5 報告と上司
—魔王—
残虐非道な悪の権化
平和を壊し人々に恐怖を与え
力にものを言わせ世界を征服する者
魔王といえばこんなイメージだろうか。
その魔王像は古いと言わざるを得ない。
実際、過去には人類と争って被害を与えたことがある。
しかし、魔王軍が一方的に人類に攻撃を仕掛けたことは歴史上一度もない。
多くの人類は、そんなこと知らないんだろうけど。
「失礼します。クルメノスです。」
ゆっくりと扉が開く。
扉の先のだだっ広い部屋の一番奥に彼は座っている。
実際の魔王がどのような人物かお見せしよう。
「あ、お疲れさん。今日はどうだった?いい一日だった?」
「良くも悪くもなかったですです。」
「そうかい、悪くないなら悪くないねー。」
頭からは2本の角、華美な装飾のないシンブルな黒いローブを纏う大男。
口元の鋭い牙の奥から響く唸るような低い声で語られる言葉は、フランクで威厳のないものだ。
「今日はダンジョンで冒険者は死んだかい?何人?」
「0です。」
「そうか、それは良いねー。今日は忙しくて見に行けなくて残念だったよー」
実際の魔王はイメージ通りの外見とイメージとは違う内面を持った人物だ。
僕のボスはダンジョン内で、いやダンジョン以外でも人間が死ぬのが好きじゃないらしい。
「ところでクル、ヴァルとは仲良くしているかい?」
ダンジョンの話が終わったということはクラーケンの話は耳に入っていないようだ。
よかった。
怒られることはなさそうだ。
「ボス、僕とヴァルートはもともと仲良しですよ。」
ボスといいロセルナといい何故僕らの仲が悪いと思っているのだろうか。
「それならよかった。お疲れ様、今日はもう休むといーよ。」
「ありがとうございます。失礼します。」
よし、怒られずに済んだ。
ボスに一礼して部屋を出ようとしたその時、
「あ、そうそう。クル、今日クラーケンをダンジョンに入れたそうだねー。」
あ、やばいかも。
「よく捕まえたね。すごいよ。私はうねうね動くものが苦手でねー。あ、城には入れないでくれよ。じゃあ、おやすみー。」
バレてた。
バレてたけど、お咎めはなかった。
きっと報告の途中でクラーケンって言葉が出たから、聞くのやめちゃったんだろう。
まあ、我らがボスはあの程度では怒らないとわかっていたけれど。
でももし怒られたら結構へこむから、怒られなくてよかった。
人類からボスがどう思われているのか、正確なことはわからない。
でも、彼らが描いているイメージが間違いであることは確かだと思う。
別に知ってほしいとは思わないが。
あの飄々とした、ダンジョン見物が好きな、最強の魔物が僕らは大好きだ。
多分、無理やり働いている者はいないんじゃないかと思う。
とりあえず今日の仕事は終わり。
休むとしよう。