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第30話 捜す者と捜される者



 ナシュカ様が監禁されるなんて展開は、ゲームのヴルフルートには無かった。


 ゲームでは話し合いこそ上手くいかないものの、その原因がパーティ、つまりは魔族には無いことから監禁まではされなかった。ただ店に行くのを禁止され、ヴルフの店には口封じのための刺客が送られてくる(もっともヴルフはそれを見越して店を発っていたため無事だったが)。それだけだった。

 なのに……。


『しばらくは部屋から出すな』


 まさかこんなことになるなんて。

 下手にこちらから干渉するのも危険かと思って、最初は様子を見ていたけれど。


『はは、ダニエルのやつはすごいな。どうやってここまで登ってきたんだか』


『ここから降りたなんて知ったら、肝を抜かすかもしれんな』


 ──ま、まさか三階から飛び降りようとしていらっしゃる?!


 ネックレスから聞こえてくる不穏な声によって不安がはち切れた私は、グレイが止めるのも聞かずにフリーゼ家の中庭へと魔法で移動した。

 彼女の動向を聞くに、幸い彼女は飛び降りようとしていたわけでは無かったらしく、私はほっと息を吐いた。それでも万が一ということもある。私は衛兵に見つからないように隠れながら、ナシュカ様の部屋のある辺りまで駆けた。


 そしてようやく辿り着くと思ったその時、ナシュカ様の勇ましいお声が聞こえたのだ。


「どうにかなれ!!」


 あっ。飛んだな。


 見えていた訳ではなかったけれど、声でそう確信した。

 私は走った。そして視界に落下物が目に入った瞬間、魔法の呪文を唱えた。


「"コールッ"!!!」


 こうして、私はギリギリ間に合った。本当にギリギリだった。

 ナシュカ様には、「どうにかなれ!」でどうにかならない場合もあることを後で教えた方が良いのかもしれない。


「はぁ……」


 ヴルフの店の前で、こっそりため息を吐く。

 ここに至るまでのことを思い出すと、本当に頭が痛い。どうしてこの人はこんなに無茶をしてしまうのか……。前の人生では彼女のそんなところを推していたけれど、一人の人として愛してしまってからはこの"無茶をする"という点は恐怖でしかなかった。


 私たちはそのまま隠れるようにして店に入ると、今後について話し合った。

 まず、秘密を他言したヴルフはこれから刺客が来る可能性に備えて常にグレイと行動。そしておそらく捜索されるであろうナシュカ様は昼間は極力店の中でゾーイと待機。私とチャッピーとワタは普段と何も変わらずお店の営業を継続。

 部屋割りは少し変更するが、怪しまれないよういつも通りに過ごす。それが最終案だった。


「でも……私、さっき傭兵に姿を見られましたわ」

「距離は?」

「少なくとも十メートルは離れていた」

「それなら暗闇の中ですし、よくは見えていなかったはずです。ルルベル様は誰に何を聞かれてもシラを切ってください。フリーゼ公爵令嬢と親しかったあなたが急に姿を見せなくなった方が、余計に怪しいですから」


 確かにそうかもしれない。

 私は納得すると、彼の案に乗った。ゾーイは「なんでお嬢様のためにこんな面倒なことしないといけないわけ?」と体裁を保つこともせずに言い放った。ナシュカ様がもうパーティに出席することはないと理解しての狼藉だった。しかしナシュカ様は特に気分を害した様子もなく、頭を下げた。


「すまないな、ゾーイ殿。本当に面倒をかける。ゾーイ殿だけでなくここにいる全員にも、謝罪させてくれ。あなた方を危険に晒すことになってしまって、本当にすまない」

「いや……別にそこまで謝って欲しかったわけじゃないから……。ていうか、ルルベルは良いの? この人間のことお気に入りだったんでしょ? 僕と役割変わった方がいいんじゃない?」

「私は……いざって時に使える魔法が少なすぎますわ」

「……ふぅん。じゃ、このままでいいよ」


 ゾーイはテーブルに肘を付くと、ナシュカ様に「今日からよろしく」とぶっきらぼうに言った。なんだかんだで彼も随分丸くなったものだ。



 夜中。ナシュカ様は私を自身のベッドに招いた。


 誰かに側にいてほしい。そう言ったナシュカ様の姿は、不安げだった。

 無理もない。突如追われる身となって、頼れるのはごく数人だけともなれば不安にだってなるだろう。

 私は彼女を抱きしめると、安心させるように背中をとんとんと叩いた。


「大丈夫ですよ、ナシュカ様。何かあっても私たちがいますわ」

「……だが、あなた方に無理をさせていないか? あなた方は、魔力が少ないのだろう?」

「…………ごめんなさい、ナシュカ様。あなたの信頼を裏切ってしまうかもしれませんけど、本当のことをお話しいたしますわ」


 私は彼女に話した。

 パーティの参加者は本当は魔力が強いことも。ナシュカ様のネックレスを盗聴器にしていたことも。全て。

 ナシュカ様はそれらを「うん、うん」と聞くと、最後に小さく笑った。


「……今それを明かすのは、少しずるいな」

「本当に返す言葉もありませんわ……」

「だが、もっと早くに知っていても、幻滅はしなかっただろう。魔力の少ない者をこちらに送るのはあなた方にとってはリスクでしかないからな」

「それでも、やっぱり悪いことをしましたわ。私生活の覗き見とか……」

「それは……まあ、正直良い気はしなかったが……だが、それのおかげでルルベル殿が助けに来てくれたんだ。あって良かったよ」


 背中に回されたナシュカ様の手が、宥めるように私の背中をさする。


「助けてくれてありがとう、ルルベル殿」

「……ええ。ナシュカ様も、無事で本当に良かったですわ」


 ベッドの中で二人抱き合っているうち、徐々にナシュカ様の腕の力が抜けてきた。微睡んでいるのだろう。私も、このまま……。

 そう思い目を閉じた時だった。


「開けろ! 誰かいるか!」


 玄関扉を叩く音と、男の怒号が響いた。

 私もナシュカ様も飛び起きて、部屋の扉のすぐ近くに座る。それからすぐ、通信用にと左耳に付けていたグレイのピアスから、彼の声が流れ込んできた。


『俺とヴルフが対応する。ルルベル達は指示があるまでそこを動かないで。ゾーイは二人の部屋に移動』

『了解ですわ』

『了解』


 右耳からはゾーイの声も聞こえてくる。今私たち三人は、左右にそれぞれ二人分のピアスを付けていた。これは集中力と魔力を要する高度な魔法で、歳若く魔力の少ないワタやチャッピーには難しい。

 だから二匹には客間──今はグレイとヴルフの部屋になっている──に居てもらい、直接グレイから指示を得ていた。


 程なくしてゾーイが私たちの部屋にやってくると、彼は無詠唱でナシュカ様の姿を周りからは見えないようにした。これは、私にはできない魔法だ。

 まだ魔法を学び始めて五ヶ月程度の私は、使える魔法がかなり限定されていた。この魔法もグレイから習うには習ったが、上手くいかずに対象物を見えなくするどころか完全に消してしまう始末だった。


 ……ゾーイはすごいな。魔力はグレイより少なくても、コントロールは完璧だ。

 彼の魔法の出来の良さに感心していると、やがて左耳に玄関扉が開かれる音が響いた。


『フリーゼ公爵令嬢がこちらに来ていないか?』

『え、いいえ……どうかしたのですか?』

『しらばっくれるな! ここにいるはずだと公爵から仰せ使っているのだぞ!』

『ですから、本当に知らないですって。大体こんな夜中に公爵令嬢が何の用で来るって言うんですか』

『……っ、目撃者の話では魔族と一緒に消えたと聞いている。この辺で魔族がいるなんて、貴様の店以外に無いだろう!』

『確かにうちには魔族が居ますけど……でも全員家に居ましたよ?』

『……全員ここに呼べ』


 その後も問答は続いたが、結局衛兵の頑固さに根負けした。ということにして、ヴルフは階段下から私たちを呼んだ。

 私とゾーイ、客間にいたチャッピーとワタ、そして透明なナシュカ様が全員揃って玄関に出ると、今度は衛兵の一人が店内へと入っていった。


「ちょっとちょっと、困りますよ強盗は」

「何も盗まん! 中を改めさせてもらうだけだ!」


 しかし当のナシュカ様は今私の横に立っているわけで、当然店内のどこを探したって見つかるはずもない。三十分ほど経って再び玄関を潜った衛兵は、首を横に振ると信じられないとでも言いたげな声で「本当にいないぞ」と言った。


「……公爵令嬢をどこに隠した?」

「どこも何も、だから知りませんってば。大体いつから居なくなっちゃったんですか?」

「それは貴様には関係の無いことだ」

「えぇ……勝手に家の中調べておいてそれはちょっとあんまりじゃありませんか?」

「…………はあ。おい、帰るぞ」


 ヴルフの相手が面倒になったのを隠しもせず、不愉快そうな声色で衛兵達は去っていった。


 しかし翌日、衛兵よりもっと厄介そうな相手がやってきた。


「い、いらっしゃいませ。ギルベルト団長……」


 部下を五人連れたギルベルト団長は、店内をきょろきょろと見渡した後、私を見下ろした。


「ナシュカ様を見ていないか?」

「……昨日も同じことを言う人が来ましたわ。あの、ナシュカ様はどうなさったんですの?」

「……家出なされたのだ」

「ええっ?! い、今どこにいるんですの?!」

「……ここにいると思って来たのだが、その反応を見る限りでは本当に知らないようだな」


 五ヶ月間磨いた演技力は、ギルベルト団長を騙せる程度のレベルにはなっていたらしい。私は内心安堵するも、気を抜かずに話を続けた。


「あの、貴族の方が家出……ってそんなに気軽にできるものなんですの?」

「できるわけがないだろう。ここへの外泊だって公爵の目を盗んでやっているくらいだ」

「じゃあ、どうしてナシュカ様は……」

「……思い当たる節はあるが。はぁ、あの方も大概頑固だからな。一度決めたからには、しばらくは帰らないだろう」

「……でも、心配ですわね。ご飯とか、ちゃんと食べれているといいのですけど」

「いや、ここに来ていないとなると御身も心配だ。……ここにいるのなら、百歩譲って見つからなかったことにして帰ろうと思っていたが……」


 意外なことに、ギルベルト団長は譲歩の姿勢を見せていた。あの心配性で過保護なギルベルト団長がここまで言うということは、彼なりにナシュカ様の境遇については思うところがあったのかもしれない。


「……貴様が本当に何も知らないのなら、家出ではなく誘拐の可能性が出てきたな」

「ゆ、誘拐?! どういうことなんですの?! 家出じゃなかったんですの?」

「……昨夜、城の外で魔族と共に消えたとの目撃情報があった。てっきり貴様に手引きしてもらったんだと思っていたんだがな」

「知りません、でしたわ……」

「なら良い。……邪魔をしたな」


 そう言うと、ギルベルト団長は私に背を向ける。そのまま長い脚で一歩踏み出したところで、再びこちらを振り返った。


「……万一ここにナシュカ様が来ることがあれば、その時はフリーゼ城ではなく私宛に手紙を送れ」

「え……?」

「ではな」


 もう一度背中を向けると、ギルベルト団長は今度こそ去っていった。どうやら彼自身は、今回のナシュカ様の家出を見逃してくれる心算のようだ。

 夜になってナシュカ様にそれを伝えると、彼女は驚いて両目を見開いた後、朗らかな笑みを浮かべた。


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