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第5話 最推しとディナー


 さて、主要人物のうちナシュカ様、グレイ、ゾーイ、リンハルト王子、ギルベルト団長の五人には会えた。


 残るは二人。

 ナシュカ様の幼馴染であるダニエルと、ナシュカ様の双子の兄で隠しキャラのヴルフ。ゲーム通りに進むのなら、ダニエルには今日中に会えるだろう。ヴルフは……今日はいない。

 なら、次はダニエルに挨拶に行こうか。ルルベルは確かダニエルルートではあまり出て来なかったが、途中で少し出て来た時には既に顔見知りということになっていたはず。もっとも、ゲームには初対面のシーンは無かったから、今日の挨拶は完全にアドリブになってしまうが。


 何と言って挨拶するのが良いのだろう。

 無難に「よろしくお願いいたしますわ」か。……短すぎるだろうか。でもダニエルは口下手だから短いくらいでちょうど良いのかもしれない。


「えー……っと」


 目立つ赤毛のツンツン頭を探すが、どこにもダニエルの姿が見当たらない。公式設定でのダニエルの身長は確か百八十五センチで、ギルベルト団長に次ぐ長身だ。だからすぐに見つかるだろうと踏んでいたが……。


「い、いない……」


 いやいや、よく思い出せ……。ナシュカ様はパーティ初日でダニエルと会うシーンがあったはず。その場所は──。


 ──会場の外の木の上だ!


 どうりでホールにいないわけだ。確かゲームでは二階のバルコニーに涼みに行ったナシュカ様が、木の上にダニエルがいるのを見つけていた。

 ナシュカ様はもうダニエルに会った後だろうか。ダニエルの初回登場シーンにルルベルはいないから、鉢合わせないようにしないと。

 慣れないヒールで階段を上がり、二階の吹き抜けの通路へと。ふかふかのレッドカーペットを踏み締めて階段からほど近いバルコニーに出ると、そこにはナシュカ様の姿は無かった。


 良かった。もうダニエルとのイベントは終わった後か。


 ダニエルはまだ木の上に残っていないだろうか。そう思い、柵から少し身を乗り出す。


「あ」

「……あっ」


 つい、声が出た。

 目に入ったのは、木の上で仲良く料理を分け合っているダニエルとナシュカ様の姿だった。……しまった。まだイベント中だったか。気まずそうなナシュカ様の咳払いが聞こえる。


「ん゛ん゛っ……いや、ルルベル殿。すまない。行儀が悪いのは分かる。だが肉はこうして食べるのが一番美味いんだ」


 クリスマスに食べるターキーのような肉を持って、ナシュカ様はそう言った。口の端にソースが付いているが、そんなナシュカ様も素敵だ。


「俺も、ナイフで細かく切るよりこうして食べる方が好きです」


 肉の削げた骨を皿に二本乗せてそう話すのは、私が探していたダニエルだ。

 ゲームでも確かに「お一ついかがですか」とナシュカ様に肉を分けるシーンはあった。あったが、まさか木の上で一緒に食べていたとは思いもよらなかった。てっきりナシュカ様はバルコニーで食べていたものだと……。


「あ……すみません。俺はダニエル・フォン・ヘルマンド、です。……よろしくお願いします」

「る、ルルベルですわ。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。ヘルマンド卿」

「はい」

「……」

「……」


 か、会話が続かない……。ダニエルはあまり社交的な方ではなく、パーティだというのに場外で出会うことが多い。幼馴染であるナシュカ様とはそれなりに話すが、それ以外に対してはかなり無口だ。

 深い緑色のタレ目と目が合うと、「あの」と控えめに声をかけられた。


「お一つ、いりますか?」

「えっ?」

「お肉……」

「そうだな、ルルベル殿もこちらに来るといい。ああ、枝の心配はしなくていいぞ。フリーゼ家の木々はどれも立派だからな」

「えっ?!」


 ナシュカ様が自身の隣をとんとんと叩く。それは、そこに座れということだろうか。

 も、物凄くご一緒したい。でもいいのかな……? ゲームのシナリオに無かったことして……。


「……もしかしてそこから飛び降りるのが怖いのか?」

「え?」


 言うや否や、ナシュカ様は手に持っていた肉を一度皿に戻し、紙ナプキンで手と口を拭く。そうしてしっかりとした材質の黒の手袋をはめると、枝を蹴って更に上の枝へ飛び移った。枝から枝へ。そうして最後に一際勢いよく枝を蹴って──飛んだ。


「な、ナシュカ様!」

「ッふ! ……よし。存外簡単に届くものだな」

「あ、危ないですわ……!」


 バルコニーの柵に捕まったナシュカ様は、そのまま反動を付けてバルコニーに乗り上げる。失敗して落ちる懸念など、毛ほどもしていないのだろう。自信に溢れたその態度に、心臓も無いのにドキドキする。


「さあ、ルルベル殿」


 ナシュカ様がこちらに手を差し伸べている。お手を要求された犬のように何も疑わずにそこに手を重ねると、ナシュカ様はその手を引いて私を抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこだ。


「な、なななナシュ、ナシュカ様?!」

「掴まっていてくれ。なに、心配はいらん」

「ルルベル様。ナシュカ様は体幹が強いので、大丈夫ですよ」


 体幹が強いとかそういうことではなく! む、胸が! ナシュカ様の豊満な胸が……! 顔に!


「行くぞ」


 柵を蹴り、斜め前方に落下していく。ナシュカ様は先ほどまで座っていた一番太い枝に着地すると、つま先で勢いを殺して上手く制止した。

 人間の身で躊躇いなくこんなことができるなんて、本当にナシュカ様は大物だ。


「大丈夫か?」

「は、はひ……」

「相変わらず木に移るのお上手ですね」

「お前こそ。この間うちの三階まで上がってきただろう」

「はい、特に用もないのに正門から入って良いのかわからなかったので」

「気にせず正門から入れ。そのうち捕まるぞ」


 ……基準が化け物すぎる。

 ヘルマンド侯爵家は軍人を輩出してはいるものの、フリーゼ家のような完全な武闘派ではない。しかし幼少期をナシュカ様と過ごしたことで、ダニエルの目標はナシュカ様になった。ナシュカ様に憧れ、いずれはナシュカ様より強くなる。そのために毎日訓練を欠かさないストイックな男なのだ。


「な、仲がよろしいのですね……」

「ああ、フリーゼ家とヘルマンド家の付き合いは長いからな。ダニエルも弟のようなものだ。それよりルルベル殿、肉類は食べれるか?」


 弟、と言われ、ダニエルは一瞬眉を寄せる。しかしナシュカ様はそれには気付かず、隣に座る私に顔の半分ほどの大きさのターキーを差し出した。少し大きいが、魔族の身体は人間の食べ物で腹が膨れることはない。食べ切ることは可能だろう。


「た、食べれますわ」


 布が巻かれた持ち手をしっかりと握って、香ばしい香りの鶏肉にかぶり付く。肉汁が溢れるのを啜り、どうにか噛みちぎると鶏肉には小さなへこみができた。


「ふ、ふふ……っ、ルルベル殿は一口が随分小さいのだな」

「うさぎが齧った後みたいですね」


 口々にそう言われ、改めて手元を見るとなるほど確かに一口が小さい。虫食い穴のようなそれは、うさぎか何かが齧ったと言われても納得してしまうような大きさだ。


「ふふ……っ、本当ですわね。いつも小さく切って食べていたから、気付きませんでしたわ」

「だが、小さくとも食べたからには共犯だ。ルルベル殿、ここで私たちが行儀の悪いことをしたのは三人だけの秘密だぞ」


 ナシュカ様は口の前に人差し指を立て、空色のつり目を弧にしてくすりと笑う。強く気高いナシュカ様の少し悪戯っぽい一面は、どんな相手も一目で恋に落とすほど魅力的だった。



「はぁ、食べた食べた。やはりテーブルマナーを気にせんで食べると満足感が違うな」

「すごく良い食べっぷりでしたわ」


 木から降り、城へと戻る道中。会場に戻るのを渋ったダニエルを置いてきたため、私とナシュカ様は二人きりだった。


 これは……誰狙いなのかを聞き出すチャンスかもしれない。

 ナシュカ様がどのルートに行くかによって、ルルベルの行動も少し変わる。ゲーム通りに物事を進めるなら、ナシュカ様の気になっている相手が誰か把握しておく必要があるだろう。


「ふ、フリーゼ公爵令嬢様……」

「ナシュカで良い。さっきはそう呼んでくれていただろう?」

「は、はい……その、ナシュカ様。今回のパーティで、その、気になる男性の方など……いらっしゃいますの?」

「気になる男性……?」


 そう尋ねるとナシュカ様は顎に手を当てて「ふむ……」と唸った。


「た、たとえばリンハルト殿下とか」

「リンハルト殿下? いや、殿下に気になるところはないな」

「じゃ、じゃあギルベルト団長……」

「あいつは気になるな……まったく、パーティに剣など持ち込んで……」

「……えーっと、ヘルマンド卿は」

「私は特に気にならないが……彼は他の令嬢たちから見れば目立つかもしれないな」


 こ、これは……もう好きとかそういう段階じゃない。

 全く意識していない……。ナシュカ様の返答から察するに、そもそも彼らをそういう対象として見ていないのだろう。


 ……ということは今日会っていないヴルフルートに行く可能性が高い?

 そんなことを悶々と考えていると、ナシュカ様は「ああ」と思い付いたように声を上げた。


「気になるというわけではないんだが、魔族代表のグレイ殿はすごいな。社交も完璧で、ダンスも見事だった。一体どこで学んだのだろうな……」

「え……グレイ、ですか……?」

「ああ。それに真面目で話も建設的で……どうした? なんだか顔色が優れないが……?」

「い、いえ……何でもない、ですわ……」


 これはもしかして……グレイが一番好感度が高い? いや、魔族相手に話しているから忖度している可能性もある。だがナシュカ様が忖度なんて真似をするだろうか。

 ……まずい。これはどうにかしなくては。


 グレイルートの聖母然としたナシュカ様も素敵だが、やはり私は太陽のように目を焼くほどの輝きを放つナシュカ様が一番好きだ。ハッピーエンドが無い上に表情に陰りの多いグレイルートになんて、グレイルートになんて……!

 絶対ダメ……!


「ぐ、グレイは……ああ見えて少し抜けてるところがありますよ……!」

「そうなのか?」

「庭で寝たりとか……」

「私もたまにやるな」

「外出しない日は一日中寝癖が付いてたり」

「ほう、案外愛嬌があるんだな」


 ああ……っ! 何を言ってもグレイの好感度が上がっていく……!


「次回のパーティも楽しみだ。グレイ殿にもそう伝えておいてくれ」

「は……はい……」

「ではルルベル殿、私はここで」

「はい……また……」


 ホールの雑踏に紛れていくナシュカ様を見送りながら、私はエントランスで一人、立ち尽くした。

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