竜の咆哮
港湾城塞は三つの竜が滅ぼした。
一つには竜王ハンゾ。その野心と統率が無ければ、遊牧の民が夢を見ることは無かった。
二つにはハンゾの駆る竜。その爪と牙が無ければ、街の民が敵に臆することは無かった。
三つには竜の咆哮。その巨砲が無ければ、不落の城壁が崩れることは無かった。
-- 民間伝承
初めは誰も壁の心配なんてしていなかった。寧ろ、これだけ壁が立派なら街の財宝も豪華な筈だって、浮かれている連中ばかりだった。森丘の連中だってそうだ。竜王ハンゾに召集されて、口では文句ばかり並べていたが、俺は見た。奴らは張り切って掠奪に加わり、女を犯していたんだ。
だが浮かれる連中がいたのも無理はない。竜王が用意した新兵器、大砲の、あの派手な音と来たら。壁なんて直ぐに粉々になるって、皆、期待してたさ。ところが、実際は違った。大砲は、はっきり言って期待外れだったよ。壁の石が少しばかり剥がれたところで、全く足掛かりにもならないし、城門を狙おうにも真っ直ぐ飛ばないから全然当たらない。それでもやっと城門に命中した時には歓声が上がって、味方が皆、城門に突っ込んでいったんだが、返り討ちにされて躯の山が出来た。後で聞いた話だと、確かに大砲は城門に穴を開けたが、それは人ひとりも通れない大きさだったそうだ。
-- ハンの男の証言
肉も乳酒も、あればあるだけ売れたわ。でも儲かったのは、それ以外。普段なら見向きもされないような傷物の豆が、あのときは信じられないくらい高く売れたの。姉は張り切って、遠くまで買い付けに駆け回るようになりました。それで姉が出掛けるようになった分、わたし一人で牛や馬の面倒を見る羽目になってしまいました。最初はわたしも儲けに浮かれていましたが、家畜の世話は毎日のことですし、楽な仕事でもなかったので、段々と嫌気が差して。そのうち、姉とは顔を合わせるたびに喧嘩ばかりするようになりました。
『竜の咆哮』を初めて見た日のことはよく覚えています。いつもの様に牛の乳を搾っていると、兵士が訪ねてきたんです。百人長だと言うその男は、焦っている様子でした。何でも、大砲を曳く牛や馬が足りないから譲って欲しい、と言うのです。家畜の世話にはうんざりしていましたから、わたしは同意しました。直ぐにそのまま牛と馬を連れて陣に行くと、何やら人だかりが出来ていました。わたし達が近づくと、人が左右に分かれて、鉄か何かで出来た、とても大きな塊が目に飛び込んできました。それが『竜の咆哮』でした。後からそれが大砲なのだと知りましたが、あのときはそれどころではありませんでした。人と馬がその、『竜の咆哮』の下敷きになっていたんですから。わたしも馬に縄を繋いで手伝いましたが、結局その人は助かりませんでした。
悲しむ暇もなく、大砲の準備は続きました。大砲に使う弾はとても大きな石で、兵士十人より重いと言われていました。大砲に弾を込める為、滑車の付いた大きな足場が組み上げられました。でもいざ大砲に弾を込めようとすると、足場は折れ、また人が下敷きになりました。そこからまた休む間もなく作業は続きましたが、結局、初めて『竜の咆哮』に点火できたのは三日後の日が傾きかけた頃でした。大砲自体はもうそこら中で使われていましたから、馬もその音には慣れていました。でも『竜の咆哮』の音は段違いでした。耳を塞いでも痛いくらいにうるさくて、地面が揺れるんです。馬も驚いて逃げてしまいました。わたしが何とか逃げた馬を連れて戻ると、辺りはもう薄暗くなっていました。
翌日、朝から男達が言い争っていました。昨日の発射の衝撃で傾いた大砲の向きをどう直すか、揉めていたのです。わたしは昨日撃った弾が何処に当たったのか、気になって百人長に尋ねると、彼はそれが分からないから揉めていると答えました。ずっとそんな調子でしたから、大砲は数えるぐらいしか発射されていないと思いますよ。調子のいい時には一日に二回発射していましたけど、不発になった時なんて三日くらい撃てなくなっていましたから。
--ハンの女の証言
家畜扱い、なんていう奴もいるが、そんな訳がない。奴らは牛や馬に敬意を払う。だが、その敬意が奴隷に向くことなどない。だから家畜以下だ。ただ奴隷も奴らにとっては財産だから、無駄に死なせたくないとは思っている。同じなのはそこだけだ。
飯の代わりに腐った乳が出てきたときは、悔しくて、情けなくて、どうしようもなく腹が立った。奴らは俺達を馬鹿にして楽しんでやがった。だが奴隷はそんなものでも腹の足しにするしかない。臭くて酸っぱくて、とても飲めたものじゃなかったが、それでも我慢して飲んだ。だが皆じゃない。どうしても飲めない奴らもいたんだ。あいつらは飲むと腹を下し、顔が青くなって、どんどん痩せこけていった。ハンの奴らはそんな奴隷のことを『サカ』と呼んだ。奴らの言葉で籤引きの外れを意味するらしい。サカでも財産だから元が取れるまでは働かせたいが、真面な食い物を用意しないといけないから金が余計に掛かる。そういう理屈だ。だからサカと呼ばれた連中は、特に危険な役回りばかりを押し付けられた。『竜の咆哮』とかいう、あのふざけた大砲に火を着けるときだってそうだ。何人も音で耳をやられたし、暴発で死んだ奴だっていた。大砲の下敷きになった奴隷がサカだと分かると、ハンの奴らは笑っていた。あの時のあいつらのあの、にやけた顔を、俺は忘れない。
竜の咆哮の砲弾が壁に当たると、突撃の号令が出た。逃げたり躊躇ったりすれば、容赦なく背中から射殺される。奴隷に選ぶ権利なんてない。吐きそうなくらい怖いのを皆、叫びで誤魔化して壁に向かって走った。だが壁に近づくにつれ、絶望は増した。崩れた壁の隙間から、更に壁が見えたからだ。壁は二重にあった。外側の壁に穴が開いただけだったんだ。壁と壁に挟まれ、上からは絶え間なく矢と石が降り注いで、皆、死んだ。今でも夢を見る。頭に矢を受けた男が俺に覆い被さってきて、言うんだ。俺を楯にしたな、って。わざとじゃない。俺の所為じゃない。どうして俺の事ばかり責めるんだ。
--森丘の男の証言




