偉大なる工匠
「大変です。同志ヤサンが拉致されました。偉大なる工匠が私兵を差し向けたのです。革命隊と平定軍の同盟に基づき、どうか同志ヤサンをお助けください」
駆け付けた革命隊の民兵が叫んだ。イザリヤは兵を従え、石工の街の門番と話していた。イザリヤは民兵を見て、言う。
「同盟などと、そこまでの約束はしておらぬ。互いに争わぬという取り決めをしただけであろう。それに、ここは自治の街だ。武具を携えたまま軍は市街に入れぬ。力に訴えることは出来ぬし、職人の街の自治を脅かせば、ここだけの話では済まなくなる」
イザリヤは身に着けていた剣を外し、傍らの門番に渡す。衛兵も武具を預け、イザリヤに続く。イザリヤは立ち止まり、言う。
「話すだけは話してみるが、何も約束は出来ぬ」
「職人は信用を重んじるものです。何故なら匠の技も、信用も、一朝一夕には得られぬからです。従って我らには、前金を持ち逃げするなどと言う考えは、毛頭ありません。しかしこの状況では、お問い合わせの納品について、軽々な回答は出来兼ねます。殊に此度、伯爵からのご注文は、武具や城攻めの機械と言った類の物が、多分に含まれております。そのような品々がもし、帝国を害する者の手に渡ったならば、我らが責めを負わねばならぬのですから。従いまして、我らが慎重にならざるを得ない旨、どうかご理解ください。さて、幾つか確かめさせて戴きたい。古都の伯爵は竜王の名の下で処刑したと貴方は仰るが、伯爵は革命隊のヤサンに討たれたのだと申す者もおります。何れにしても、伯爵が亡くなられていると言う点では話が一致しておるようですが、では今、古都を治めているのは一体、誰なのか。これも釈然と致しません。古都は平定軍が掌握したと貴方は仰るが、革命隊が城を占拠したと申す者もおります。何故、このように流言が入り乱れておるのか」
偉大なる工匠の言に、イザリヤは返す。
「古都の伯爵を処刑したのは間違いなく我ら、平定軍である。古都は今も変わらず竜王の統治下にあり、領主の任はわたしが代行している。しかしながら、古都が未だ混乱の直中にあることもまた、事実である。夏市の騒乱に託けて盗みや狼藉を働く者が後を絶たぬ。このような折に、平定軍と革命隊が争えば、古都の混迷は続き、街は荒廃する。故に我らは当面の間、対立はせぬ取り決めをした」
「それは何とも、俄かには信じがたい話です。皇帝と竜王に仇なす革命隊を、皇帝と竜王の勅命を受けた平定軍が見逃すというのですか」
「見逃すのではない。只の休戦だ。珍しくはなかろう。我らとて、手当たり次第に戦える訳ではない。そなたの方こそ、帝国を害する者に武具は売れぬと申すなら、竜王に仇なす伯爵と取引など出来ぬ筈ではないか。革命隊への肩入れにしても、何と申し開くつもりなのだ」
「伯爵が復権派というのは、我らの知る限りでは単なる流言でした。それより伯爵は、竜王より古都の守護を命じられた正統なる領主であったのです。そのご用命とあらば、噂如きを理由に断ることなど、出来ますまい。革命隊にしても、我らは肩入れなどしておりません。争いを逃れてこの街に辿り着いた者達の中に、連中が紛れ込んでいただけの話です。実際、我らは革命隊の首謀者、ヤサンを捕らえております」
イザリヤは黙し、偉大なる工匠は続ける。
「ともかく、貴方のお話が真であれば、古都の統治に関しては近々に王都から正式な布告があることでしょう。その布告があれば、我らも安心して古都の正統なる主へ納品が出来るというものです。それでよろしいのではありませんか」
「それでは遅い。民は今まさに飢えておるのだ。糧食の手配だけでも先んじて進めて貰わねば困る。武具にしても、悠長には待てぬ。竜王に仇なす復権派は既に動き始めているのだ」
「困りましたな。せめて何か、間違いなく皇帝陛下、或いは竜王ハンゾの信を受けているという、証の様な物でもあればと思うのですが。もっと有体に申し上げるなら、我らが責めを負ったときの言い訳となるものが必要なのです」
イザリヤは暫し俯くと、俄かに短刀を机に突き立てる。偉大なる工匠の護衛は一斉に身構える。
「この業は竜王から直々に手解きを受けたものであり、短刀もその折に賜ったものだ。己で言うのも烏滸がましいが、有難くも竜王ハンゾには目を掛けて戴いている。これの意味するところが、そなたならば分かるだろう」
偉大なる工匠は静かに歩み寄り、短刀をのぞき込み、言う。
「手に取って、よろしいでしょうか」
「構わん」
偉大なる工匠は短刀を手に取ると窓を向き、刀身を見つめ、幾度も裏返す。やがてイザリヤに浅く礼をしながら短刀を返し、言う。
「この辺りでは見ない造りの様ですが、名品であることは疑いようがありません。なるほど、流石は竜王ハンゾから賜ったというだけのことはあります。分かりました。貴方は竜王ハンゾに認められた古都の領主であると、信じることに致します。納品に関しては可能な限り時期を早められるよう、手配致しましょう」
「そなたの決断に感謝する」
「さて、あなたが竜王ハンゾの信を受けた方であるというなら、話が早い。革命隊とヤサンについて、きちんと認識を確認させて戴きたい。まず貴方は先程、休戦と仰いましたが、彼らが約束を守るなどと、本気で信じておられるのですか。連中は帝国に仇なす者であると言うだけではなく、そもそもの性根から厄介者です。畑仕事が嫌で村を出た者。工房の仕事が続かなかった者。そもそも働くつもりのない者。革命隊などと呼んで格好をつけたところで、その実はそんな連中ばかりなのですから。しかしそれ以上に厄介なのは、連中が単なる嫌われ者ではないということです。連中は文句や悪口を耳障り良く並べているに過ぎぬのですが、残念ながらその言に誑かされる民が後を絶たぬのです」
「そなたは何が言いたいのだ」
イザリヤの言に、偉大なる工匠は頷き、続ける。
「あの男を竜王の名の下で裁くというのであれば、我らは身柄の引き渡しを断ることなど出来ません。しかし今、あの男を殺してしまえば、休戦が反故になるばかりか、民衆の反発も避けられないでしょう。王都を飲み込んだ蜂起が、再び起こるかもしれません。では翻って、釈放してはどうかと言えば、それもまた得策ではありません。奴は事あるごとに民を唆し、この街の在り様にすら異を唱えるのです。全く厄介な男です。貴方のお立場からしても、革命隊に好き勝手動かれるよりは、連中には枷が付いていた方が、何かと都合が良いのではありませんか」
偉大なる工匠の言にイザリヤは暫し俯き、やがて顔を上げ、言う。
「ヤサンは生かさず殺さず、捕らえたままにすると言うのか。それはつまり、帝国と革命隊と、その間で日和見することを認めろと申しておるのであろう。そなたの口ぶり、まるで商人と話している様な心持ちになる」
偉大なる工匠は笑い、壁を指さす。
「そこにある弩は、わたしが若い頃に拵えたものです。よろしければ、お手に取ってご覧ください」
イザリヤは弩を手に取って仕掛けを動かし、言う。
「しっかりした良い品に見える」
「ええ、きちんと作った物ですから、何処に出しても恥ずかしくない、良い品です。ただし、凡庸な品です。名品と呼ばれる様な物ではありません。石工の街の偉大なる工匠は、石工でも名工でもないのです。嘗てはその名が示す通りだったのでしょう。ここは良質な石が取れる石切場であり、石工の集う街であり、最も優れた業を持つ石工が偉大なる工匠と呼ばれ、皆を纏めていた。しかし、石工に道具を供する鍛冶屋が街に住まい、やがて彼らが片手間で作った弩に商人が目を付けるようになったのです。無骨ながら実用的な造りと、『石工の弩』などという命名の妙も相まって、それは瞬く間に有名となりました。しかしながら武具を扱うともなれば、毎度、貴方の様に実直な方とお話しできる訳ではありません。腹の底の読めぬ商人や貴族の方々を相手にせねばならぬのですから。となれば最早、街一番の石工には、石工の仕事に一心でいて貰った方が良い。折衝を負うのは、凡庸な者の方が良いのです。我ら職工の間では、金槌を捨てぬうちは偉大なる工匠にはなれぬと言われております。もちろん皮肉なのですが、否定は致しません」




