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第16.5話 フリーゼ家の暗部


 さて、何からお話ししましょうか。そうだ。では改めて自己紹介から。

 自分はヴルフ・グッドマン。

 この姓名は母から付けてもらいました。父? 父はいません。まあ、妻を殺して息子の右目を抉るような男を「父」と呼べるのであれば、一応いますが。


 コホン。失礼、話が逸れました。


 ともかく、自分は誠実な母と、クソったれな男の間に誕生した可愛らしい赤子だったのです。そして自分の隣にはもう一人、自分とそっくりの顔をした赤子がおりました。双子というそうです。

 双子はそっくりなこともあれば似ていないこともあるそうですが、自分たちはとてもよく似ていたように思います。


 ──髪の色を除いて。


 実は自分、今は染めているのですが元々は白髪なんです。銀髪白髪は魔族の証ともされているこの国では、これは由々しき事態でした。

 後で調べて知ったのですが、人間にも稀に白髪や銀髪の子どもが生まれることがあるそうです。もっとも、彼らは大人になる前に殺されるので、生き証人は今のところ自分しかおりませんが。


 え? 何故自分は生きているのかって?


 それは、まあ、愛というやつですね。母が自分を庇ったのですよ。

 産後でろくに動けもしないのに。槍を持ち自分を殺そうとしたあの忌々しい男に、勇敢に立ち向かって。

 ナイフの底で股間を思い切り突いてやったから、もうあの男は使い物にならないだろう。母はあの日のことをそう笑って話していました。強い女性でした。


 母は片腕を深く切りましたが、命からがら城から逃げ延びることができました。そうして私を連れて街へ降り、知り合いの商家に身を寄せました。母は自慢の綺麗な金髪をジャキジャキと切ると、痺れた指で金のかつらを作って自分に乗せました。自分がどうにか大人になれたのは、このかつらのおかげと言っても過言ではないでしょう。

 今はもうサイズが合わないので使っていませんが、母の唯一の形見でもあるので、大切にしまっているのですよ。見ますか? はは、そんな顔をしないでください。


 ともかく、自分はどうにか髪の色を隠しながら生活できていました。

 しかし男の子というものは、六歳にもなると周りのことなど見えなくなって体力の続く限り駆け回る生き物なのです。自分も例外ではなく、近所の悪ガキ連中と遊び回って──


 ──かつらを落としてしまったのです。


 母から「これは絶対外すな」と言い付けられてはいたものの、子どもの自分にその真意までは理解できませんでした。

 ですが髪の色がばれてしまったその日、自分は何故母が何度もそう言ったのかをはっきりと理解しました。


「おい! こいつ髪が白だ! 化け物!」

「騙して俺たちを殺す気だったんだろ!」

「どっか行け!」

「ガキだし俺たちでも殺せるんじゃないか?」

「殺せ!」


 ひどい言われようでした。一秒前まで普通に仲良く遊んでいたはずなのに、人間とは恐ろしいものです。

 石を投げられ、棒で殴られ。自分は身を守ろうと背を丸めて亀のように小さくなりましたが、甲羅は無いので蹴られれば痛かったです。きっと母が止めに入らなかったら死んでいたことでしょう。

 ですがその日から、自分たち親子を取り囲む環境は一変しました。まず、町には出られません。かつらを被っていようと引っぺがされ、母も化け物だと髪を引きちぎられました。人の噂とは早いものですね。


 この世はクソ。

 齢たったの六歳にして自分はそう学びました。


 自分たちを匿ってくれていた商家の夫婦だけは優しくしてくれましたが、優しい彼らにこれ以上面倒をかけるわけにもいかず、自分と母は夜更け過ぎにその町を出ました。


 馬車に乗る金など無かったもので、徒歩でした。誰も自分達を知らない町へと、歩いて、歩いて、歩いて。ようやく辿り着く頃には母も自分もだいぶ衰弱しておりました。

 なにせ食料を買う金もほとんど無かったのです。商家で食わせてもらっていた飯が恋しくなって、母に泣きついたこともありました。しかし泣きついたところで飯は出てきません。当然ですよね。

 働かざるもの食うべからず。とはよく言ったもので、母は気丈にも日雇いの仕事をいくつか掛け持ち、少ない報酬でその日その日の食事をどうにか工面してくれていました。


 そんな日が続き、ヴルフ少年は無事七歳になりました。この頃から、自分も母の仕事を少し手伝うようになりました。

 貧しく慌ただしい日々でしたが、まあそこそこ幸せでした。殴られることも石を投げつけられることもありませんでしたから。


 ですが、そんな日常はある日突然終わりを迎えます。


 あの男が家にやって来たのです。

 生まれたその日以来見ていない顔でしたので、自分は初め、それが誰なのか分かりませんでした。ですが男の顔を見た母の様子から、これは只事ではないとは察しが付きました。

 男がどうやってこの家に辿り着いたかは分かりませんが、まあ、ありえなくはない話です。あちこちにフリーゼ公爵夫人の捜索願いが貼られていましたし、自分達の家もフリーゼ領内でしたから。

 徒歩で簡単に抜けられるほど、フリーゼ領は狭くはないということです。


 さて、男がその日何と言ったかは、今でもよく覚えています。


「生きていたか」


 これだけです。七年ぶりに会った相手に言う言葉が、たったのこの一言。この一言のすぐ後に、自分は右目を失いました。

 男の槍が、自分の目を刺したのです。眼球はもうダメでした。それでも脳や他の部位が無事だったのは、やはり母が庇ったからでした。

 自分と男の間に割って入った母は、身体を貫かれながらも、自らを貫く槍を必死で掴んでおりました。そのおかげで私の眼球はそれ以上深く刺されることはなく、男もなかなか槍を引き抜けなかったので、逃げる隙が生まれました。


「逃げて!」


 最後に聞いた母の声は、悲痛な叫びでした。

 母を置いて一人逃げることに、罪悪感が無かったわけではありません。ですが、その時の自分は逃げることしかできませんでした。

 母との暮らしを思い返すと必ずあの叫び声を思い出してしまうので、自分はそのうち母との思い出を振り返るのをやめました。今はもう、姿も(おぼろ)げです。


 ──さて。それから五年。

 辺りを転々としながらも、自分は一端の商人の端くれとなっていました。愛想は良い方でしたし、なにぶん自分は優秀なもので、商人という仕事は合っていました。

 この頃、自分は髪を伸ばしていました。伸ばした髪を全て金色に染めると、母の面影があったからです。


 母によく似た顔で、髪で、服で。自分は自らあの忌々しい男のいる城へと向かいました。

 門番は快く場内に入れてくれました。自分の顔は母に似ているだけでなく、妹にも似ていましたから。間違えたのでしょう。


 そうして無事場内へと忍び込んだ自分は、ついにあの男の前へと踏み出たのです。


「殺すなんて酷いわ、あなた」


 声変わり前の自分の声は、母によく似ていました。男は一瞬青ざめたような顔をして後退りましたが、すぐに槍を持つと自分に掴みかかりました。


「この化け物が……今更何をしに来た……!」

「あなたが母の死を後悔しているのか見に来たのですよ。母を殺したあの日、本当は自分だけ殺すつもりだったのでしょう? そうでなければ、産後すぐ死んだことにして、母の捜索願いなども出さないはずですから。母を愛していましたか?」

「黙れ……! お前が、お前のせいで私は妻を……!」

「母は、とっくにあなたを愛してはいませんでしたよ。ただ、妹の身だけを案じていました。フリーゼ公爵令嬢は元気ですか?」


 この時の男といったら。酷い顔をして、すっかり意気消沈したといった風態で槍を手放しました。そうして自分を掴んでいた手を離すと、男は自分を母の墓へと案内しました。

 意外でした。

 きちんと墓を用意していることも、新鮮な花が添えられていることも。

 この男の中にも罪悪感というものがあったようで、自分は嬉しかったです。まあ、許す気は毛頭ありませんが。


 その後は母の死の全貌を黙っているという条件で、妹にも合わせてもらえました。

 眼帯以外は自分と瓜二つの妹は、泣きべそをかきながらもマメだらけの手で涙を拭っていました。


 哀れでした。


 こんな男の元に一人残されたこの子が。

 母に似て気丈な子でしたが、人というものはいつ壊れるか分からないものです。許容というコップの中にどれだけの苦悩が溜まっているかなど、傍目には分からない。分からないからこそ、溢れ出る前にあの忌々しい鳥籠から出してやりたいのですよ。


 その後も自分はちょくちょくフリーゼ城を訪れました。男への恐喝と、妹に会いに。


 妹はまだ何も知りません。いつかは言おうと思っているのですが、あの子がフリーゼ家を捨てる覚悟ができない限りは、言うつもりはありません。

 気に病んで、汚名を払拭しようと却って家に固執してしまう可能性がありますから。


 ねえ、ルルベル様。あなたはどう思いますか?

 妹は本当に家にいたままでいいって、今でも言えますか?


「わ、たしは……わからない、ですわ。ナシュカ様にとって、何が一番幸せなのか……」


 ルルベル様はそう言うと、俯いてしまった。

 魔族でありながら人間に対する嫌悪感が妙に薄いこの女は、妹に心から懐いているようだった。今も、妹の幸せを一番に考えているからこそ明確な答えを出せないのだろう。

 まあ、それでもいい。後ろ盾が無くなった時に妹の味方をしてくれるなら。


 それが魔族でも、人間でも。どっちでも、自分にとっては同じことなのだから。


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