弱者
わたしは、ずっと卑怯者だった。それでも胸を張って生きねばならなかった。
-- イザリヤの回顧
「何故我らは飢えているのか。それは貴族が奪うからだ。麦も、肉も、酒も、我々が口にする筈だった物は全部、貴族が持って行った。あいつらは働きもせず、ただ民から盗んで生きている。そして取るものが無くなったら、今度は用済みとばかりに民を捨てた。国の外に追いやり、蛮族の餌食になるように仕向けた。我らは犠牲者だ。ずっと貴族に騙され、良い様に使われてきた。だがもう、それもここまでだ。これ以上、豚共に騙されてはいけない。我慢するのも、諦めるのも終わりだ。今こそ奴らから、取り返してやろう。我らは帝都を目指す。民の怒りと正義を、玉座に踏ん反り返っている皇帝にぶつけてやるんだ」
ヤサンの弁舌を疎らな人群れが囲む。その後ろで革命隊が拍手すると、幾人か手を叩く。
「革命隊の連中は、やる気みたいですが、民の方はどうですかね」
そう言ったヴァルコの眼前には瓦礫が広がり、その合間には棒と穴の開いた布で繕った日除けが犇めき、多くの者が蹲り、横たわる。
「斯様な煽り文句に釣られるような者達は、我らが谷底に落としてしまった。残ったのは、病人と怪我人、飢えた年寄りと女子供ばかり。このまま多くの者がここに留まれば、病と飢えは更に早く進むだろう」
イザリヤは言った。
「いつの世も弱者っていうのは、惨めなもんです」
ヴァルコの呟きに、クロードは返す。
「俺は今ここにいる、その弱者が憎い。谷底で殺した奴らよりもだ。こいつらは掠奪の最後尾にいて、野蛮な連中の蛮行を期待の目で見ていた。自らの手は汚さず、街の住民が嬲られ、犯され、力尽きるのを待った。そしてその躯の横で家の中を漁り、食い物を奪い、腹に収めた。そういう連中だ。それが今になって慈悲を求める目で俺達を見上げている。口だけ開けて、餌が運ばれるのを待って、まるで自分達が掠奪を受けたみたいな顔をしていやがる。こいつらが、こいつらこそが掠奪者なのに。救いようのない連中だ。殺してやった方が慈悲なのだろう。だが生憎、俺はハンゾとは違う。慈悲など知った事か。こいつらはここでこのまま、長く苦しんでから死ねばいい」
暫くの沈黙を、イザリヤが破る。
「これからどうするのだ、クロード。そなたはこの街の為に戦っていた。最早、わたしに助力する義理などないのだろう」
「ああ。そうだったな。俺は大臣を殺す。今はそれ以外、やるべきことなどない」
クロードの言にヴァルコが返す。
「それじゃあ、平定軍はどうなるんです」
イザリヤは口元に手を当て、暫し黙す。クロードが返す。
「辺境の平定など、もう十分だろう。王都に戻って、ハンゾからの褒美でも待ったらどうだ。革命隊も平定するつもりなら、話は別だが。ヴァルコ、お前は次の仕事でも探すことだ」
「まあ戦がこれで終わりだって言うなら、民にとっては良いことなのかもしれませんがね。雇われの身としては悩ましいもんです。革命隊の連中は、傭兵に金出してくれるんですかね」
ヴァルコは言った。イザリヤは徐に口を開く。
「クロード、そなたならば分かっておるだろう。平定軍と革命隊は、本を正せば敵同士。平定軍にとっては皇帝と竜王の後ろ盾が大義であり、革命隊にとっては皇帝と竜王こそが倒すべき敵だ。我らは無用な争いを避けるために一時休戦し、目下の敵へ対抗する為に作戦協力もしたが、関係は曖昧だ。共通の敵を倒した後の今が一番危うい。帝都を目指すと息巻く革命隊に、今こちらが兵を退くと言えば、争いは避けられぬ。そうなれば彼らとの共同統治下にある古都と石工の街は、再び戦火に飲まれることになる。それは避けねばならぬ」
「それなら俺が革命隊の連中について行ってもいい。大臣を殺す為には、帝都を目指すぐらいしか今は当てがないからな。軍団長殿は古都に戻って俺に補給品を送ってくれればいい。ヴァルコ、お前も来るか。暫くは食い繋げるだろう」
クロードの言にヴァルコが続ける。
「そいつは名案です。乗りましょう」
イザリヤは声を荒げる。
「馬鹿か。分かっておるのか。わたしは、革命隊が勝てば『皇帝と竜王など疾うに見限っていた』などと嘯き、負ければ素知らぬ顔でお前たちを賊軍として追い立てねばならぬ。お前たちはわたしにとって体の良い、捨て駒となるのだぞ」
ヴァルコは返す。
「難しいことはよく分かりませんがね。その捨て駒ってやつが正規軍じゃ務まらない役回りなら、それは傭兵の領分ってことじゃないですかね。勿論、危ない分は報酬に上乗せして貰いますがね」
クロードは続ける。
「それで古都は守れるのだろう」
イザリヤは目を閉じて俯き、黙す。
「決まりだな」
クロードが言った。イザリヤは幾度か小さく頷いた。




