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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
帝国の内なる厄災
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間隙

「大砲のまぐれ当たりで城壁に出来た穴は、既に塞がった。奴らのとっておきも、決め手にはならなかった。要するに、敵は不落の城壁を前にして攻め倦んでいると言う事だ。そしてここまで明白な侵略となれば、皇帝陛下もハンゾを見逃すことは出来ない。いずれ帝都からの援軍により、ハンの軍勢は中と外からの挟撃を受け、瓦解する。我らの兵は士気も高い。まだまだ十分に戦える。だが一つ、問題がある。海路だ。敵は岬に砦を築き、港湾城塞に出入りする船に向け砲撃を行っている。そう滅多に当たるものではないが、知っているだろう。ただ一度の被弾で皆が騒めいている。これで船の出入りがなくなったら、もうおしまいだ、などと人は言う。実際のところ、この港湾城塞には外からの補給が無くても三年以上戦えるだけの蓄えがあるのだが、理屈で民は安堵しない。そして民の不安は兵に伝播し、軍の統率に乱れを起こす。我らはその前に手を打たなければならない」

将官の言に准尉は返す。

「つまり岬の砦を叩く必要がある、と」

将官は頷く。

「砦に至るには敵の包囲を抜かなくてはならない。簡単な事ではない。いや、寧ろ今それが出来る者がいるとすれば、貴官だけだろう。大公も貴官を頼りにしている。引き受けてくれるか」

「望むところです」

将官は頷き、准尉は一礼して去った。


「准尉。岬の砦を攻めると聞きました。自分も攻撃隊に加えてください」

大男が准尉に駆け寄り、言った。准尉は「君か」と答えた後、暫し中空を眺め、続ける。

「機動性を要する作戦だ。脚を負傷した君を連れていくことは出来ない。それに、死に場所を求めているなら見込み違いだ」

准尉の言に大男は俯き、言う。

「自分が情けないです。一人だけ逃げ出して、隊の皆が大変な目に遭っている時にも、のうのうと生きて。死んだ仲間に、申し訳がない」

「わたしは君が臆病者だとは思わない。少なくとも、あの光景を見ていない者に君を論じる資格はない。正気を保った者の多くは、単に状況の意味を考えなかっただけだ。次に起こる事態を予測し、戦慄した君の感覚は正しい。実際ハンゾは、君が恐れた通りの怪物だった」

准尉の言に、大男は涙を拭い、暫し黙した後、返す。

「准尉はどうなさるおつもりなのです。皆、噂しています。無謀な作戦だと。准尉の活躍を妬む貴族が、わざと死地に送り込むのだと」

「仮にそうだとしても、砦の戦略的価値は変わらない。それに、わたしはこの作戦を悲観していない。大軍とは、寄せ集めだ。実際、今回の敵軍には先の戦いで敗れた森丘の民や奴隷が多く含まれている。彼らは背中をハンの連中に睨まれている以上、逃げることは出来ないが、士気は低い。砦も急拵えで、木組みの足場が見える。焼き討ちに出来る筈だ」

「自分に出来ることは、ないのですか」

「人は皆、それぞれに役割がある。そうは思わないか。故に気負う必要も、引け目に感じることも無い。だがそれでも此度の作戦の力になりたいと願うのであれば、城門を護ることだ。攻撃隊の出入りは大きな隙となる」

「生きて戻ってください、准尉」

大男はそう言って頭を下げる。准尉は小さく頷き、去った。


 准尉は城壁に立ち、包囲の布陣を見下ろす。隊列の所々に攻城機械が見える。煙と、その出所を囲む人影の模様が大砲の在処を示す。所々に矢が飛び交う。不意に遠くの城壁から土煙と石片が噴き出し、轟音が響く。包囲の隊列が解け、兵は城壁の瑕へ大挙する。准尉が手を掲げ、傍らの兵が「撃て」と叫ぶと、城壁の上に並べられた射石砲が次々と火を噴く。兵の群れは煙に包まれる。准尉は縄を掴み、城壁を滑り降り、馬に跨る。

「敵の陣形が乱れた。今が好機だ。これより敵の包囲を突破し、岬の砦を落とす。途中の敵は相手にするな。思い上がった蛮族どもに泡を吹かせてやるぞ」

准尉の叫びに騎兵は沸き立つ。門が開き、一団は敵へと向かった。


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