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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
帝国の内なる厄災
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夏市

「まだ喰うのか」

屋台の果実を頬張るヴァルコに、イザリヤが言った。ヴァルコは返す。

「夏市の見回り、ご命令通りじゃないですか」

「程々にしておけ。いざと言う時に動けなくては困る」

クロードの言にイザリヤは続ける。

「全く、いい歳をした大人が燥ぎおって。市など、珍しくはなかろう」

ヴァルコは笑う。

「俺が生まれた北の地には、こんな派手な市はありませんよ。それどころか、その辺の街でやってる様な、普通の市だってない。金も無い、人も無い、食い物も無い、山ばかりで住める土地も無い。北の地は、そういう所です。で、遊ぶところも碌にないもんだから、暇つぶしにやることと来たら、子作りぐらいです。うちは男五人、女三人の八人兄弟で、俺は半端な三男。土地も無い癖にそうやって数ばかり増えるもんだから、長男以外の男は皆、こうして家を出て傭兵になる訳です。兄も弟も、まだ生きていれば何処かで兵隊をやってるかもしれません。まあ、賊や乞食になってなけりゃあ、良いんですがね」

ヴァルコは口元を手で拭い、続ける。

「それで、軍団長は古都の夏市には良く来るんですかい」

イザリヤは返す。

「幼い時分には幾度か来たが、大人になってからは初めてだ。最後に訪れたときには祖父と一緒であった。と言うより、わたしが無理矢理に付いて行ったのだがな。屋台を巡り、祖父が兄に木剣を買い与えたとき、わたしは自分も木剣が欲しい、と言った。わたしは兄ばかりを可愛がる祖父を嫌い、それでいて、その祖父に認められたいと願っていたのだろう。故にその時も、人形などではなく剣が欲しいと言えば、自分も兄達と張り合えると考えたのだ。兄達が木剣を振り回しながら遠ざかると、祖父は笑い、わたしに言った。望むのであれば木剣は買ってやっても良いが、お前は剣士と童、どちらになりたいのか。童は木剣を振るって剣士になったつもりとなるが、その木剣が誰かにねだったものであるならば、やはり童は童であろう、と。今にして思えば、わたしは言い包められたのだ。女であるわたしに祖父が木剣を買い与えれば、父と母は良い顔をせぬ。それだけの話だ。それなのにわたしは、未だにこの時の祖父の言葉を思い出す」

イザリヤはクロードに目を向け、言う。

「お前にも市の思い出の一つや二つ、何かあるだろう」

「夏市なんぞ来たこともないし、俺にはそんな気の利いた小話はない」

クロードの言にヴァルコは返す。

「なら、気の利かない小話ならあるってことでしょう。そうやって渋られたら、却って気になるのが人情ってもんですぜ」

クロードは溜息をつき、言う。

「夏市が近くなると、人と金の動きが増える。故に道案内の仕事は稼ぎ時だ。そこに貴族の兵士がやって来る。市の開催を前にした巡回という名目だが、その実は違う。奴らは、道案内の上前を撥ねる。剣と貴族の名をちらつかせてな。或る時、大して強そうでもない奴が、偉く腹の立つ言い草で金を寄こせと言ってきたから、殴って追い返してやった。するとそいつは十人ぐらい仲間を連れて戻ってきて、俺を半殺しにした。周りには大人もいたが、誰も止めはしない。当然だ。誰も同じ目には遭いたくない」

イザリヤは言う。

「それ故にお前は、貴族を嫌うのか」

クロードは笑う。

「貴族を好きな奴など、いるとでも思っているのか。なあ、ヴァルコ」

ヴァルコはイザリヤとクロードの顔を交互に見て、言う。

「勘弁してくださいよ、分隊長。これでも俺らは貴族様に雇って戴いている身の上なんですから」

「そうか。民からすれば、貴族とはその様なものか」

イザリヤの言にクロードは返す。

「そういう話ではない。そもそも、この世は屑ばかりだ。貴族の名を騙る、賊紛いの屑。その屑を御せぬ、貴族と言う名の屑。屑を見て見ぬ振りの屑。屑に刃向かい、半殺しにされる身の程知らずの屑。だが話を聞けば、それぞれが己は懸命に生きているだけだと答えるだろう。或いはそうかもしれない。誰しもが生きる為、互いに不幸と理不尽を押し付け合っている。故に恐らくは、この世の理そのものが屑だ。だが、この世の理を憎んで、何になる。理は、変えられぬから理と言うのだろう。つまり己に降りかかる火の粉を払う以外、俺に為すべきことはない」

イザリヤは呟く。

「世の理は変えられぬ、か。真にそうなのであろうか」


「只の喧嘩ですよ。でも片方の男が、止めに入った守備兵の所為で怪我をさせられたとか難癖を付けるもんだから、野次馬が面白がって騒ぎが大きくなってるんです」

日が傾きかけた頃、市の傍らで配下の報を受けたヴァルコはイザリヤを向き、言う。

「どうします。止めに入りますか」

イザリヤは返す。

「守備兵に任せておけ。割って入ったところで、双方から殴られるのが落ちだ」

ヴァルコは浅く頭を下げた後、言う。

「しかし流石は古都の夏市、喧嘩も随分と賑やかですなあ」

イザリヤの視線の先には人群れが渦巻く。屋台が押し壊され、どよめきの中に叫び声が混じる。

「街の門はどうなっている」

クロードの言にイザリヤは向き直り、大路へと向かう。クロードらもそれに続く。通りに出ると、遠くの門の前、街の内側で守備兵と民が押し合っていた。やがて人群れは水の様に溢れ、鎧を着た兵達を薙ぎ倒し、飲み込む。

「何が起きている」

イザリヤの言にクロードは返す。

「民の蜂起、本当に起きたと言うのか」

ヴァルコは言う。

「俺達も逃げないと不味いんじゃないですか」

イザリヤは叫ぶ。

「城に戻るぞ」

イザリヤらは人群れを背に、城館へ向けて走る。

「民の味方をするのではなかったのか」

クロードの言にイザリヤは返す。

「馬鹿を言うな。あの人群れの前に立ち、わたしはお前達の味方だ、とでも言えば良いのか」

「ならば、伯爵を討つのか」

イザリヤは黙したまま走る。旧市街に入ると、後ろの人群れから悲鳴が上がり、クロードは「待て」と叫ぶ。イザリヤが振り返ると、幾人かの躰を貫き、地に刺さっている大きな槍のようなものが見えた。槍の周りの人群れは、左右の小路に吸い込まれていく。イザリヤは暫し呆け、呟く。

「まさか、城攻めの機械を、民に向けて撃ったと言うのか」


「おお。無事であったか、イザリヤ」

イザリヤが城門塔を登ると、伯爵は振り返って歩み寄り、言った。イザリヤは肩で息をしながら言う。

「伯爵、あれを、城攻めの機械を、民に向けて撃ったのですか」

「そなたの為であろう。ここから見えておったぞ。賊共の群れに追われ、危うい所だったではないか」

「民が相手なのですよ。その多くは武具の扱いも知らぬ、農夫に過ぎぬと言うのに」

「奴らが農夫だと言うなら、何故ここにおる。農夫とは、畑におるものであろう。耕地を放り出し、主に逆らう者どもを賊と呼ばずして、何と呼ぶか」

「では伯爵は竜王に刃向かい、民をも敵に回すと言うのですか」

伯爵は暫し俯いて黙し、やがて顔を上げ、イザリヤを睨む。

「民に無用な情けを掛けるのは、若い時分であれば良くあることだ。そこは聞き流してやっても良い。だが、『蛮族に刃向かう』などという言い回しは聞き捨てならぬ。そなたまで蛮族の統治を認める様な口ぶりとは、一体どういうことだ。そなたに今一度問う。守役殿は、今、何処におる」

イザリヤは伯爵の目を見据えたまま暫し黙した後、返す。

「我らは皇帝と竜王の名の下、乱れた辺境を正す、平定軍です。じいはその本分より外れた行いを以って、死罪と致しました」

伯爵はイザリヤに迫る。

「何と言うことだ、イザリヤ。そなたまで我らを裏切るのか。認めぬぞ。真にその覚悟があると言うなら、その手でわたしを殺してみよ。さあ、どうだ。出来るのか」

伯爵の言は、俄かに止まる。伯爵の胸を、イザリヤの剣が貫いていた。イザリヤは嗚咽する。衛兵が身構える。クロードは叫ぶ。

「皇帝と竜王の名において、謀反人たる伯爵は死罪とする。抵抗する者は同罪と見做す。謀反は重罪である。逆らうならば一族諸共、死罪と心得ろ」

一人の衛兵がクロードに剣を振り下ろす。クロードはそれをかわし、衛兵の顔を殴る。衛兵が剣を落とすと、クロードはその躰を持ち上げ、塔から投げ捨てる。地面に落ちた兵を農夫らが取り囲み、農具で殴る。その様を見た衛兵は一人、また一人と膝を落とす。

「城の中はこれで収めたとして、外の連中はどうするんですかい」

ヴァルコの問いにクロードは答えず、伯爵の首を斬り落とし、城壁に足を掛け、その首を掲げる。城門に押し寄せた群衆はどよめく。

「見ろ。あれは、伯爵の首じゃないのか」

「すげえぞ。本当にやったんだ」

どよめきは次第に歓声へと変わる。誰かが叫ぶ。

「ヤサンだ。ヤサンがやったんだ。偉大なる竜殺し、ヤサンを讃えろ」


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