広報
「思っていた通りではあるが」
イザリヤは書状を机に置き、溜息をつく。ヴァルコは言う。
「つまり兵を出すのは断られたって話ですか」
「職人の街は工房の価値がある故、攻め滅ぼされることなどないと踏んでおるのだ。連中は勝ち残った者とだけ折り合いをつければ良い。その為には誰にも余計な肩入れなどせず、皆に少しずつ媚びを売っておれば良い」
イザリヤの言に、ヴァルコは傍らの木箱の蓋を開け、返す。
「で、こいつがその媚ってやつですか。銃は高価だって話でしたよね」
「火縄式だな。実用的な造りに見える。後で試し撃ちせねばなるまいが、恐らくは良い品なのだろう。四挺か。我らが勝っても負けても、言い繕える匙加減と言うことか。全く、見縊られたものだ」
ヴァルコは箱の中から紙片を取り出し、言う。
「全部で八挺って書いてありますよ。もう一箱あるんじゃ。ああ、確かにありますね」
イザリヤはその様を暫し眺め、言う。
「お前、字は読めないのではなかったか」
「数字くらいなら読めますよ。それに実は最近、読み書きを習ってまして」
「誰に、だ」
「革命隊に、読み書きを教えている奴がいるんですよ」
イザリヤは暫し黙した後、言う。
「その者と話せるか」
現れた男は、イザリヤと目が合うと浅く一礼し、椅子に腰かける。
「ヴァルコが世話になっていると聞いた。革命隊の広報局、だそうだな」
イザリヤの言に広報局は薄く笑みを浮かべ、返す。
「お世話になっているのはこちらですよ。彼の御蔭で革命隊と平定軍は良い関係が築けている、わたしはそう考えています」
イザリヤは暫し口元に手を当てて黙し、言う。
「そなたの話し方と立ち振る舞い、嘗ては貴族の館に出入りしていたのではないか」
イザリヤの言に、広報局は笑う。
「そうですね。出入りと言いますか、わたしは貴族でした」
「元貴族が、革命隊になったと言うのか」
「そう言う貴方も、貴族の世の歪みを見てきたのではないですか。そしてその歪みは、時と共に広がっている、そうは思いませんか。今や戦場では、幼い頃から武芸の修練を積んできた貴族が、弩に鎧を射抜かれ、城攻めの機械に圧し潰されているのですから。平民が作り、平民が動かす機械で、貴族が狩られている。そして機械は日々、強く大きくなるのに、貴族は昔の儘、何も変わらない。これでは貴族の武勇が民を守るなどという大義名分は成り立ちません。つまりは結局、ヤサンの言う通りなのでしょう」
広報局の言に、イザリヤは静かに幾度か頷き、言う。
「それで革命隊は、何処まで情報を掴んでいるのか」
「掠奪の件、ですね」
広報局は暫しイザリヤを見つめて黙し、やがて続ける。
「石工の街は浮足立っています。近くの街で大きな掠奪があったらしいと、噂になっていますからね。或いはその一団は僭王ハンゾを討つ為に森丘の国へ向かっている、とも言われております。街の者は皆、怯えていますが、表向きは騒ぎになっていません。まだ確証がありませんし、得てして人は、目の当たりにするまで信じたくないものは信じないものです。我々もまずは噂の出所を確かめているところです」
「確証が得られたら、どうするつもりか」
「無論、戦いますよ。相手が誰であれ、革命隊は民を虐げる者は許しません」
衛兵が現れ、言う。
「斥候が戻りました」
広報局に目をやる衛兵に、イザリヤは言う。
「構わん。通せ」
衛兵は一礼し、兵を呼び入れる。現れた兵は浅く一礼し、言う。
「小川の街で掠奪が起きたとのこと、間違いありません。街から逃げてきた者達と会ったのです。分隊長とも顔馴染みでした。彼らの話では、帝国の旗を掲げた、数万の軍勢が街に来たのだそうです。その軍勢は竜王ハンゾを認めず、森丘の国に攻め入るつもりという話でしたが、夕暮れの頃、突如として掠奪を始めたと言います。この情報を得て、分隊長は隊を三つに分けました。一つ目は我らの班で、いち早くこの話を伝える為、先んじて帰還致しました。二つ目の班は避難民を連れ、こちらに向かっております。怪我人もおりました故、今暫く時が掛かると思われます。三つ目の班は分隊長自らが率い、小川の街に向かいました」
兵の報を受け、イザリヤは尋ねる。
「掠奪と言うのは、間違いないのか。帝国の軍勢が小川の街を攻める理由などなかろう。規模が大きいだけで、徴発ではないのか」
「恐れながら、逃げてきた者達の話では、街の者は殺され、方々で火の手が上がっていたと言います。明らかに徴発の範疇は超えていたものかと思われます」
「何故、竜王ハンゾに仇なす軍勢が森丘の国の外で掠奪などするのだ。ご領主が軍勢への協力を拒んだとでも言うのか」
「そこまでは、分かりません」
広報局は言う。
「怪我人がこちらへ向かっている、と言いましたね。如何でしょう、石工の街に向かわせては。こちらに向かうより近いですし、良い医者もおります」
小川の街が掠奪された。街の女は犯され、子は親の眼前で殺された。この街にも、酷い傷を負った人々が数多く流れてきたことは、諸君らの記憶に新しいであろう。これらは決して、他人事ではない。既に被害は近隣にも及んでおり、奴らの魔の手は今正に、この街の貴方の家族にまで迫っている。今回の襲撃の恐ろしさは、何といってもその規模にある。これは、よくある山賊の悪行などではない。貴族が組織的に計画した卑劣な蛮行なのだ。奴らの狙いは、再び森丘の国をその支配下に置くことにある。その道すがら民が幾人死ぬことになろうと、気にも留めない。奴らは思うままに喰らい、奪い、犯す、獣の群れなのだ。
我らにも希望はある。竜殺しの英雄ヤサンは、その宣言通り、民を虐げる古都の伯爵を見事に打倒した。英雄ヤサンの勇猛と、人民の団結を前に、堕落した貴族共は為す術が無かったのである。英雄ヤサンは、人民の盾であり、剣である。我らが再び、英雄ヤサンと心を一つに戦うならば、腐敗した傲慢な貴族の連中など、敵ではないだろう。
しかし残念なことに、この様な状況にありながら、この街の偉大なる工匠はあろうことか英雄ヤサンを騙し、その身柄を拘束し、卑劣な貴族共との取引の手札にしようとしている。卑劣なる工匠は、周囲の街の民を見殺しにしただけではなく、この街の民まで見捨て、自分だけ助かろうとしているのだ。これは危機であり、好機である。その何れとなるかは、人民の、貴方自身の決断に懸かっている。今こそ我らが、愚かなる工匠の過ちを正すのだ。今こそ英雄ヤサンをその檻から解き放ち、その光で邪なる貴族の豚共を焼き払うのだ。
-- 革命隊機関紙『革命』第101号『今再び英雄ヤサンの元に集え』
石工の街に怪我人が運び込まれ、革命隊の檄文が出回ると、多くの民が庁舎と自警団の詰所に押し掛けた。革命隊は混乱に乗じて自警団の武具を奪い、組合の建物を占拠した。革命隊が庁舎に押し入ると、囚われていた筈のヤサンは、その言説により自警団の兵を従え、牢を抜けていた。




