傭兵
「大臣殿、将軍殿、我ら、平時にあっては旅人や商人を野盗や獣の群れから守る用心棒を稼業としている。我らが一党は力自慢の猛者ばかりだが、それだけではない。長弓の業も得意としておる。我らは北の出の者が多い。かの地では冬場の食料を狩りで賄うことも多い故、皆生まれながらに優れた狩人なのだ。如何に素早く逃げ回ろうと、遠くで豆粒のようになっておろうと、狙った獲物は逃さぬのが我ら。そして此度はハンとの大きな戦があると聞いて参った。馬に乗った野蛮人など、我らにとっては随分と当て易き大きな的、何匹でも仕留めて進ぜましょう。我らが力、ぜひ帝国の為に役立てて戴きたい」
「それは頼もしいことだ。では属する隊は後ほど伝える。下がってよい」
大臣の言に傭兵は浅く礼をして去る。
「野盗も用心棒も、その実は変わらぬ。雇ってやらねば賊になる輩を用心棒と呼ぶなど、全く下らぬ方便だ」
「それを言うなら我らの兵とて、あまり変わらぬぞ。どいつもこいつも掠奪は大好きである故、な。手癖の悪い奴らなんぞは、味方の街でもお構いなしだ。だがそういう奴らも使わねば戦は成り立たぬ。さっきの輩にしても、まあ長弓が使えるというのは悪くない。使いどころを考えるとしよう」
「将軍には面倒をかける。殿下も真っすぐなお方、あのような柄の悪い輩が戦列に加わると知れば快くは思うまい。だがしかし、だ。兵が戦場に赴けば国に残った賊は好機と考える。その賊がせめて戦場へと赴き、あわよくば死んでくれるというならば、それは帝国の為に役立ったと言えるであろう」
将軍は笑う。
「大臣殿もなかなか苛烈なことをおっしゃる。これまで数え切れぬほどの賊を斬ってきた。その経験から言うであれば、賊は斬っても減りはせぬ。十人斬れば十人、百人斬れば百人、斬った分だけ、どこからともなく新たな賊が湧いてくる。連中はどうしようもない屑どもではあるが、奴らなりには考えておる。こと、損得の勘定には感心するほどだ。そんな奴らが何故賊となるか。それは賊の方が真っ当に働くより割が良いからであろう。だが真っ当に働くことが割に合わぬのであれば、それは世の中の方が歪んでおるのだとは思わぬか。そういう俗世の歪みを全て賊のせいにしてよいのであれば、政など要らぬであろう」
「賊の賊たる所以は我らの責でもある、ということか。なるほど耳の痛いことを言う。それにしてもそのような物言い、将軍は存外、文官のほうが向いているのではないか」
「何のことはない。賊となった昔馴染みを斬ったときに、そう思ったのだ。民は争いのない世を望むが、それは時に武勇しか能のない者には生き辛いものだ。大きな戦が終わり、あやつは国へ帰った。そして属州を行き交う商人の用心棒となり、真面目に暮らした。だが真面目過ぎた。商人を襲う賊を悉く返り討ちにし、根絶やしにしたという。一時は英雄として民に讃えられたが、すぐに忘れられ、そして賊のいなくなった街道を行く者は、誰も用心棒など雇わなくなった。ここからの話も長いが、結局のところは大臣殿の言葉の通りだ。あやつは雇われなくなり、賊に堕ちた。そしてこの剣に斬られる前に、今のような話をした。本当の所は分らぬがな。馬鹿だが、面白い奴であった」
将軍は笑った。