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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
帝国の内なる厄災
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別れ

 その夜、用意した躯を中に置き、幕舎へ火を放った。この炎は容易には消せない。そういう配合なのだ。火薬作りの事故で焼け死ぬなら、わたしらしい死に方だろう。わたしは混乱に乗じて場を後にした。闇の中を懸命に走り、川を渡り、もうこれ以上走れないと思ったとき、わたしは取り囲まれ、松明で照らし出された。追手ではない。待ち伏せされていたのだ。わたしは捕らえられ、ハンゾの前に突き出された。

 ハンゾは言った。『逃げると言うのは単純な反応だ。合点はいくが、面白くもない。書庫の中で焼け死んでいたなら信じてやっても良かったが、書物を焼かぬあたりがお前らしい。これで気付かれぬとでも思ったのか。お前ならばもう少し、面白い顛末があるかと期待していたのだがな。こうなった以上は罰を与えねばならぬ』と。わたしは答えた。『水では消せぬ炎。あれの作り方は、どの書物の中にもなかった。それが何故かは自明である』ハンゾは溜息をついた。『戦の趨勢に関わる知識は秘匿される。口封じの必要があれば殺す。お前ならばそれくらいは当然分かっている。まさか、それを分かった上で逃げたのだから、覚悟はできている、などと抜かすのではあるまいな』わたしはハンゾの顔を見据え、『覚悟はできている』と答えた。ハンゾは笑った。『皆、そう言う。だが覚悟だの命懸けだのと言う輩は、想像が及ばぬからそのように言えるのだ。死を見据えぬ輩の言に、何の値打ちがあろう。少し捻れば悲鳴を上げる連中が、口先だけで覚悟、覚悟と』『覚悟がないから悲鳴を上げると言うのならば、それは演繹的ではない』わたしはそう言い、自らの片眼に指を入れ、叫び、目玉を引きちぎり、取り出した。そして続けた。『殺すと言うなら、如何様にでも殺して欲しい。だがもし、許されるならば、理の深淵を覗き込む為、もう片方の目は残して欲しい。そして竜王の元を離れ、更なる理を求め、旅に出ることの許しを請う』と。

 一瞬だったのか、一刻経ったのか、気付くとハンゾは目の前に立っていた。『世の中には様々な者がおる。己にしか興味を持たぬ者。人の心を解さず、気儘に生きる者。人を操り、利用する者。人はそれを身勝手と呼ぶが、語るその口も身勝手であろう。人だけではない。生きとし生けるものは、皆、己の為に生き、命を繋ぐ。故に身勝手は当然のことだ。しかし面白いことに、己の得にはならぬことで喜ぶ者もいる。人を傷つけること、それ自体に愉悦する者だ。己の為に人を陥れるなら理屈は分かるが、傷口を弄んでも銭は増えぬ。人はときに下劣な輩を畜生などと呼ぶが、畜生こそ、その様な無駄はせぬ。人だけが、人を甚振って喜んでおる。何故にその様な者達がいるのか、お前は不思議に思ったことはないか』ハンゾは私の頬に触れ、失われた目の痕に親指を掛けた。麻痺しかけていた痛みが一気に膨れ上がり、わたしは食いしばった。『戦の理は竜王より賜った。人は人を殺せず、殺しを人に頼る。故に殺しを喜ぶ者は戦で名を上げ、ときに王となる。その血は、竜王にも流れている』その言葉にハンゾは薄く笑みを浮かべると、今度はわたしの手を取り、竜王の頬に当てた。『その通り、故にお前の苦しみは調物となり得る。誠意は認めよう。わたしと斯様な問答が出来るのは、お前だけだ。そのお前が真理の為、藻掻き、苦しみ、それでも羽ばたくというなら、或いは籠から出してやっても良いのかもしれぬと思う。だが、駄目だ。示しがつかぬ。奴隷が目玉一つで自由になるなどと、思い上がっては困る』掌に感じていたハンゾの頬の温もりは不意に消え、代えて躰に焼けるような感覚が走った。霞む視界の中で、ハンゾが何かを持っているのが見えた。わたしの腕だ。


-- 或る学師の手記


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