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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラーの箱。

死亡情報

 大学受験にいそしんでいた頃、私はラジオを聴いていた。


 CDプレイヤーを買うほどの金もなく、安く買えるラジカセを使っていた。


 自宅浪人をしながら、ずっと勉強をしていると、とにかく何かの音が欲しくなる。


 最初は、ラジオパーソナリティがにぎやかにしゃべる番組だったが、だんだんとうるさく感じ、淡々とした番組の流れるラジオ局に合わせていることが多くなった。


 主に語学が流れているのが、私のお気に入りだった。


 淡々と、異国の言葉が流れるラジオ。

 知らない国の言葉は、音楽のように私を楽しませた。

 何を言っているのか、わからない。そのことに安心を感じた。


 時々、体操の時間があり、それにあわせて運動をしたのもいい思い出だ。


 ただ


 一度だけ、不思議なことがあった。


 それは、梅雨の日だった。



 長雨に包まれた私の家は、さわさわと屋根を叩く音だけが籠っていた。


 家族はみんな留守だった。


 私はひとり、机に向かってラジオを流して勉強をしていた。

 確か、数学を解いていたと思う。


 体操をして、お茶を飲んで、集中をしていたはずだった。


 そして、その時間は気象情報が流れる時間帯のはずだった。


 毎日、夕方に流れてくる遠い地名は、異国の言葉のように私に楽しませてくれていた。


 地名と天気と風の強さ。

 たぶん、船乗りが必要とする情報なのだろう。

 以前、気象情報を書き込むための白地図を見たことがあった。


 ああ、このラジオは、遠い海でも聞いている人がいるのだな。


 小さな狭い机の上で、私はそんな空想をした。


 しかし


 その日は地名と、名前が淡々と読まれていた。


『北海道 アキカワ ヨシヒトさん、イトウ ミチオさん、イナダ マサヨシさん……』


 海のある地名だったので、そのまま聞き流していた。


 ラジオは、淡々と地名と名前を読み上げていった。


『山形県 トウカイリン ヨシミさん、トウカイリン ミツコさん…』


 この時、私は違和感を感じた。


 去年の暮れに亡くなった大叔母は、山形県に住む光子(みつこ)おばあちゃん。


 なぜ、光子おばあちゃんの名前が?


 開いているノートの上で、シャーペンが止まる。


 待てよ、光子おばあちゃんは、暮れに亡くなったけど、旦那さんのヨシじいちゃんは秋じゃなかったか?

 稲刈りの前の急死で、ばたばたしていた記憶がある。


 なぜ、ラジオから、ふたりの名前が?


 私は急にどくどくと心臓が強く打ち始めるのを感じた。


 ラジオは、よどみなく、読み上げる。


『栃木県 マエダ ミサトさん…』


 海のない県も読み上げられる。


『岐阜県……』


『長崎県……』


 私はようやくこのラジオが、いつものラジオではないことに気がついた。


 読み上げている内容も違うし、何よりも放送時間が長すぎる。

 いつもの気象情報ならば、長い証明問題を一問解く頃には終わっている。


 それが、今日は、


 問題を解く私の手が止まっていることもあるが、机の上の時計の針が止まっているのだ。


 先週、電池交換をしたばかりだ。

 まだ、止まるはずがない。


 私は、何の情報を聞いているんだ?


 じんわりとシャーペンを握る私の手が湿っていく。

 心臓は、あいかわらずうるさい。


 時計の秒針が止まっても、私の心臓が動いていることに安堵した。

 その瞬間だった。


『……以上で、死亡情報を終わります。今日からのウラボンエをしっかりつとめてください』


 滑舌のはっきりしたアナウンサーが、そう言って締めくくると、急に屋根から響く雨音が強くなった。


 ダンダンダンダン!!


 ラジオの声が聞こえなくなった。

 雨音が全てをかき消す。


 耳をつんざくほどの豪雨の中、玄関の方から扉を叩く音がした。


 ドンドンドンドン!!


 私はシャーペンを握りしめたまま、身動きが出来なかった。


 雨音で聞こえなかった、そう、家族には言おうと、すぐに思った。


 豪雨が私の家を叩き続ける間、玄関の扉も鳴り続けた。

 私は部屋でうずくまったまま、雨と扉を叩く音が止むのをまった。

 なぜか、ずっとシャーペンは握ったままだった。


 膝も足首も痛くなってきた頃、雨が止んだ。


 時計を見ると、きちんと秒針が動いていた。

 玄関の扉が開く音がした。


 私が身構えた瞬間、


「わらび餅買ってきたわよぉ〜」


 のんびりとした祖母の声が響いた。

 私は、立ちあがろうとして、痺れた足にもつれて倒れた。




 階段を降りて玄関へ向かうと、祖母が軒下でマッチをすっていた。


「……何してるの?」

「そういえば、今日は盂蘭盆(うらぼんえ)なのよね。玄関口に来たら急に思い出して」

「盂蘭盆?」

「ご先祖様がこちらに帰ってくるのよ。その目印に火をつけるの。……ヨシ坊と、光子さん…ちゃんと山形の家に帰れているかしら。新盆だから、迷わなきゃいいけど」


 祖母は雨が止んだばかりの空を見上げて、深く息を吐いた。




 そのあと、その日のカレンダーに『盂蘭盆』と書かれているのを見た時、私は思いだした。


 ヨシじいちゃんも、光子おばあちゃんも、生真面目でせっかちな性格だった。

 いつも遊びにくる時は、早い時間から新幹線に乗ってやってきた。駅に迎えに行くのも待てずにタクシーで来ては、インターホンも押さずに玄関の扉を力強く連打するのだ。


 ドンドンドンドン!!と。


 あれは、2人が来た音だったのだ。




 その日の夜、祖母が思い出したように言った。


「あら、そういえば山形では8月がお盆だったわ」


 やっぱり、あの音は2人が来た音だった。




 あれから、20年経った。

 祖母が今年の初めに亡くなった。


 もしかしたら、今年のラジオで祖母の名前が読まれるのかもしれないと、私はラジオをつけて、今、耳を澄ませている。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 子供の頃、お盆の明かりが怖かったことがありますが、それを思い出させるようなしっくりするお話でした。怖いけれども、神妙な気持ちになってしまうホラー。こんなホラーも良いものですね。
[良い点] ラジオの放送で亡くなった人の名前が読み上げられたので、「都市伝説の『NNN臨時放送・明日の犠牲者』みたいな事が起きるのだろうか?!」と思ず身構えてしまいました。 そのため、家族や御先祖様へ…
[良い点] こーわ! ( >Д<;) と思ったら親戚さんが戻ってきたのかとホッとしました。 お盆ってそういうことありますよね。 ( *´艸`)
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