武運
「こちらにいたか、先生」
「殿下、そのお姿は」
「ああ、初陣のために母が用意したのだ。我は着慣れている物で良いと言ったのだが。そのようなことより、出陣の前に詫びておきたいと思ったのだ。あれから我も考えた。だが考えれば考えるほど、何を以って正しいとすべきなのか分からなくなり、道に靄がかかったような、そんな心持となった。これは先生の言った通り、我があまりに理を知らぬからであろう。我は世を知らねばならぬ。そう思ったのだ」
「故に出陣されるのでございますか。わたしもまったく浅はかでございました。殿下の真っすぐな御心でわたしの言を受け取られれば、このような顛末となるのが理であると気付くべきでございました。道義は語らぬと申し上げましたが、わたしは少なくとも年少の者は戦場を知らずとも良い世であって欲しいと、心の内には願っておりました。しかし、わたしはそうであってほしいと願ったとき、そうではないという理から目を背けたのでございましょう。道義を語れば理は遠のく。正に学術院の戒めの通りでございました」
「驚いたな。先生がそのような顔をされるとは。いや驚いてばかりでは無礼であった。我の身を気遣ってくれておることには感謝しよう。だが案ずることはない。大臣も将軍も皆、我の初陣を負け戦とは出来ぬこと、十分に心得ておる」
「負け戦に出来ぬ、とは、敵から見れば殿下の負けにそれだけの値打ちがある、ということでございましょう。故にそれは時として、いえ、今は無粋な理の話など止めにいたしましょう」
学師はしばし俯いてから顔を上げ、続ける。
「多くの者はここでご武運を、と申すのでございましょうが、わたしは殿下の武勇など特に望みません。どのような形であれ、殿下は生きておられることに意味がございます。ご無事のご帰還をお待ち申し上げております」
アルバリウスは笑う。
「武勇を望まぬとは、先生らしい捻った言であるな。我は必ず生きて戻る」