軍議
「ハンが南東の属領、森丘の国を狙っているとの密偵からの知らせを受け、ここ数日、皆には戦支度を進めてもらっていた。そして今日ついに伝令からの知らせが入った。領内は奴らに荒らされ、各地の砦は落とされ、王都も攻めを受けているという。王都に押し寄せている敵はおよそ五千とのことだが、密偵の話も含めて考えれば恐らくはこれより多い。十分な多勢を以ってこれに当たるは戦の常道であるが、あまり兵を使い過ぎては帝国の内側への睨みが効かなくなる。まずは兵力三万ほどで奴らを追い返す手立てを考えたい」
大臣の言に将軍は言う。
「敵が多くとも二万ほどで、しかも正面から戦えるというならば、敵に竜が出てきても良い勝負だがな。奴らはほとんどが騎兵、攻めるのも逃げるのも早い。こちらの思った所では戦などできん。奴らを追い返すことを第一とするならば、少なくとも五万は揃えねばなるまい。まず王都の守りを固め、次いで奴らを執拗に追い回し、帝国の属州での掠奪など割に合わぬと知らしめる。これを三万でやるのは際どいと言わねばなるまい」
将軍の言に参謀は言う。
「耳障りの悪い策にも触れておかねばならないでしょう。金か領土の一部を分け与えて兵を引いてもらう。ハンにとっても掠奪の成果は確たるものではない故、血を流さずに得られるものがあれば応じる余地はあるでしょう。或いは帝国の奥深くまで敢えて攻め入らせる。このとき、ハンが進軍する先にある物は、街も森も、全て予め焼き払うことになります。そして兵站の尽きた敵を叩く。民に多大な負担を強いる下策ですが、帝国では何度も用いられてきた伝統の戦い方でもあります。また或いは」
「すまぬが皆、聞いてくれ。此度の戦には我も出陣する。そのつもりで用意を進めてもらいたい」
唐突なアルバリウスの言であった。大臣は言う。
「お待ちください、殿下。殿下はまだ十四、無理をして戦場に立つような歳ではありませぬ。それに陛下が病に伏しておられるこのような時に出陣されずともよいではありませぬか」
「このような時なればこそだ。考えたくないことではあるが、病の父がこのまま戻らなければどうなるか。戦も知らぬ我が、椅子だけ譲り受けて皇帝を名乗ったところで国は治まらぬ。十四の、物も知らぬ皇帝などと、ハンも喜んで攻め入って来るであろう」
しばし場はどよめく。
「大臣殿の心配も分かるが、殿下がそこまでお考えであるならば、我らは身命を賭して殿下を御守りするのみです」
「礼を言うぞ、将軍。よろしく頼む。大臣もすまぬが此度は我儘を許してほしい。いざとなれば弟もいる故、心配することはない」
「滅多なことを言うものではありませぬ。しかし、分りました。ならばそのように取り計らいましょう」
「では数は如何するか。殿下の初陣にあまりけちなことは言っておられぬぞ」
参謀が地図の上に駒を並べる。
「ものは考えようです。内側への睨みが必要となるのは反乱や揉め事を起こしかねない諸侯が戦にも行かず国に残るからです。ならばいっそ、そういった諸侯に出向いてもらえば良いのです。殿下が自ら御出陣されるとなれば、諸侯に参陣を求める大義名分も立つというもの。そうやってこの辺りと、この辺りの兵を集めれば三十万ほどにはなるでしょう。ただし、あまりの大軍となればそれだけで街道は詰まり、兵糧の確保もままならなくなります。よって全軍を三つに分け、三方より進軍することとしましょう。それぞれの軍が街道沿いに駐留する兵を集め、兵糧を現地での徴発で補いつつ軍を膨らませます。南を進む右軍が最も遠回りとなるため、他軍より先んじて出立、次いで左軍、中央軍と日をずらして兵を進め、森丘の国に入る手前から足並みを揃えます。そして三つの軍で壁を作って敵を正面から押し戻す。これならば殿下の初陣に相応しい、正道を行く戦いとなりましょう」