パラディンの男
底なし沼に落ちていく。
冷たく、何もない世界。無の世界。
息が苦しい。もう間もなくわたしは死ぬ。このまま何もない底に沈み、誰にも発見されずに深淵を彷徨う。孤独よりも辛い死。
ヒッグス、どうしてわたしを捨てたの……。どうして親族全員を皆殺しに……こんなの、あんまりよ。
『…………』
もう暗闇しか見えない。
光はない。
なにもかも消えてしまった。
――そう思ったのに。
「……大丈夫かい?」
「え……」
瞼を開けると、目の前には見知らぬ男の顔があった。優しい青年の顔。どこかの王子様……? というか、わたしお姫様抱っこされてる?
「君、滝で倒れていたけど」
「滝……」
あ……もしかして沼と思っていたあれは、滝に繋がっていたんだ。わたしは流されて……奇跡的に助かったの? でも腹部の傷は?
「ああ、大丈夫。君のお腹の傷は僕が治療しておいた。これでもパラディンと呼ばれる騎士でね。治癒魔法も使えるんだ」
そうだったんだ。
わたし、彼に助けられて……。
本当に奇跡に助けられたんだ。
「あなた……お名前は」
「僕はイクス。ただのイクスさ」
「わたしは……ローズです」
「そうか、今は寝ているといい」
そう言われ、わたしは目を閉じた。……肉体的にも精神的にも参っていた。……両親も親戚も何もかもを失って……疲れていた。