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エスペランサ

作者: 柳 大知

 暗く狭い部屋に敷かれた厚みの無い布団、その上で男は小さな錠剤を握っていた。


 これでやっと楽に…。


 この錠剤一握りで安らかな永久の眠りが得られる。


 痛みを伴うキツイ死に方なんてとんでもない。

 楽なほうへ、楽なほうへ、そうやって逃げ続けてきた人生、最後まで楽な方を選ぶ。


 水道水が入ったペットボトルを持ち上げ、意を決す。

 今夜は、僅かだが借りることの出来た金で贅沢をし、ほんの一瞬だが苦しみを忘れた。

 しかし現在あるのは、キツイ仕事と期日のせまった返せぬ借金…と、いくらでも沸いてくる不安材料。

 耐力のない体に圧し掛かる重い苦悩の山。その重さが未練というモノを圧し潰した。

 

 キャップを外し水を含むと、錠剤の乗った手の平を口元へ近づけていく…。


 これで、救われるんだ…。


「ぐふっ…ぁ…、はっ…」


 その瞬間起きたあまりの出来事に、男は含んでいた水を飲み込み、咽声を上げた。


「な、何なんだ!?」

 

 深夜突然の訪問者。予期せぬことが起きた。

 ボロアパートとはいえ、玄関に鍵くらいはかかる、音も無く扉が開くはずがないのだが…。


「おい!出て行け!」

 

 今まさに死の寸前にいた男でも身の危険を感じ、語気を強め威嚇をする。

 訪問者は自分と同じ三十前くらいの男だった。

 

「そんなもの、飲んじゃいけない」

  

 狂気なんてのは微塵も感じさせない、男を優しく諭す様な柔らかな声の訪問者。

 

「何だ…、何しに来たってんだ」

 

 だいぶ危険は去ったが、安心は出来ない、男は訪問者を睨み言う。

 

「もちろん、あなたを止めにですよ」

 

 相変わらずの優しい物腰。危険な人物という可能性は薄く感じる。

 といって、自殺を邪魔されるのは煩わしい、だいたい何故こいつは知っているのだ…。


「少しだけ、話を聞いてください」


 訪問者はそういうと、すぐ側の壁に向かい腕を伸ばした。

 スルスルと腕は隣室へ。

 暗い部屋でもハッキリ見えてしまった。男は言葉を失う。


 腕をスッと引き、訪問者は喋り出す。もちろん壁に穴はない。


「判ったでしょう、私は人間ではありません」


 やっぱり…、霊なのか…。

 

「霊ではありません、まだ生まれてもいませんからね」

  

 男の心を読むように答えると訪問者は話を続ける。


「あなたに死んでもらっては困るんです。私はあなたの未来、来世のあなたなのです」


 男は混乱したのか、難しい顔をしている。

 

「まあ、解せなくて当然でしょう。簡単に説明すると、あなたが今死ぬことで来世がもっと酷い運命になることが決まりかけていたのです。そうなると今世以上の苦労をすることに…、だからお願いです。もっと生きてください、そうすれば来世の運命は大きく変化します」

 

「馬鹿げてる、来世の為に生きろだって?俺になんの得がある?自分の為に生きようとすら思わなくなった人間にそんなこと出来る訳ないだろ!だいたい来世なんか信用できるか」


 男が声を荒げると、来世の男は目をつぶり黙り込んだ。


「何だ、何故黙る」


 男の問いにすぐには答えず、黙っていた来世の男は目を開けると口をひらいた。


「すみません、あなたの仰る事が尤もだと思いまして、相談を…。で結論が出ました。あなたが苦労することによって、私が得られる来世での幸福を、共に分け合うというのはいかがでしょう?」


「そんなことができるのか?だいたい相談って何だ?」


 男がそう問うと、来世の男は頷く。


「今日あなたの前に現れたのは、私一人の力ではない、とだけ言っておきましょう」


 来世の男はそう言うと、何かに気づいたような顔をした。


「どうやら、もう長くは居られないようです、バランスを考え、まずはあなたが幸せになれるように…」


 余程時間が迫っていたようで全て言い終える前に、来世の男の姿は一瞬で無くなった。


 来世なんて馬鹿げている、そう思いながらも男の胸には僅かな希望が生まれていた。

 

 男はずっと握っていた薬を瓶に戻すと、それを引き出しの奥に隠した。

 

-----


 あの日のあと、体で感じるような何かがすぐに起こることは無く、苦労は相変わらず。

 

 しかし、時が経つと毎回のようにギャンブルで小銭が浮くようになり、おかげで借金は少しずつ減っていった。ここまで負けないのは不思議だ。薄っすらとソレを感じるようになった。

 金に余裕ができると辛い仕事でも耐えられるようになった。すると、周りの人間が次々と辞めてしまい、開いたポジションを任され、いつの間にか人へ指示する立場に。


 仕事がうまくいくようになると、運命的な出会いをした。

 道を尋ねてきた若い女と会話が弾み、どういう訳か惚れられ、そのまま結婚。

 結婚から五年たち、子供はまだ出来ないが、幸せだ。

 

 あの日、あいつが来てくれたおかげで救われた。本来ならこんな幸せを得ることは無かっただろう。来世の俺のおかげでむしろ大きな得をしたのだ。


 男はそんなふうに想い、また少し幸せを分けてくれ、と日々を懸命に生きていた。

 


 だが、ある夜、男がふと目を覚ますと、布団の側に妻とあの男が。

 

「何やってるんだ?また何か知らせに来てくれたのか?」


 妻は来世の男と話をしている、妻にも当然見えているのだろう。

 

 男は起き上がろうとした。しかし…。


 ん、体が動かない…。

 

 体を動かそうと必死になっていると、男の口は来世の男によって塞がれた。


(何だ、止めてくれ)


 そう思っても声は出ない。


(何言ってんだ、これじゃあ、お前だって…)


「心配いりません、私は来世のあなたではありませんから」


(助けてくれ、おい!)


 男は妻に助けを求めるように、その顔を見た。


 しかし、彼女は笑っていた。


「今度はあなたが希望を与える番なのですよ、彼女はあなたが大金を残して死んでくれるという希望を得て生きることを決意したのですから、さあ、あなたの望みをお返しします、どうぞ安らかな眠りへ…」

 


    


(END)

 

 

まず自分は前世来世については、あるかもね位の認識です。タイトルに関してはふと浮かんだ言葉の意味を調べてそのまんま使い、テーマ 希望 で書いてみました。書くのが久々だったので悪い癖で後半焦って書きすぎました…


気に入って頂けたら、過去作もぜひお願いします。


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