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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
帝国の内なる厄災
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流民

「何だって今になって急にぞろぞろと」

ヴァルコが言った。眼前では人々が流民と化し、次々と小川の街を後にする。クロードは呟く。

「民衆がヤサンの演説に心を打たれた。まさかな」

戦術局が民兵を連れて現れ、言う。

「革命隊は行軍を再開する。君たちも出られるか」

「準備は出来ている」

クロードはそう答え、兵に合図する。行軍が始まり、兵の隊列は流民の横を辿り、緩やかに追い抜いていく。クロードとヴァルコの耳に、諍う声が届く。

「これはわたしが貰ったんだ。わたしのもんだ。触るな、ばばあ」

「わたしが貰う筈だったのに、お前が横から割り込んだんだろうが。若い奴はどうせ、直ぐ雑兵相手に股を開くんだろう。だったら最初から、裸で歩いたらよかろうが。この阿婆擦れが」

「こっちは働いて食い物を貰ってんだ。何が悪い。働きもしねえ、穀潰しは早く死ねよ」

二人の女が一つの布を引き合う。ヴァルコは言う。

「あいつら、何を揉めてるんですかね」

「放っておけ」

クロードの言を背に、ヴァルコは馬を駆る。暫し女たちと話し、クロードの元へ戻る。

「食い物を少し分けて、取り合いになっていた布切れを引き取ってきましたよ」

「屑同士の喧嘩の仲裁とは、お前も物好きだな。しかし連中、掠奪の後にも掠奪品を奪い合うなど、本当にどうしようもない屑どもだ」

「それがどうも、掠奪品ではないみたいなんですがね。商人から貰ったんだとか」

ヴァルコはそう言って布を手渡す。クロードはそれを受け取り、言う。

「貰った。拾った。借りただけ。盗人は何時だってそう言う」

「まあ、それもそうかもしれませんがね」

「機織の街の物だな。珍しくもない。食い物ならまだしも、こんな物の為に争う奴らの気が知れない」

クロードはそう言って布を返した。


 やがて隊列が鐘楼の街に至ると、クロードとヴァルコは人群れの騒めきを耳にする。

「炊き出しは何処だ」

「あたしらを騙したのか。食い物をよこせ」

「何を言っている。下がれ。あっちへ行け」

領主の館を流民が取り囲み、門を叩く。

「これはその、加勢すべきなんですか」

ヴァルコの言にクロードは「待機だ」と言葉を残し、馬を駆る。広報局は近づくクロードを一瞥し、人群れに目を戻す。

「お前ら、何をした」

クロードの言に、広報局は返す。

「戦いに辟易した女子供や年寄りに、『敵を倒せ』などと言ったところで彼らは腰を上げません。しかし、『只で飯が貰える』と聞けばどうでしょうか。炊き出しが行われるという噂一つで、皆、先を争ってこの鐘楼の街までやって来たではありませんか。そしてその期待が裏切られ、暴徒と化した。全く、『食べ物の恨みは怖い』とは、良く言ったものです」

クロードは広報局の胸倉を掴み、叫ぶ。

「得意気な顔で何をほざいてやがる。嘘で貧乏人どもを操って、これは帝国貴族と同じやり口だろうが。表では『貴族は豚だ』とか抜かしながら、革命隊の大義が、聞いて呆れる」

「これは我々の描いた絵ではありません。都市同盟、今回は特に機織の街の商人の仕業ですよ。自治と免税を求める都市商人は、貴族とは潜在的な対立関係にあります。互いに隙あらば相手の力を削ぐことを考えているのです。それに彼らは疫病と犯罪の温床となる難民を、自分たちの街には近づけたくない。今回の煽動は、都市同盟にとって正に一石二鳥だったという訳です。我らはこの機に乗じて革命を推し進めるのです」

「お前らだって、都市同盟から見れば体の良い捨て駒だろうが」

「流石です、同志クロード。貴方には見えているようだ。その通り、都市同盟にとって革命隊は貴族の力を弱める為の道具でしかありません。このまま貴族を打倒しても、我々の望んだ世界にはならないでしょう。都市商人が金に物を言わせて人々を支配するようになるだけです。故にわたしは革命には二つの段階が必要と考えています。先ずは貴族の権威による支配を解体する。次に、都市商人の財力による支配を解体する。その先にやっと、誰も搾取されることのない、働いた者が働いた分だけ報われる、平等な世界がやってくる。わたしはそう信じています」

館を囲む群衆の騒めきが大きくなり、悲鳴が混じる。街の兵が振りかざす剣が見えた。広報局は続ける。

「問題は今、その為に何をするべきかと言うことです。『帝都を目指す』という言葉が、単なる遠足を意味するものではないことぐらい、貴方ならば分かっていた筈です」

クロードは広報局に背を向けて「どけ」と叫び、逃げ惑う流民の人群れに分け入る。革命隊の民兵が弩砲を門に向け、大槍を放つ。矢音に疎らな銃声が混じる。やがて領主の館は炎と悲鳴に包まれた。



 革命隊の躍進により、また一つの街が貴族の圧政と蛮行から解放された。これは喜ばしい偉大な勝利である一方、そこに至る道程は怒りを抜きに語ることなど出来ない。いつもながら貴族のやり口は極めて卑劣であった訳だが、鐘楼の街のそれは常軌を逸したものであり、最早その邪悪さを表現出来る言葉が思い浮かばない。

 鐘楼の街の領主は一つの触れを出した。それは『貧しい者達に施しを与える』と言う内容であった。貴族が約束を守らないことなど珍しくもないが、今回はそれだけではない。なんと奴らは、嘘で貧しい者達を集め、撫で斬りにしたのである。犠牲となったのは、戦いで夫を失った妻、或いは親を失った子供達である。貴族の豚どもは夫、或いは父であった者達の命を、私欲の為の戦で使い捨てにしただけでなく、更にその家族の命をも無残に奪ったのだ。この野蛮さは我々の理解を超えている。善良な人民諸君からすれば、『そんなことをして一体何の意味があるのか』と言いたくもなるだろう。

 『戦で命を落とした者達が受け取るべき報酬を、その家族へ支払いたくなかった』捕らえられた貴族の弁である。背筋も凍るような邪悪さが、奴らの本性なのだ。我らはこの出来事を教訓としなければならない。貴族に従うことは、己のみならず、家族の破滅をも招く。貴族への隷属は己を不幸にし、隣人を不幸にし、世界を不幸にする。より良い世界の為に、我らが選ぶべき道は一つ。帝国貴族の豚どもの打倒である。


-- 革命隊機関紙『革命』第107号『鐘楼の街の悲劇を教訓とせよ』


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