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第6話 この世界はゲームじゃない



 パーティが終わり、それぞれが帰路に着く。転移魔法でホームの会議室へと戻ってきた私たち魔族も、その場で解散となった。……はずなのだが。


「ねえ、ルルベル。木の上で食べるディナーは美味しかったかい?」


 他のメンバーに続いて扉を潜ろうとした私に、温度のない声が突き刺さる。

 ぎぎ、と振り返れば、そこには窓枠に後ろ手を付いて笑うグレイの姿があった。


「ど、どうして……」


 パーティが終わってから、グレイとは目を合わせていない。だから記憶だって読まれてはいないはずなのに。


「俺は魔族側の責任者だからね。粗相があったらいけないでしょ?」

「そ、そうじゃなくてどうやって知ったんですか……?」

「君たちが付けてるブローチ。それ全部、俺の魔力でできてるんだよね。つまりそれは、俺の目で、耳だ」


 ハッとして、自分の左胸を確認する。黒色のブローチはさらりと霧散した後、グレイの手元へと還っていった。


「……信用されていないみたいで、いい気はしません」

「ははは、嫌だな。あくまで俺は、いつでもみんなのサポートに回れるようにしているだけだよ」


 絶対嘘だ。仮に本当だったとしても、彼にとって一番重要なのはサポートではなく"メンバーが余計なことを言わないか"だ。


「……私の行動は、粗相に当たりますか?」

「普通の貴族相手なら、ね。ただ、君も知ってのとおりフリーゼ公爵令嬢はああいう方だから、あの場での対応はあれで正解だ。でも──」


 ピンと伸ばした人差し指で宙をかき混ぜていたグレイが、その指をぴたりと私に向ける。


「──俺の印象を悪くしようとしたよね?」


 どうして?

 すう、と細まった青の瞳が、そう訴える。


 蛇に睨まれた蛙のように、身がすくむ。はくはくと口が開閉するが、言葉が出ない。

 適当に誤魔化すようなことを言えば、何をされるか分からない。でも、ナシュカ様の幸福のためです、なんて正直に答えることもできない。


「……鈴さんはさ、俺のことちょっと怖がってるよね」

「そ、そんなことは……」

「最初に会った時も"拷問されるのか"って怯えてた」

「……言いましたね」

「ねえ、鈴さんが知ってる俺って、そんなに怖い人だった?」


 ……ゲームのグレイ、か。そりゃあ、半年で見切りを付けて人間を滅ぼしかけたり、その気が全く無いくせにナシュカ様に取り入ったりするところは、怖い。本気で魔族のことを考えているのだとしても。


「……少し」

「うん……前に聞いた時もそんな感じだったよね。でもさ、俺って"推し"だったんでしょ?」


 グレイとは以前、私の元々の世界について少しだけ話したことがあった。

 その時に、元の世界では応援したい人や好きな人のことを推しというのだと彼に教えたのだ。

興味深そうに異文化の話に相槌を打つグレイの姿は、記憶に新しい。


「俺のこと、応援したい好きな人なんじゃないの?」

「それは、そうなんですけど……」

「君の挙動を見ていると、フリーゼ公爵令嬢の方がよほど推しに見えるけど」

「えっ!?」

「違うの?」


 ば、バレている……! ナシュカ様推しであることが……!


「ち、違わない……です……」

「ふぅん……」


 ──二股だ。

 ぼそりとそう呟いたグレイに、反射的に意義を唱えた。


「ち、違います! 確かに二人とも推しですけど、推しは……推しは何人いても良いんです!」

「そうなんだ? でもさ、なんだか温度差があるよね。フリーゼ公爵令嬢の時と俺の時とで、さ」


 当然だ。

 それはナシュカ様が最推しだからとかではなく、ナシュカ様に向ける好意と、グレイに向ける好意が全くの別物だからだ。

 ナシュカ様に向ける"好き"は、アイドルに向ける感情や、憧れに近い。生まれた時から国のために武芸を学ばされてきたにも関わらず、捻くれることも陰ることもなく堂々と自身の役割を全うするその姿に、何度も憧れた。自分ではこう在れない。在れなかったからこそ、憧れたのだろう。

 一方でグレイに向ける"好き"は、少し屈折している。私は彼のことは内心、政略結婚を目論んで失敗したら人類を滅ぼすどうしようもない男だと思っている。しかし、そこが良いのだ。しがらみの中で何かしようともがいて、結局何も成せないこの暗い目の男が、どうしようもなく好きだったのだ。

 今思えば、これはある種の共感だったのかもしれない。人生、そう思い通りにはいかないよな。なんて冷めた目で世界を見ていた私は、勝手に彼に親近感を感じていたのだろう。


 推しにも色んな種類がある。

 しかしそれを説明しても、推しどころか愛の概念すら怪しいグレイにはきっと理解できないだろう。


「……ナシュカ様みたいに接してほしいんですか?」


 そう尋ねると、グレイは目をぱちりと見開いた後、顎に手を当てて考え始めた。


「……うーん、そう、だね。そうかもしれないな……」


 意外にも素直に肯定したグレイは、再度人差し指を立てて控えめに宙を彷徨わせた。


「たとえばさ。鈴さんはフリーゼ公爵令嬢のことをすごく褒めてたじゃない」

「は、はい」

「俺のことは褒めてくれないの?」

「えっ……褒められたいんですか?」


 グレイはどこか照れ臭そうに笑みを浮かべている。たぶん本心からそう言っているのだろう。

 確かに彼は、愛のない政略結婚を目論んでいることに目を瞑れば、魔族と人間が共に生きていけるよう尽力している功労者に他ならない。飄々(ひょうひょう)としていて疲労も何も見せないが、案外ストレスが溜まっているのかも……。


 でも、よく考えたらそれって当たり前のことだ。

 自分を嫌う人達の中で自分ではない自分を演じて、ストレスにならないわけがない。グレイは演技が上手くて、できることの範囲が広い。だから最初から何でもできる人みたいに見えるけど、きっと彼なりに裏で努力していることは多いのだろう。


「……グレイさんは、結構真面目ですよね。目標があればいくらでも努力ができて、我慢強くて……」

「えぇ、そう?」


 照れ臭そうに頬をかいて、グレイは笑う。それが本心か演技かは分からないが、私は続けた。


「そうですよ。会議でもちゃんと全員の意見を取り上げてくれますし」

「うんうん」

「この世界に慣れていない私のことも、色々サポートしてくれて──」

「それでそれで?」


 グレイがあんまり嬉しそうに相槌を打つものだから、私もつい、口が滑った。


「──ナシュカ様と付き合った後、本当に自分で良いのか不安になって何回も尋ねてくるところとか、すごくかわ……」

「えっ。ちょっと待って」


 制止されて、ハッとした。まずい、これはまだ起こっていない不確定の未来のことだ。めざとく話の違和感に気付いたグレイは、窓枠から手を離し私に歩み寄る。


「……どういうこと? 俺とフリーゼ公爵令嬢が付き合ってるって」

「えっと……」

「君はもしかして未来も観測できていたの? 君の知っている未来だと、俺とフリーゼ公爵令嬢は付き合ってるの? 君は、何を、どこまで知っている? ねえ、答えて」

「その…………確定では、ないんです」


 グレイは私の両肩を掴んで、氷のような温度のない目で私を見下ろした。こうなったグレイに適当な嘘や隠し事が通用するとは思えず、私は白状することにした。

 ナシュカ様の選択によって未来が変わっていくこと。その未来の一つに、グレイと結ばれる未来もあるということを。


「……ふぅん。どうやったらその未来に行けるのかな?」

「それは……ナシュカ様の選択次第で決まってくるので……」

「フリーゼ公爵令嬢の選択で未来が全部決まるの? へえ……なんていうか、随分単純な世界なんだね」


 そこはゲームなので……。しかしそう言おうにも、ゲームという概念がないグレイにその辺りを説明するのは難しい。


「私のいた世界には、こういう物語が分岐するお伽噺みたいなものがあって……それが娯楽になっていたんです。この世界も、それの一つというか……」

「ふぅん、お伽噺、ね……。ねえ、鈴さん」


 グレイはどこか冷めた目で私を見下ろすと、悲しそうに呟いた。


「今でもお伽噺だって思うの?」

「え?」

「君の世界から見たこの世界は娯楽なのかもしれないけど、俺たちにとっては現実なんだよ」

「あ……」


 言われて初めて気付いた。

 私はこの世界を「ゲームの中」だと思っているけれど、この世界を生きる彼らにとってはこれは紛れもない現実で。やり直しも効かなければ未来のことも分からない。そんな、当然のことを……。


「……すみません」

「……いいよ。でも俺たちのことを娯楽……お伽噺の住人だと思って接するのは、やめて欲しいな」


 ──生きているんだからね。

 胸に手を当てて、グレイは静かにそう言った。


「はい……」

「……参考までに聞きたいんだけど、俺とフリーゼ公爵令嬢が結ばれた後、世界は変わった?」

「……いえ。結局魔族への偏見は残ったままで、人間側の態度もすぐには変化しないまま物語が終わってしまったので……」

「そう……」


 悲しそうな声だ。人間と魔族が結婚すれば何か変わるかもしれないと、グレイは本気で信じていたのだ。

 良かったのだろうか。本当のこととはいえ、彼の希望を壊してしまうような話をして。だって自分の信じた未来が訪れないと分かったら、希望を失ってしまったら、人は生きられない。

 私はそういう人をたくさん見てきたし、私自身、その一人だった。


「……あの、グレイさん。それでも、さっきグレイさんが言ったように、この世界は確かに現実……なんだと思います。だって、今ここでしている会話も、私が見たお伽噺の中には無かった。グレイさんがこうして未来を知ってしまうことも、無かったはずなんです」

「……つまり?」

「だから、その。変えられる……かも……」


 未来を。

 そう口にした途端、怖くなった。ゲームの進行から外れるということは、確実な足場を失うということだ。本来訪れるはずだった幸せなエンディングが、訪れないかもしれないということだ。

 私はナシュカ様をハッピーエンドに導きたい。

 ……でも、グレイに不幸になってもらいたいわけじゃ、ない。そうだ、私は今まで何の疑問も持たずにナシュカ様と対立するルートに向かおうとしていたけれど、そのルートで死ぬのはルルベルだけじゃない。グレイはもちろん、他の、罪のない人間たちも多く死ぬ。だって、戦争が起こるのだから。

 ナシュカ様の約束されたハッピーエンドの下には、山のような死体が埋まっている。


 ……人の生き死にを、あまりに軽く考えていた。

 自分は死んだっていい。むしろナシュカ様に看取ってもらえるなら万々歳だ。でも、それならグレイは? 他の人たちは? 私の勝手な方針に巻き込まれて死へ進んでしまう彼らのことは、考えなくていいのだろうか?


 いいわけ、ない。

 なかったんだ、初めから。私は最初から、間違っていたんだ。


「……すみません、グレイ。もう少しだけ、話せませんか?」


 不確実な、これからのことを。

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