慈悲(一)
河港の街へと進軍するハンの軍勢に対し、運河の国の軍勢は四万の歩兵と射石砲二十門を以ってこれを迎え撃った。砲撃に怯んだハンの兵は暫し劣勢であったが、やがて戦線は拮抗した。そこにハンの騎兵が四方から現れ、矢を放った。運河の国の軍勢は矢から逃れようと中央に殺到し、隊列の内にいた歩兵は悉く圧死した。
『竜王の慈悲である。次の新月まで、弔いの為の時を与える』
傍らの立て札には帝国の言葉でそう書かれていた。所々の地面が抉れた平原は、夥しい数の躯で埋め尽くされている。副官は肩で大きく息をしながら、言う。
「結局我々は間に合わなかったのですね。しかしこれは一体、何があったのでしょうか。味方がこれほど一方的に殺されているとは」
准尉は跪き、足元の躯を暫し眺めた後、立ち上がり、続ける。
「考えるのは後だ。躯を並べろ。貴族の縁者が討ち取られているかもしれない」
「あの、奴らの言葉を文字通りに受け取って良いものでしょうか。敵は我らを油断させ、騙し討ちにするつもりなのでは」
「奴らがそこまでの外道だと言うなら、致し方ない。だが、弔いの機会を与えられながら、それを為さぬとなれば、我らの方が外道となる。それに、奴らは勝ったのだ。今更、そんな小細工など必要ない」
副官は浅く一礼して去り、兵に指示を出した。
「お前、顔色が悪いぞ。大丈夫か」
友の言に、大男は頭を抱えて蹲り、身を震わせ、言う。
「家族の為、故郷の為、仲間の為。覚悟したつもりだったし、俺なら出来ると思ってた。殺されるにしても、蛮族共を二人か三人、いや、もっと多く道連れに出来る。自信があったんだ。だが、萎えちまった。あの、傷のない躯を見たら。味方に押し潰されて死ぬなんて。俺より躰の大きい奴だっていたのに、あいつらは敵に一太刀も浴びせることもなく、息も出来ず、死んだんだ。あんな死に方は、嫌だ。本当に、只の無駄死にじゃないか。あんな惨めな死に方、俺は嫌だ」
「おい、落ち着け」
友の言に大男は嘔吐し、咳き込む。その後背には、准尉と副官が立っていた。准尉は俄かに剣を抜き、大男の脚を貫く。大男は叫び、嗚咽する。その傍らの友を向き、准尉は言う。
「負傷兵を後方に護送しろ。任が済むまで、余計な口は利かぬことだ」
准尉は立ち去り、副官もそれに続く。
「慈悲、なのですか。戦いたくないと言う者を後方送りにしても、罰にはならないではありませんか」
副官の言に、准尉は返す。
「他にどうしろと。味方にあんなのがいたら、戦える者も戦えなくなるだろうが」




