慈悲(三)
「竜王ハンゾの命である。お前達のうち、半分は命を助ける。半分になるまで、殺し合いをせよ」
文官が帝国の言葉で叫ぶ。続けて傍らの文官がハンの言葉で叫び、闘技場は兵達の歓声に包まれる。多くの俘虜、即ち准尉の配下達は暫し互いを見合っていたが、やがて副官は剣を拾い、傍らの俘虜を斬る。堰を切った様に、俘虜達は互いに殴り合い、斬り合い、殺し合う。准尉は兵を振り解き、ハンゾの前に駆け寄り、叫ぶ。
「殺したいなら、俺を殺せ。何故だ。何故、こんなことをする。止めさせろ。止めさせてくれ。慈悲の女神の二つ名は、偽りか」
ハンゾは俘虜達に目を向けたまま、ハンの言葉で何かを言う。傍らの将らは手を叩き、腹を抱え、笑う。ハンゾが文官に何かを言うと、文官は一礼してから准尉を向き、帝国の言葉で言う。
「竜王ハンゾの言である。戦に敗れても誰も死なぬなら、一体誰が助命に感謝するのか。死に逝く者に慈悲を掛けたなら、墓の中から礼を言うのか」
准尉は何かを叫ぶ。兵は項垂れた准尉の躰を両脇から抱え、引き摺り、その顔を持ち上げる。准尉の眼前で、副官が傍らの俘虜の顔を斬りつける。その刹那、副官の胸を背後から剣が貫いた。
鈍い音と呻き声が牢獄に響く。獄卒は笑い、その足元には准尉が転がる。そこにハンゾが現れ、手をかざす。獄卒は胸の前で手を合わせ、立ち去る。ハンゾは准尉の傍らの椅子に腰掛け、言う。
「貴族だけでは士官が足らず、かといって平民を士官にはしたくない。そこで兵卒と士官の間に准尉と言う役目が置かれた。街の民の貴族が考えることは、実に浅ましい」
「笑いに来たか」
准尉は僅かに上体を起こしてハンゾを睨み、言った。ハンゾはその目を見据え、返す。
「笑うつもりも、詫びるつもりもない。わたしはただ、考えてもらいたいのだ」
暫しの沈黙の後、ハンゾは続ける。
「河港の街の評議会より、降伏の申し出があった。我らもこれを受け入れた。そなたらが捕らえられる前の話だ」
准尉の口から言葉にならない声が漏れる。ハンゾは続ける。
「評議会の主張によれば、街の外から来た軍勢が勝手に陣を敷き、勝手に我らに抵抗したのだと言う。つまり、河港の街としてはハンに逆らってなどいないのであるから、何卒ご寛大な処置を、掠奪は控えてほしい、という訳だ。無論、これは嘘だ。連中は我らに跪く素振りを見せる傍らで、そなたらの隊に攻撃の命令を送った。上手くいけば起死回生の一手、我らを追い返すことが出来ると思ったのであろう。そしてそれが失敗すると、これを街の意思に従わぬ他所者がいると言う理屈の裏付けとした。准尉、貴族の後ろ盾のないそなたは、奴らにとっては打って付けの捨て駒であったと言うことだ」
准尉は俯く。ハンゾは続ける。
「奴らの二枚舌は、到底許されるものではない。本来であれば街を三日三晩掠奪させたとしても足らぬくらいだ。だが、河港の街は軍事的にも経済的にも重要な場所だ。掠奪で街を瓦礫の山に変えてしまうのは、合理的ではない。故にわたしは掠奪に代えて、兵を満足させる為の娯楽を用意した。殺し合いの見世物だ」
「娯楽だと。そんなことの為に、そんなことの為にあいつらを」
准尉の叫びに、ハンゾは静かに返す。
「そんなこと、などと、そなたには言ってほしくない。死んだ者達の命の意味を決めるのは、生き残った者だ。掠奪によって失われる筈だった財産と、命と、尊厳。その対価をそなたの部下達は払ったのだ。実際、我らの兵は掠奪を行わなかった。評議会議員どもの邸宅を除いて、な。それでも何も知らぬ者達は犬死にだと笑うだろう。だが、そなたは違う。その死によって為されたことの意味が分かる筈だ。それだけではない。そなたのこれからの生き様、それ如何によって、失われた命は更なる意味を持つこととなる」
牢獄に准尉の嗚咽が響いた。




