は、翼樢接近警報の響く村落で、一人逃げ遅れていたのだ。
「はっ、はっ、ぜはっ、はっ……」
「だ……大丈夫? お兄さん……」
気遣わしげな声を漏らす彼女を、安心させてあげられれば良かった。
だが、俺にできたことと言えば、荒く呼吸をしながら引きつった笑みで振り返ることだけだった。
言葉を発する体力も惜しかった。奴らが、いつ追いつくか分からない。
俺は走り続ける。
足、腰と言わず、全身が痛かった。頭と魔力を動かすのは得意だが、肉体労働は専門外だった。
だが、それはその子を助けることを、諦める理由にはならなかった。
「……降ろして」
だからその言葉も、相手にしない。
「はっ、はあっ、はぁっ」
「降ろして!」
「はあ、はあっ……ははっ」
「降ろしてよっ、お兄さん、このままじゃ私のせいで……」
聞く気はない。
それが、彼女の弱気と気遣いに基づくものであることは分かっている。だったら反論する時間と体力の無駄だ。
だって俺は、助けたいからそうしている。
「……聞こえるの!」
続く彼女の言葉は、半ば悲鳴だった。
「羽ばたきが……奴らの飛んでくる音が!」
ザアアァァァ――――
枝や葉が、風に揺られて擦れる音に似ている。森のざわめき、葉擦れの音。
だが、その音が上空から、一定の間隔で聞こえて来るならば、それはまったく違う意味を持つ。
「――翼樢」
翼を広げた影に、青空が阻まれていた。
正確な体長は分からないが、少なくとも人間よりは大きい。
それは太い枝を骨、厚い葉を羽とし、細枝がそれらを繋ぎ合わせながら絡み合い、鋭い嘴を形成している。
眼は樹洞だ。心のない暗闇が、俺たちを睨めていた。
翼樢を簡潔に表すなら『植物性の鳥』だ。
奴らは人間とその文明の一切を破壊し、自らの領域――無秩序で入り組んだ、塊のような森林へと塗り替える。
しなやかな頑強さと、生半可な傷は即座に塞ぐ再生力を持ち合わせ、無尽に生まれ続ける敵。
緑化の魔物。
俺は足を止め、振り返った。
「お兄さん……!?」
「大丈夫だ。しっかりしがみついててくれよ……」
上着の懐から、魔石を取り出す。俺だって無策でいたわけじゃない。
翼樢の身体は、樹木で編まれている。
奴らが現れてからしばらくは、その撃退のために、炎の魔法の研究が盛んに行われたという。
それは決して間違いではなかったが、絶対の解決策ではなかった。
奴らの身体を構成する新鮮な樹木は水分を多く含んでおり、翼樢自身もよく動き、そのうえ再生能力まで持っているものだから、半端な炎を浴びせても致命傷には至らないのだ。
だから、奴らを撃退するには、それらをものともしない、煌星級の熱量を浴びせるか――
「行け!」
突き出した魔石から、稲妻が迸る。
雷の魔法を封印した魔石だった。少し魔力を注いでやれば、封印を内側から破って電撃が放たれる。
それは見事に翼樢を撃ち貫き、奴はしばし動きを止めた。
その隙は逃がせない。
「『炎熱よ』『渦巻き巡る』『八角熾球』『裡より喰らい』『爆ぜろ』!」
魔石に残存した魔力を俺自身の魔力と合わせて、即座に次の魔法を放つ。
今度は炎だ。人の頭ほどの大きさの火球が、動きを止めた翼樢へ迫る。
(……頼む!)
祈る俺の前で、火球は翼樢へと命中した。
その身を焼き削り、内側へと潜り込む。そして――爆発!
「きゃあっ!?」
爆音に、背の女の子が悲鳴を上げた。
『まず雷を落とす』。
その手法が確立されたのは、この十年ほどのことだという。
そうすることで、翼樢が体内に含む水分を奪い、さらには動きを鈍らせることができる。
その後であれば、俺のような人並みの魔術師が放つ炎でも、再生能力を超えて奴らを焼き尽くせる。
もっとも、雷と炎、二つの属性の魔法を使える術師はごくわずかだ。
そこで、自分の持つ生来の属性――俺の場合は炎――とは異なる魔法を使うための、魔石である。
(無駄じゃなかった……俺の月給分!)
俺は額に浮かんだ脂汗を拭い、見事に役目を果たした雷の魔石を捨てて、彼女を両手で背負い直す。
一羽を撃破できたといっても、次はない。
虎の子の魔石は一つだけだし、俺もとどめの魔法に魔力をほとんど使い果たしてしまった。今やロウソクに火を灯すくらいが精一杯だ。
だから次が来る前に、早く逃げなければ――
ザアアァァァ――――
(……嘘だろ)
枝葉の擦れ合う音。
聞こえてくる。頭上から。
規則性がない――と一瞬思ったのは、それが複数であることに、最初気付けなかったからだ。
「……お兄さん!!」
背中から悲鳴。
「も、もう良いっ、もう良いから、私は……!」
駆け出そうとして、ふらついた。
足腰と彼女を背負う手に力を込めて、どうにか転倒を免れる。
(まだ、まだ何か、あるはずだ)
奴らの羽撃きが聞こえてくる。
視界が影に暗くなる。
もう、奴らは頭上で旋回している。
(何か……そうじゃなきゃ、殺される。この子も、俺も、ここで死ぬ――そんなの)
先ほどと同サイズの、翼樢が4羽。
暗い眼虚に、ちっぽけな2人の人間を捉えて。
「……ふざけてるだろうが……!!」
死を目前に、怒号を地面へと吐いた、その瞬間。
天に、銀色の輝きが閃く。