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第9.5話 公爵令嬢の悩み事


「なあギルベルト、まだそこまで親しくない相手に贈り物をするのは迷惑か?」


 いつもと変わらぬ風景。日の高い午後の執務室。私は書類を睨みながら傍に立つ男に問いかけた。


「親しくない相手に……贈り物……?」


 その返答を聞いて、私は聞く相手を間違えたことに気付いた。しかし今、この執務室には私とギルベルトしかいないのだから仕方ない。実りある解答が期待できなくとも、まあ、いい。


「……そもそもお前、人に物を贈ったことはあるか?」

「部下の誕生日などには花や菓子を贈っております」

「……記念日でなく、もっと何でもない日に贈ったことは?」

「そうですね……ああ、訓練が激しかった日にはよくナシュカ様に菓子を渡して、父君から甘やかすなと怒られていました」


 ああ、そんなこともあったな。

 遠い過去が頭をよぎる。ギルベルトは昔から私に甘かった。もちろん訓練で手を抜くようなこともおべっかを口にすることも無かったが、それでも訓練以外では随分と甘い男だった。昔の話を口にする彼の声は、平時よりどこか明るい。


「私の話はいい。それ以外では?」

「ありません」

「…………はあ。お前も友人の一人くらい作れ」

「必要性を感じたことが無かったもので」


 きっぱりと言い切ったギルベルトは、今年で確か三十四だが未だに嫁もいなければ友人もろくにいない。私が言えたことではないが、彼は昔から武芸一辺倒で、恐ろしいほどに周りに興味がなかった。

 雇い主である父上やフリーゼ家には流石に一定の関心を持っているようだが、プライベートで誰かと一緒にいるところはほとんど見たことがない。

 ……本当に意味のない質問をしてしまったな。


「もういい。お前に聞いた私が馬鹿だった」

「……お力になれず申し訳ありません。しかし珍しいですね。ナシュカ様がそのようなことを聞くなんて。いつもヘルマンド卿や他のご友人たちには相談などせず贈られているではありませんか」


 確かにそうだ。今まで誰かに何かを贈るのに、何を贈るか迷うことはあっても贈ること自体を躊躇うことは無かった。

 ダニエルも今でこそ弟のように親しいが、初めはお互い言葉少なであった。それでも私は彼に何かを贈ることを躊躇ったことは無かったし、彼もいつも喜んで受け取っていた。


「……彼らは私が何をやっても断らないだろう? まあ、もちろん立場上断りにくいというのもあるかもしれんが……」

「それは、まあ。公爵家の令嬢からの贈り物ともなると、断りにくいかもしれませんね」

「そういえばお前も断ったことが無かったな」

「私はナシュカ様が公爵家の令嬢でなかったとしても断りませんよ」


 嬉しいことを言ってくれる。しかしそれはつまり、私とギルベルトが既に親しいからだ。令嬢でもないよく知らない娘からのプレゼントであれば、きっと彼は受け取らないだろう。


「はぁ……」

「…………贈り物をしても断られそうな相手なのですか?」

「既に断られた」

「失礼な輩ですね」

「そんなことない」


 先日のヴルフの店でのやりとりを思い出す。ルルベル殿はマフラーこそ嬉しそうに受け取ってくれたが、それ以上は何も受け取ろうとしなかった。目を輝かせながら店内を見ていたあの様子を見るに、商品に興味がないわけでもないだろうに。それでも彼女は断った。

 自分が魔族だから気を遣ってくれているのではと、思っているから。


「……少し誤解させてしまっただけだ。……魔族に対して罪悪感があるから、その罪滅ぼしに贈り物をしているのだと思われたようでな」


 魔族、という単語にギルベルトの眉間の皺が深くなる。仕事で日常的に魔族を殺している彼からすれば、私の行動はある種奇怪に映るのだろう。


「……失礼ですがナシュカ様、あまり彼らに深入りすべきでは……」

「ギルベルト。パーティの開催されている半年間だけでもいいから、その偏見は捨てろ。みっともない」

「……申し訳ありません」

「……私は自分の友人は自分で決める。そいつが誰で、出自が何であろうとな」

「ナシュカ様のそのお心は大変素晴らしいのですが、魔族に深入りするとお辛い想いをするのはナシュカ様ですよ。我々は魔族の討伐を止めるわけにはいかないのですから」


 その通りだ。私たちフリーゼ家が、騎士団が、明日から急に魔族の討伐を取りやめることはできない。私たちはパーティで魔族たちと親交を深める裏で、彼らの同胞を殺すことを、やめられないのだ。

 正直、ルルベル殿が言った「罪悪感」というものも多分にある。あるけれど、彼女に何かを贈りたいと思ったのは、それだけではないのだ。


「……分かっている」

「……ちなみに、魔族の方というのはどの……」

「ルルベル殿だ。菫色のドレスを着た小柄な娘がいたろ」

「ああ、あの方ですか」


 安心しましたとでも言わんばかりの顔だ。ここで出たのがルルベル殿ではなくグレイ殿の名前だったらまた小言を言われていたかもしれないな。

 ギルベルトは魔族以前に、男に対して厳しいから。グレイ殿は真面目で朗らかで良い方だが、ギルベルトに言わせると魔族が必死で人間のふりをしていて気味が悪いらしい。


「ルルベル殿も良い方だ。人間に慣れていないのか時々言葉がおぼつかなくなるが、愛嬌があって可愛らしい」

「はぁ」

「……昔敷地にいた白猫を覚えているか? あれに似ている」

「…………結構可愛がっていましたよね」


 ルルベル殿と話していると、あの突然現れて突然姿を消した紫の目の白猫を思い出す。まだ幼かった私はその猫をロージーと名付け、いたく可愛がっていた。飼っていいかと父上に相談もしたが、"白は不吉だから"と断られたのを、よく覚えている。

 ……魔族は皆、白銀の色をしている。人の姿をした魔族も、動物の姿をした魔族も、例外なく皆あの色だ。だからあの白猫も魔族の可能性があった。父上が私の申し出を断ったのも、本当は不吉云々ではなくそのためだったのだろう。

 それでも私は白猫をこっそり世話し続けた。そうして大体半年が経った頃、ぱたりと白猫は姿を消した。


「今思うと、あれは父上が殺したのだろう」

「……いえ、きっと他に飼い主が見つかったのですよ」

「……だと、いいんだがな」


 物語のロージーは、不吉だと言われて人々から虐められるも、最後には優しい人間に拾ってもらえる。しかし恩義を感じたロージーは、その人間を幸せにするために魔法を使って……結局死んでしまう。そうして、ロージーの残した核である小さな花が花瓶に入れられて、物語は終わった。

 当時の私は優しい魔族の本だと思って読んでいたが、きっと今読み返したら違う感想になるだろう。


 ルルベル殿は、結局あの本を最後まで読まなかった。もし読んでいたら、彼女はどんな反応をしただろう。酷い話だと思うだろうか。それとも、幼い私のように優しい話だと思うだろうか。

 望むなら、どうか酷い話だと思ってほしい。彼女たち魔族が置かれている立場が当然のものなのだと、どうか思わないでほしい。

 私には、二百年にも及ぶ魔族への迫害が一日でも早く収束するよう行動することしかできない。それだけが、彼らにできる唯一の贖罪だった。


 ……あの本へのルルベル殿の感想を聞きたかったが、無理に読ませるのも酷かもしれない。パーティでももう少し魔族と人間の問題について話し合いたいが、あの楽しそうな空気を壊しそうで中々口を出せないのが現状だ。

 次回のパーティではリンハルト殿下と少し話せないだろうか。殿下も中々苦しい立場だが、あの場で一番力があるのは彼に他ならないからな。


「はぁ……」

「最近ため息が多いですね」

「……色々と、ままならんものだと改めて思っただけだ」

「……そうですか」


 私もギルベルトも口を閉じると、執務室にはペンと紙が擦れる音だけになった。

 しばらくして、部屋にノックの音と部下の声が響くと、私たちは銃と剣を携えて部屋を出た。


 本当に、嫌な仕事だ。


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