第7話 二度目のパーティは中庭で
「それじゃあ、みんな。今回のパーティの抱負は"笑顔で仲良く"だ。いいね?」
──前回のパーティから二週間。
二回目のパーティは、あっという間にやってきた。
グレイは私に向かって小さく目配せすると、口角を上げて軽くウインクした。これは……期待しているということなのだろうか。
相変わらず胸にはグレイのブローチが付いたままだけれど、グレイと私の関係性はあの日以降大きく変化した。
二週間前のあの日。私はグレイにゲームで起こりうる全て、もちろんグレイやルルベル、世界の末路も、何もかもを話した。グレイはそれを茶化すことなく聞き入れ、最後には共存の可能性が薄いことを嘆きながら酒を煽った。
「……俺がやってることって、無駄なのかな」
そう言ったグレイは、酔いのせいかそれとも泣いていたのか、青の瞳は境界を失ってゆらゆらと揺れていた。
俺だってできれば人間を滅ぼしたくない。それでも、魔族が故郷であるディグニスで何不自由なく暮らしていける未来がほしい。
そう話すグレイに、私も共感した。だから、探すことにした。共存のルートを。もっともそれは、あるのかどうかも分からない不確実なルートだ。でも、彼らにとっては私が知る"確実なルート"ですら不確実な未来なのだから、これでようやく私も同じ土俵に立ったことになるのかもしれない。
「何がいけなかったんだと思う?」
「うーん……愛のない政略結婚をしたこと、とか……?」
「愛ってそんなに重要?」
「まあ……だって形だけの結婚じゃやっぱり反発も出ると思いますよ」
「でもよくわからないんだよ」
そう言って頭を悩ませたグレイは、ふと思い付いたように「そうだ」と顔を上げた。
「君が教えてよ」
「え?」
「愛がどういうものなのかを、さ」
「そ、れは……私とグレイが付き合うってことですか?」
「はは、まさか」
違った。一瞬でも勘違いした自分が恥ずかしい。しかしあの言い草では私でなくとも勘違いするだろう。
「君はフリーゼ公爵令嬢が好きなんだろう? 好きってことは愛もあるよね?」
「あ、あります……!」
「よかった。じゃあさ──」
────君がフリーゼ公爵令嬢を愛するところを見せて。俺もそれを見て学習するから。
二週間前の会話を思い出し、グレイの目配せに苦笑いで応える。
私がナシュカ様を愛してるところを見せるって……どうしたらいいんだ。考え込んだ末に答えは出ず、気付いたら二回目のパーティの日になっていた。
整理されていない頭のまま城内に足を踏み入れる。するとこの城の主であるフリーゼ公爵と、その娘であるナシュカ様が私たちを出迎えた。
「皆様、ご足労いただき誠にありがとうございます。本日も共に歓談し、親睦を深めて参りましょう」
それではここからは娘が案内いたします。
フリーゼ公爵が促すと、今度はナシュカ様が前に出た。
「皆様、それではこちらへ。本日は昼の開催ということで、中庭でのパーティとなります。我が屋敷の中庭には……」
はぁ、中庭の説明してくれるナシュカ様も素敵……。背筋を伸ばし、誇らしげに説明する彼女は前回の青のドレスより少しだけ丈の短い、くるぶしが出る長さのドレスを纏っていた。色は……前回と同じ青だ。
ディグ戦では、パーティに着ていくドレスを毎回プレイヤーが選ぶことができる。初期は青の細身ドレスしかないが、パーティとパーティの間に買い物や準備のコマンドを行うことで、選べるドレスが増えていくのだ。
そして青色のドレスは……グレイの好感度が上がるようになっている。やっぱりこの世界線のナシュカ様は、グレイルートに向かおうとしているのだろうか。でも、グレイは既にゲームでは知り得ない情報を持って、ゲーム通りではない行動を始めている。
これから、どうなっていくんだろう……。
未来が分からないのは、不安だ。もしこれで、ナシュカ様が不幸に見舞われるようなことがあったら……い、いや、そうならないために私が行動しないと。
「……ル殿。ルルベル殿?」
目の前で何かがひらひらと動く。見ればそれは薄いレースの手袋をした、手のひらだった。はっとして顔を上げると、長いまつ毛と空色の瞳が目に入る。
「ナっ、ナシュカ様……!」
「大丈夫か? 中庭に着いてからずっと動かないから気分でも優れないのかと……」
「だ、大丈夫ですわ……」
顔が、近い。ナシュカ様は遠くから見ても当然美しいが、近くで見るとその造形のきめ細かさがより顕著になる。この距離まで近づくと背後に薔薇すら見えそうだ。
「今日も素敵ですわ……」
「ん、ああドレスのことか? ありがとう。ふふ……」
ナシュカ様は小さく笑うと、「実はな」と声をひそめた。
「この前ルルベル殿が青が似合うと言ってくれたのが嬉しくてな。それで新しいドレスもこの色にしたんだ」
「ヒェ……」
嬉しすぎて変な声が漏れる。
あのナシュカ様が、自分との話を覚えていて? それで、嬉しかったからドレスの色を変更しなかったと?
グレイ! ちゃんと見てるか?! これもまた愛だぞ!
「似合っているだろうか?」
「ナシュカ様に似合わないお召し物なんてありませんわ……」
「そ、そうだろうか……?」
「青はナシュカ様の金髪が映えて素敵ですし、赤も凛々しい姿勢に似合うと思いますの……白は清廉さを際立たせますし、緑も」
「わ、分かった。ルルベル殿、ありがとう。分かったから……」
ナシュカ様は少し顔を赤く染め、腕で表情を隠す。「もう勘弁してくれないだろうか?」と眉を下げて笑うナシュカ様の姿はゲームのどのスチルでも見たことがないくらい、可愛らしかった。
「ふぅ、ルルベル殿は人を褒めるのが上手いな……」
「そ、そんな。たぶんナシュカ様にだけですわ」
「本当か? もしそうなら……なんだか優越感があるな。てっきり、誰にでもそうやって褒めているのだと思っていたから……」
ゲームのルルベルなら、そうだろう。全ての人間に愛想良く振る舞い、特にリンハルト王子やギルベルト団長に対しては些細なことでも褒めちぎる。だがそこに感情は伴っておらず、二人からも「それは愛ではない」と言われて告白を断られてしまうシーンがあった。
しかし、今私が口にしている言葉は全てが本音だ。そういえば、前の人生では誰かをこんなに本音で褒めたことって無かったな。いつもルルベルと同じ、良く思われるためのお世辞と作り笑いばかりだった。誰に対しても。
「立ち話もなんだ。あちらに椅子があるから、ゆっくり菓子でも食べながら話さないか?」
「はい……!」
でも今は、作り笑いなんかじゃない。本当に心から笑っている。
……楽しいな、この世界は。
*
「このジャム、すっごく美味しいですわ」
「そうだろう? 贔屓にしている商人がいてな、そいつから買ったんだ。あいつはあちこち旅をしているから珍しい商品が多くて。今日も、ほら──」
ナシュカ様に促されて中庭の一角に視線を向けると、そこには貴婦人たちの人だかりがあった。
「中庭で商品を並べているんだ」
「しょ、商魂たくましいですわね……」
「まったくだ。父上も彼には何かと甘くてな」
公爵家の中庭で、一介の商人が商売などできるはずがない。しかし彼はそれを可能にしている。それは何故か。
人だかりの隙間から、シルクハットと黒い眼帯が覗く。
……ヴルフ・グッドマン。彼が、ナシュカ様の双子の兄だからだ。
生まれたその日に廃嫡……というより、かなり色々あった末に商家に預けられたため、ナシュカ様はご兄弟の存在を知らない。しかし、ヴルフは自身の出生を知っており、知った上で現在も自分の意思で商人を続けている。
計算高くて少し嫌味な彼はフリーゼ公爵が自分に負い目があることをよく理解していたため、時々無茶を言っては公爵を困らせるのだ。むしろ、公爵への嫌がらせや無茶振りが趣味と言ってもいいくらいに。
「ルルベル殿も見に行ってみるか? ジャム以外にも色々置かれているぞ」
「ぜひ……あっ、少し待ってくださいまし」
食べかけだったスコーンを急いで頬に詰めようとすると、ナシュカ様は小さく吹き出すように笑って私の頬をつついた。
「頬が破れてしまうぞ」
「ンっ、んん゛ッ! けほっ、」
「す、すまないつついたりして……! 喉に詰まったか?!」
「ン゛……ッ、ふぅ、い、いえ……大丈夫ですわ」
よく噛まずに飲み込んだスコーンは一瞬喉に詰まりかけるも、素早く紅茶を流し込んだことでどうにか事なきを得た。
あ、危なかった……。みっともなく咽せている所を見られずに済んだ……。
「すまない。リスみたいで可愛らしかったから、つい……」
「ン゛ンっ……!」
「やはりまだ詰まっているのか……?」
「い、いえ……」
嬉しい時に出る奇声の一種ですわ。とは流石に言えず、私は本日初めての作り笑いを浮かべた。




