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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
帝国の内なる厄災
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農村

 集落の入口では、土埃に塗れた道具を担いだ農民が人群れを成し、どよめいていたが、イザリヤの一団を目にすると声は止まり、それぞれが一様に俯き、足早にその場を去る。後には古木に縛られた、薄汚れた男が残る。

「罪人か」

イザリヤの呟きに、クロードは返す。

「大方、けちな盗みでも働いたのだろう」

一団が通り過ぎようとすると、男は擦れた声で言う。

「わたしは只の農夫です。盗人などではありません。兵隊様、どうか、お助けください。地主殿が、反乱を企てておるのです」

イザリヤが手をかざし、一団は立ち止まる。

「反乱とは、穏やかじゃないですな」

ヴァルコの言に、クロードは溜息をつき、返す。

「真に受ける様な話ではないだろう。どう見ても、苦し紛れだ」

イザリヤは暫し口元に手を当てて黙した後、「どうかな」と呟き、兵に縄を解かせる。


 集落の中で一際大きな家の門をくぐると、破れた服の男が牛の世話をしていた。男は手を止めて身を屈めたまま黙し、一団を見回す。

「この家の主を呼んでくれ」

クロードの言に、破れた服の男は僅かに頷き、館へと向かう。やがて簡素だが綺麗な身なりの地主が現れ、言う。

「これは兵士様。一体どのような御用向きなのでしょうか」

イザリヤは返す。

「率直に言う。この者の話によれば、そなたは領主への反乱を企てているのだと言う。これは真であるか」

地主は農夫を一瞥すると顔に手を当て、言う。

「全く困った奴です。反逆などと、とんでもないことを言い出したのは、この男の方でございます。しかも、わたしや集落の者まで巻き込もうとするものですから、袋叩きにして木に縛り付けておったのです。何れはお役人様に突き出してやらねばと、皆で話しておった所でございます」

地主の言に農夫は返す。

「いいえ、証拠がある筈です。地主殿は紙に書かれた文字を読み上げ、わたしに反乱へ加われと言ったのです。紙は何枚もありました」

地主は傍らの机を拳で叩きつけ、叫ぶ。

「いい加減にしろ。そんな紙が何処にある」

クロードはイザリヤを向き、言う。

「無いって言うなら、きっと無いのだろう。仮にそんな紙があったとして、燃やしてしまえば何も残らん。命令するなら家中ひっくり返して探してもいいが、まあ、どうだろうな」

唐突に、破れた服の男が秣を漁り、言う。

「お探しの紙とやらは、ここにある」

男の手には、丸められた紙があった。クロードは紙を受け取り、皴を伸ばし、読み上げる。


 その者達は、賊から守ってやる代わりに金と食い物を寄こせと、我らに言った。そしてその者達は賊に敗れ、賊の手下となった。更にその者達は、今度こそ賊を追い払ってやるからと、今再び、我らに金をせびりに来た。その者達とは、古都の伯爵とその一派である。奴らは蛮族を追い出し、王家を再興するなどと妄言を並べているが、騙されてはいけない。人民を守れない王家など再興して、何の意味があると言うのか。奴らにはそもそも、我々を守る意思も、その力も無く、それ故に敗れたのだ。そんな奴らを頼ることも、恐れることも、大きな過ちである。我らが今為すべきことは、我ら自身の力を信じ、行動を起こすことである。祖国を愛する者達よ。愛する家族や仲間を守りたいと願う者達よ。今こそ我らは、団結せねばならない。長く虐げられた我らは忘れかけているが、人民とは元来、最も強固な存在である。何故なら人民の敵とは、人民の血を吸って生き永らえる害虫に過ぎないからである。奴らには、我らを滅ぼすことなどできない。選ぶのは我らだ。腕に留まっている蚊を赦すか、赦さないか、それは貴方の選択である。時は来た。七つ目の満月の夜、ヤサンは古都の伯爵を打倒する。人民よ、七つ目の満月の夜、ヤサンの下に集え。共に、厄災の元凶たる古都の伯爵を打倒するのだ。


「分隊長は字が読めるんですかい」

ヴァルコの言に、クロードは返す。

「御館様のお陰だ。そんな事より、随分と物騒な事が書いてあるな」

「それです。その紙です。地主殿の言い逃れもこれまでです」

農夫が叫び、地主が返す。

「馬鹿な。この紙は、お前が持ち込んだのだろうが」

「わたしは文字など読めません。これは地主が用意したものです。兵士様、地主を、この男を捕らえてください」

破れた服の男が農夫を指差し、言う。

「この男も同罪だ」

農夫の口から「な」と声が漏れる。破れた服の男は続ける。

「この農夫が紙を配った。こいつらは反逆の相談をした。地主は乗り気だったが、途中で難しいと思って、反乱の話をこの農夫一人の所為にした。地主は配った紙を集めて焼いたが、その時、俺が一枚とっておいた。二人とも、疚しい所があるから嘘をついた。こいつらは主への反乱を企てた、同罪だ」

「小作人のあんたが地主に恨みを持つのは分かる。だが何故、わたしまで巻き添えにする。一緒に地主の横暴に我慢してきた、仲間じゃないか」

農夫の言に、小作人は叫ぶ。

「何が仲間だ。いつも見下していた癖に。土地持ちに、俺の気持ちが分かってたまるか」

農夫はへたり込み、地主は頭を抱える。クロードは言う。

「あんたらの仲が良いってことは、よく分かった。だが話が要領を得ない。その紙切れは何処から出てきた。そんなものが何枚もあったと言うなら、一介の農夫が用意できる訳もない。地主が用意するにしても、手が込み過ぎている」

農夫は言う。

「石工の街に作物を売りに行ったとき、貰ったんです。物を売るときの包みに使うと良いって言われて、その通りに使っていました。そうしたら地主に呼び立てられて、何て書いてあるか聞かされたんです。わたしは読み書きなんてできない。何が書いてあるかなんて、知らなかったんです」

地主は言う。

「自分達は読み書きができないから、罪を問われるのは文字が読めるわたしだけだと、この男は言ったのです。故に紙を配られて困るのも、わたしだけであり、故に紙を処分したいのなら買い取れ、と。それで腹が立って、使用人に命じてこの男を縛り上げたのです。ですから、我らは誰も反乱を企ててなどいないのです。どうか、信じてください」

地主は床に頭を擦り付ける。しばしの沈黙の後、イザリヤは言う。

「少し勘違いしているようだが、我らは古都から来たのではない。我らは皇帝と竜王の命を受け、王都から派遣された軍である。もし、地方の領主が私腹を肥やす為、王都からの許しもなく勝手な税を課しているのであれば、これを咎めねばならぬ。故に改めて問いたい。この紙に書いてあるような取り立ては、実の所あったのかどうか、申してみよ」

農夫は言う。

「そうなのです。確かに先頃、追加の徴収がございました。皆、不平を言っております。もう、先の戦いの折にも十分取られておると言うのに」

地主は言う。

「いや、勿論、税が安いに越したことはございませんが、これも我らの務め。反乱を起こそうなどとは、夢にも思わぬことでございます」

「あんたは汗水垂らして働いてないから、そんなことが言えるんだ」

小作人の言に、地主は鞭を振るい、返す。

「お前の方こそ、頭を使わず楽をしておるから小作人なのだろうが。税が増えた分のやり繰りを誰が考えておると思っているのだ。屑め。嫌なら出ていけ」

イザリヤが「待て」と叫び、場は暫し黙す。イザリヤは続ける。

「ここで争った所で、取られた税が戻る訳でもない。寧ろ、お前達が争い、団結出来ぬことで得をする者がいる。書かれていた言葉を、思い返してみよ」

農夫らは、顔を見合わせる。イザリヤは続ける。

「お前達、領主に逆らってみる気はないか」

皆、暫し唖然とする。イザリヤは更に続ける。

「わたしは何も、血生臭い話をしているのではない。お前達は一団となり、ただ我らに同行すればよい。無論、我らのみで古都の伯爵に掛け合うことも出来るが、それでは白を切られるかもしれぬ。だが、お前達がおれば、そうはいかぬ。さて、どうする。お前達が、自ら声を上げる程には不満はないと言うなら、それでも良い。我らとて暇ではない。紙切れ一つでお前達を咎めたりはせぬ。辺境の見回りを続けるとしよう」

イザリヤが背を向ける。農夫は叫び、小作人と共に平伏する。

「お待ちください。どうか我らも古都へお連れ下さい」

地主は少し躊躇い、続いて平伏した。


「これは、本当に大丈夫なんですかい」

ヴァルコは振り返り、言った。正規兵と傭兵の隊列に続き、農民の一団が連なる。イザリヤは「何がだ」と返す。

「我々はその、どちらかと言えば農民の反乱を止める側になるんじゃないかと」

ヴァルコの言に、イザリヤは返す。

「これは反乱ではない。少しばかり古都へと赴き、話をするだけだ」

「それにしたって、貴族や兵隊が農民の肩を持つなんて」

ヴァルコの言にクロードは返す。

「貴族が隣国の反乱を煽ると言うなら、珍しいことでもないがな」

イザリヤは暫し黙した後、言う。

「森丘の王家とは、元々は古都の豪族だ。故に古都には、今でも王家に連なる名家が数多く残っている。わたしの母の生家も、古都にある」

「じゃあ古都の伯爵という御方も、軍団長の御身内だったりするんですかい」

「ああ、親戚に当たる」

「ということはつまり、軍団長が農民と伯爵の間に入って、話を付けると、そういうことですかい」

「まあ、そんなところだ」

イザリヤの言にクロードは返す。

「そんな生温い話じゃないだろう」

イザリヤは黙す。

「どういう意味です」

ヴァルコの言にクロードは返す。

「古都が森丘の王家ゆかりの地と言うなら、それはつまり王家の再興を願う復権派の温床ということだ。古都の伯爵が追加の徴収を行ったのは、ハンとの戦の為だ。復権派は森丘の国の外から軍勢を呼び込み、共闘し、ハンゾを排除するつもりだ。そしてその復権派に農民の反乱をぶつけて動きを封じようと言うのが、軍団長のお考えだろう」

「え、本気ですか、軍団長」

ヴァルコの言にイザリヤは返す。

「我らが動かずとも、反乱は起こる。故に古都の身内を案じるならば、寧ろ先手を取り、あの檄文に書かれた決行の時より前に古都へと辿り着き、事態を収めねばならぬ」

クロードは言う。

「簡単に言うが、どうするつもりだ。農民連中を唆した以上、あいつらも納得する話でなければ収まらないだろう」

「分かっている」

イザリヤの言にクロードは返す。

「まあ何であれ、伯爵が要求を素直に呑むとも思えんが」

ヴァルコは言う。

「その、御身内とやり合うことになるんですかい」

「貴族が身内と争う。それも、珍しいことではないがな」

クロードの言にイザリヤは返す。

「そうなることも、覚悟はしている。それに」

イザリヤは暫し黙し、続ける。

「わたしにとって、身内と言える存在は、じいだけだ。それも、もういない」


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