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第4話 ゲーム通りに


 城の外に出ると、夜風が顔に当たる。年中吹雪のシュカリオンと違って、六月のディグニスの風は暖かい。

 気持ち良さに目を細めていると、頭上から冷たい声が降り注いだ。


「どういうつもりなのかな?」


 ひ、と背筋が凍りつく。……グレイのこの言葉は、先ほどの私の態度について言っているのだろう。


「昨日まで完璧だったよね?」

「はい……。ただ、その、緊張で……」

「不快に思われていないのだけが救いだよ。フリーゼ公爵令嬢が寛容な方で良かった」


 グレイは小さくため息を吐くと、改まるように私に向き直った。


「……俺たち魔族は完璧でなければならないんだよ。少なくとも、この場では」

「……はい」

「分かってると思うけど、今日のパーティにはディグニスの要人も参加している。くれぐれも粗相が無いようにね」


 グレイの言う通り、"ディグニス異種族交流会"にはディグニス国の王子を始めとした要人が参加している。

 魔族がいるというのに要人が揃ってこの交流会に参加しているのは、彼らもまた魔族との戦争を避けたいからに他ならなかった。当然だ。国防を担うフリーゼ家の騎士団全勢力を持ってしても、やっとルルベルとグレイの二人を倒せるかどうかなのだから。ゲームではどうにかルルベルとグレイを撃退するが、戦争の舞台となった街の被害は甚大だった。

 この交流会が国防の要であるフリーゼ家で開催されているのも、「ここであればフリーゼ家とその騎士団が常駐していますから。魔族が居ても皆さん安心できるでしょう」とグレイが提案したからだ。会場がここでなければ、パーティの開催許可も降りなかったかもしれない。私たち魔族にとっては敵の巣窟みたいなものだが、それでもここを提案したのは正解だったのだろう。


「特に、フリーゼ公爵令嬢には心証を良くしておかないと」

「……ディグニス側の戦力を下げるため、ですか?」


 小さくそう尋ねると、グレイはくすりと笑って耳元に口を寄せた。


「分かっているじゃないか。そうだよ、彼女はフリーゼ家の優秀な跡取りだからね。彼女が俺を好きになってくれたら……もしくは結婚でもしてくれたら、向こうも迂闊にこちらに攻撃できなくなるでしょ?」


 囁くように話すグレイの声色は、内容に反して明るかった。計算高くて冷徹で、それなのに明るくて、無性に恐ろしかった。


「さ、君にも働いてもらうよルルベル。君にはできればリンハルト殿下か、ギルベルト騎士団長……ああ、ヘルマンド卿でもいいな。うん、その三人あたりに取り入ってもらえると助かるな」


 今名前が上がったのは、全員ゲームでの攻略対象キャラクターだ。まさかこんなにピンポイントでご指名が入るとは。


 無茶なことを簡単に言う人だ。

 しかしギルベルト団長ルートとリンハルト王子ルートでやたらとルルベルが邪魔をしてきた理由がよく分かった。こうして裏でグレイに指示されていたのか。

 でも、最後のダニエル・ヘルマンドは……確かゲームではそこまでルルベルと接点が無かったような……。


「……努力いたしますわ」

「うん。さっきみたいに緊張しないようにね」


 初めは付き添ってあげようか? というグレイの提案を断ると、私は一人城内へと戻った。

 戻った先ではゾーイが他の貴族の女性と話しているのが見えた。


「お姉様方、テーブルの真ん中のデザートを取っていただけませんか? 僕は背が低くて……」

「まあ、可愛い坊や。どれが良いかしら。苺のケーキ? タルトもあるわよ」

「チョコレートもあるわ。お姉さんが取ってあげる」

「わあ、ありがとうございます。僕、甘い物が大好きなんです」


 ……ゾーイ、少年の姿を最大限利用しているな。

 ホームで顔を合わせた時とはまるで別人のように猫を被ったその声に、「うわ」と喉まで出かかった声を押し留める。

 いけないいけない。ゾーイだって仕事でやっているんだから。

 むしろあそこまで猫を被れるプロ根性を、私も見習うべきなのかもしれない。


 ……グレイに言われた通り、まずはギルベルト団長とリンハルト王子のところに行こう。確かゲームの進行では二人は階段の裏の廊下で話し込んでいたはずだ。



 やっぱりいた。

 ホールの先の廊下、その入り口に二人の影が見える。整った金髪に穏やかな緑の瞳の青年と、体格の良い短い黒髪の男性。間違いない。リンハルト王子とギルベルト団長だ。

 階段と柱の隙間に隠れて様子を伺うと、会話の内容が聞き取れた。


「フリーゼ公爵が許可したとはいえ、まさかこの城に魔族を入れることになるとは」

「……ギルベルト。あなたの不安も分かるが、私は良い機会だと思う。今の膠着(こうちゃく)状態は、おそらくもう長くは続かない。向こうの気が変わって戦争になる前に、魔族たちと友好関係を築くべきだ」

「ですがリンハルト殿下。このパーティも戦争の下準備の一つだという可能性は看過できません」


 ……ゲームと全く同じ話だが、こうして魔族の立場で聞くと耳の痛い話だ。リンハルト王子の言葉は優しいが、ギルベルト団長の懸念は正しい。


 ──ディグニスには魔族と人間の負の歴史がある。


 二百年ほど前、一部の魔族による民間人の大量虐殺があったのだ。


 首謀者の魔族は兵士たちの膨大な命と引き換えに遂に討ち倒されることとなったが、それを皮切りに人間と魔族の関係は一気に悪化。罪のない魔族までもが迫害を受け、時には魔族狩りとして有無を言わさず殺された。

 魔力の巡るディグニスの地で自然発生し続ける魔族たちは、次第に故郷を離れ、人のいない極寒の島であるシュカリオンへと移住していった。そうして、今の膠着(こうちゃく)状態。

 ……ディグ戦では、誰のルートに行っても結局魔族との根本的な問題解決には至らない。釈然としない部分はあるが、そう簡単に解決するようなものではないということなのだろう。


 一通り話を聞き終わり、さてどうしようかと目を瞑る。

 ゲームでは、今の話の後にナシュカ様が入ってきて、その後にルルベルも合流する形のはず。できればナシュカ様の登場を待って、ゲーム通りの進行をしたいところだけど……。


「おい」

「ヒッ!」


 突如背後からかけられた声に、思わず肩が上がる。振り返ればそこにはナシュカ様が立っていた。


「な、ナシュ、フリーゼ公爵令嬢様……」

「何故そんな所にいるんだ。出れなくなってしまったのか?」

「で、出れましゅわ……」

「それなら良かった。しかしすごいな、私ならそんな隙間に入れないぞ」


 確かに階段と柱の間はかなり狭く、ルルベルの薄い体型でなければ通り抜けるのは困難だろう。


「フリーゼ公爵令嬢様は、その、スタイルが大変よろしいので……」

「世辞は良い。男のような体躯だと笑ってくれて良いのだぞ」

「そ……! そんなことありませんわ!」


 思ったより、大きな声が出た。ハッとして声を潜めるが、私はナシュカ様にそんな自虐をしてほしくなくて小さな声で続けた。


「フリーゼ公爵令嬢様はとても素敵ですわ。背が高くて、青いドレスとコサージュも金髪を引き立たせていてすごくよく似合っていますし、それにその…………優しくて、かっこよくて……大好き、ですわ」


 最後の方はほとんど声になっていなかったかもしれない。しかしナシュカ様は私の話を最後まで聞くと、にこりと笑って頭を撫でた。


「ありがとう、ルルベル殿。そのように言われたことは無かったから、嬉しいよ」

「ひ、はい……」


 て、手つきが優しい……! 白骨化するまで一生こうされていたい……。


 胸元に黒いブローチの付いた菫色のドレスを両手でぎゅ、と握り、どうにか気絶するのを耐えていると、ナシュカ様の元に先ほどの二人がやってきた。


「どうされました? 大きい声が聞こえましたが」

「ああ、リンハルト殿下。いや、なに。こちらのルルベル殿と少し話をな」

「おや、その銀髪……魔族側の参加者か。私はリンハルト・フォン・シュタイン。この機に魔族との親交を深めたいと思い参加した。よろしく、ルルベル」


 柔らかく、優しい声だ。魔族嫌いの王室に生まれてなお、この純粋さ。

 このパーティに来たのが感情が無に等しいルルベルでなければ、このまま普通にリンハルト王子を好きになっていたかもしれない。


「こちらこそ、このような機会をいただけて光栄ですわ。どうかこれから半年間、よろしくお願いいたします、リンハルト殿下」


 練習した通りの台詞を吐いてカーテシーをする。よかった、ナシュカ様以外ならどうにか平静を取り繕えそうだ。すぐ隣にいるナシュカ様の方を少しでも意識するとまた台詞を忘れてしまうので、そちらは見ずにリンハルト王子の背後の人物を見据える。


 黒髪に青のつり目。目付きが悪く、威圧感すら感じるその体躯に一瞬怯むも、私はギルベルト団長にも声をかけた。


「……そちらの騎士団長様も。私たち魔族の来訪でお仕事を増やしてしまってごめんなさい。でも、せっかくの機会ですから、良い関係を築けると嬉しいですわ」

「あ、ああ……」


 ギルベルトは先ほど魔族を危険視するような話をしていたせいか、どこかばつが悪そうに返事をすると、咳払いを一つ落として改まった。


「……ギルベルト・アグネスです。あくまでナシュカ様、リンハルト様の護衛という形での参加になりますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「おいギルベルト。何度も言うが殿下はともかく、私に護衛は不要だ」

「……そうはいきません」


 ギルベルト団長はナシュカ様より十歳以上歳上で、ナシュカ様の武芸の師でもある。幼少の頃よりナシュカ様を見てきたせいか、彼は案外過保護だ。

 ゲームでも、過保護な言動やかつての思い出話をしてはナシュカ様に止められるというシーンが多かった。それだけナシュカ様が大事なのだろう。


「大体、交流会であるこの場に護衛なんぞを付けるのは失礼に当たるから止めろと、父上にも言ったはずなのだがな」

「その父君からの命です」

「まったく……揃いも揃って……」


 ナシュカ様は右手で眉間に手をやると、大きくため息を吐いた。


「すまないなルルベル殿。あなた方は我々の安心のために人数も制限して、魔力もできるだけ弱い者ばかりが参加しているというのに……こちらばかりが武装していて誠に申し訳ない」

「い、いえ……そんな……」


 これは……ゲームには無かった話だ。

 魔力が弱い者ばかり参加している、とはグレイが言ったのだろうか。

 ……とんだ大嘘を吐いたな。

 ここに来ている魔族は六人で、グレイ、ルルベル、ゾーイ、あとは所謂モブキャラクターが三人。そしてその六人全員が──。


 ──見目の良い人間の形をしていて、魔力の強い者。


 もっとも、グレイとルルベルが桁違いに強いせいで他の四人は弱く見えてしまうが、それでも人間に比べれば相当なものだ。

 武装していることを謝罪するナシュカ様に、罪悪感が芽生えていく。しかしこの事実を口にしたら、できたばかりの信頼関係など一瞬で瓦解するだろう。


 い、言えない……絶対に。


 騙していることに罪悪感はあったが、本当のことを言ったらゲームの進行に大きく影響しそうなので、私は黙り込んだ。

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