英雄
「大変な失礼を。お召し替えの途中であったとは、真に申し訳ございません」
傍らに侍る多くの女達が、ハンゾに具足を着せる。跪き平伏する兵に、ハンゾは静かに笑い、返す。
「報告があるのであろう」
「はい、恐れながら申し上げます。准尉が牢から逃げました。直ちに追っ手を出し、必ずや」
兵の言を遮り、ハンゾは言う。
「構わぬ。放っておけ。鼠が少しばかり逃げたところで何も変わりはせぬ。そんな些事に兵を割くのは惜しい。それより、港湾城塞だ。褒美は早い者勝ちとなるだろう。お前も支度を急ぐが良い」
兵は胸の前で手を合わせ、去った。
「その様なお話、身に余る光栄です。しかし、自分がここに戻ったのは戦う為です。卑しき蛮族とその首魁たるハンゾに、多くの同胞達の命を弄んだ報いを受けさせねばなりません。奴の喉元に刃を突き立てる為、命を賭す覚悟なのです。ですから、今は」
大公は手をかざし、准尉の言を遮り、笑う。
「皆まで言うな。そう結論を焦ることも無い。一先ずは、ゆっくり考えてみてほしい」
准尉は一礼し、去る。
「知略を以って敵を倒し、苛烈な決戦を生き延び、囚われの身となっても諦めることなく自ら牢を破り生還した。闘志は未だ衰えず、その心は蛮族とハンゾへの復讐で燃えている。緒戦で蛮族どもに打ちのめされた者達も、その話に勇気づけられ、再び武器を手に立ち上がった。准尉は正に、救国の英雄と言ったところか」
大公はそう言って「ふん」と鼻で笑い、続ける。
「出来過ぎだ。寧ろ奴らに懐柔され、間者として潜り込んできたと言う方が、如何にもありそうな話だ」
「故に懐柔には懐柔、貴族との縁組という訳ですか」
傍らの将官の言に、大公は返す。
「だがそれも、あの調子ではな。欲のない者は信用できぬ。准尉には監視をつけろ。兵糧には近づかせるな。不落の城壁も内なる災いには無力なのだからな」
「はい。しかし、それならばいっそ、捕らえてしまえば良いのでは」
文官の言に、将官は返す。
「馬鹿を言うな。既に兵の間では准尉の噂が広まっている。そのお陰で士気も上がっているのだ。好むか好まざるかに関わらず、戦いには英雄が必要だ」
大公は言う。
「その通り。全く、厄介な事だ。故に英雄は英雄として死んでくれるのが一番良い。皆にとってな」




