鉄槍
「将軍」
「これは大臣殿、このようなむさくるしい所にまで足を運ぶとは」
「この目で確かめておきたいのでな。戦支度の様子と」
「ああ、例の鉄槍ですな」
大臣が頷く。
「将軍は竜を仕留めたことがあったな」
将軍は笑う。
「誰が仕留めたことになるのやら。あの時は皆で寄って集ってあの化け物に槍を突き立てたのだ。あの竜、最後には大きな毬栗になっておったわ。だが栗にされてからも随分と暴れおって、あれで何人やられたことか」
「将軍の見立てではあの槍はどうか。竜を仕留められるか」
将軍が合図すると大柄の男が槍を構える。声を上げ、突きを繰り出す。人の胴回りほどの丸太が二つに裂けた。
「業物には違いありますまい。竜どもには何本も槍をへし折られましたからな、このように丈夫な鉄槍であれば心強い。ただし」
差し出された鉄槍を掴むと大臣はよろめく。将軍は笑う。
「文武で聞こえた大臣殿も、これほどに重い槍を持ったことはなかろう」
「尋常ではないな」
将軍が頷く。
「尋常ならざる獣を討つに、尋常ならざる槍で向かう。間違ってはおりませぬがな。これを馬上で扱える者は相当に限られる。かといって歩兵がこれを持って行軍しては戦場に辿り着く前に倒れてしまう。しかもこの槍、重さに反して長さは幾分短い。膂力はもちろん、獣と肉薄しても動じぬ命知らずの者でなければ、まともに扱うことなどできまい。だが安心されよ。我が軍にはそういった類の者もそれなりにおるのでな。ああ、だがさすがに行軍ではこの鉄槍は馬に曳かせて運ぶとしよう。どうした大臣殿。浮かぬ顔ではないか」
「ああ、すまぬ。なぜこのような槍が北の地で作られておったのかと思案していたのだ。ただの出来損ないというでもなく、それでいて人を殺すにも馬を殺すにも向いておらぬとすれば、やはり竜を殺すために作られた槍ということになろう。しかし北の地はハンに攻め入られるような所ではない。国境からだいぶ離れている。普段ならあのような槍など作るまい。商人が作らせたということか。しかしそうであったなら、商人は更に前からハンの侵攻を知っていたことになる」
「或いは竜と一戦交えた者が北の地に流れて鍛冶屋でも始めたか。または竜を殺せるという触れ込みで槍を売って一山当てようという輩がいたのかもしれぬし、たまたま鉄が多く取れて余っていただけかもしれぬ。もっと言えば、そもそもこの槍が真に北の地で作られたかどうかも定かではあるまい。考えても分からぬことを考え過ぎると、つまらぬ小石に躓くぞ」
「ああ、考え過ぎかもしれぬ。しかしその商人かその手の者か、我らの行軍には付きまとうことになる。用心しておくに越したことはない」