巻物
「思い出した!!!!」
浩が大声を出して正子が飛び起きたのは午前1時。
ちなみに浩のいびきがうるさいので寝室は別にしている。
「正子、思い出したぞ!」
「思い出した?何を?」
ハエは夜行性なのになぜか夜が弱い正子さん。
「人間でいるための術のかけ方!」
「あー!思い出したの?」
「ああ。」
ただ、と歯切れの悪い言葉。
「思い出したのは実は術のかけ方じゃないんだ。」
「じゃあ何を思い出したって言うのよ。」
若干切れ気味の正子。正子は寝起き悪めレディーなのだ。
「術のかけ方が記されている巻物だよ。」
ほら、と言って見せたのは『蠅術伝』と書かれた書物。
ここに書かれていたことを要約すると、安倍晴明の子孫じゃなくても術をかけられる人はいるらしい。
残念ながらその人物が誰なのかは分からないらしいけど。
ただし、日本人の女性でこの町に住んでいる、高齢のため浩の時代に存命かどうかは不明、という記述が残されていた。
そこまで書くのなら名前を出してもよさそうなところだが、浩のおじいちゃんは何か危惧していたのだろうか。
小さな村に住んでいると言っても人口約50人ぐらいはいる。
過疎化が進んでいるから条件に当てはまる人なんて山ほどいる。
しかも、もしかしたら死んでいるかもしれないとあってはどこから探し出せば良いのか私には見当もつかない。
太陽が一番ギラギラ輝きだす頃、ラブマート木下に誰かが来る様子はない。
接客をしないで良いので人を割り出すには絶好のチャンスだ。
だが、全くと言って良いほど見当がつかない。
中村さんのところのおばあちゃんか?林さんは先月亡くなられたわよね。
これで林さんだったら5日後にはハエの姿確定か・・。
「正子ちゃん、これを頼むよ。」
ポンポンと肩を叩かれる。
顔を上げるとラブマート木下常連さんの橋本さんが立っていた。
「橋本さん!すみません、考え事をしていて、」
私としたことが仕事をほったらかしていたとは。
「正子ちゃん、何かお悩み事かい?」
「いや、そんな深刻なことでもないので大丈夫です」
「そうかい?そうだ、正子ちゃん、殺虫剤の箱入りを家まで運んできてくれるかい?
最近ハエが多くてねー、嫌になるよ」
「ハエ、ですか。」
「どうかしたのかい?」
「いえいえ何でもないです。」
手を顔の前で振り、咄嗟にごまかす正子。
秘密がぽろっと口から出ようもんなら噂は一瞬にして村中に広がる。
あることないことどんどん形を変えながら。
橋本さんを信じていないわけではないけど田舎とはそういう所だ。
とぼとぼと家に帰る正子に、容赦なく日が照り付けていた。
家の玄関前。チラシが落ちていた。
水回りのリフォームか、葬儀場の宣伝か。
残念ながら正子の予想は外れ。
正解は隣町のコミュニティーセンターの月別行事のお知らせだった。
今月は何をするのかな・・・。
「折り紙を折ってみよう!」
折り紙・・・。なんだか拍子抜けね。
お料理とか体操じゃないのね。
折り紙なんて小学生以来してないんじゃないかしら。
久しぶりに折ってみようかしら。
何を折ろうかと思ったけど何の折り方も覚えてないわ。
子供のころあんなたくさん折り紙で遊んでいたのに。老化って怖いわね。
なんだかんだ言いながら(浩は畑に行っていて不在であるため、全て正子の独り言だ。)、やっこさんが完成した。
「久しぶりに折り紙したらちょっと疲れたわね」
正子は正座でしびれた左足をさすりながら急須とおやつを取りに立ち上がった。
ようやく浩が役に立つ時が来ました。
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