自責
「もう大丈夫なのか」
イザリヤは一人、背を丸めて倒木に腰かけ茫然としていたが、クロードに気付くと僅かに顔を上げ、言った。クロードは左手を幾度か握り、言う。
「手の痺れはない。今は少し力が入らないが、動けば取り戻す。そんなことより、軍団長殿は雑兵の心配をしている場合ではないだろう」
イザリヤは頷き、言う。
「手勢の半分は失われた。逃げる折、荷も殆どを失った。最早、これで軍団長などとは呼べまい。わたしのことは、イザリヤでも、お前でも、好きに呼ぶがいい」
暫しの沈黙の後、イザリヤは続ける。
「恨んでいるだろう。寧ろ呆れているか。わたしを、軽蔑するか」
クロードはそれに答えず、イザリヤの隣に腰かける。イザリヤは続ける。
「敵も味方も、多くが死んだ。わたしの所為だ。わたしを逃がす為に多くの味方が犠牲となった。お前に、じいを殺させたのも、わたしだ。それなのにわたしは今、己の事ばかりを考えている。剣術は、じいに習った。相手を仕留めるつもりなら、剣は振り回してはならないと、何度も言われた。急所に鋭く突き入れろ、と。竜王ハンゾから賊討伐の任を受け、気持ちは昂っていたが、ずっと不安だった。じいに教わった通り、本当に出来るのだろうか、と。それ故、初めて相手の喉元に剣が刺さったとき、嬉しかった。安堵したと言うべきなのだろうか。本当に、ほんの一時だけ、喜んでしまった。そして直ぐ、己を嫌悪した。わたしが人の死に愉悦を感じるなど、信じられない。殺しを行う者の心持も知らぬまま、無為に殺しを命じてきた己が恥ずかしい。わたしを護るために周りの者が殺し、殺されるということにも、目を背けてきた。それなのにわたしは今、安堵している。多くの者達が死んでも、己が死なずに済んだことを、浅ましくも喜んでいる。そして、この心の乱れを、じいに相談したら何と答えるだろうか、などと考えている。わたしが殺したというのに」
イザリヤは手で顔を覆う。クロードは暫し黙した後、言う。
「不幸な形で人が死ぬと、皆、同じことを言う。わたしの所為だ。あの時こうしていれば。他にも手があった筈。自分だけが生き残って、申し訳ない」
「お前は、何も感じぬのか。いや、すまぬ。殺しを命じておきながら、図々しい物言いであった」
「仲間が死ぬ度、他に手はなかったかと考える。だが結論はいつも同じだ。他に手はなかった。あればやっている。理屈の上では別の手段があったとしても、そこに思い至らなければ選ぶことなど出来ない。それがその時の俺の限界だ。それに結局、他の道も進んでみなければ正しかったかどうかなど、分からない。敵に関して言うなら、人を殺して安堵するのは普通だ。務めを果たす為であれ、身の危険を避ける為であれ、必要があって殺している。寧ろ、殺して安堵しない相手など、殺すべきではない」
「理屈ではそうかもしれぬ。だが、今はそうは思えぬ。振り返れば、命を落とした者達がそこにおるように思えるのだ」
「それで道が定まると言うなら、好きなだけ過去を悔いるといい。だが、これから先の事を考えるつもりがないなら、後悔など道楽に過ぎない。あんたには、じじいを殺してでも進みたい道があったんじゃないのか」
クロードの言にイザリヤは暫し黙し、言う。
「森丘の国に攻め入る勢力があれば、これを食い止めよ。それが出来たならば、運河の国を手に入れた暁に、森丘の国を譲る。竜王ハンゾのお言葉だ。これは、じいにも話していないことだ」
「密約か。だが、王になりたいだけなら、じじいの口車に乗っても同じ話だった筈だ」
「じいも言っていたが、わたしの一族は元々、田舎の貴族の、それも分家だ。だがそこに、母が嫁いできた。野心家の祖父が名家との縁談を纏めたのだ。血縁上は王家と近しくなり、祖父は要職を得て、一族は豊かになった。だが我が父は祖父とは違い、凡庸な人であった。母は姉の婚姻が決まったとき、溜息をつき、涙を流した。相手の家柄が気に入らなかったのだ。凡庸な父は良い縁組を纏めることなど出来なかったのであろう。わたしは姉を、笑って送り出すことが出来なかった」
イザリヤは一度大きく息を吐き、続ける。
「わたしは、生まれで全てが決まってしまう世の中が、許せない。女を出世の道具にする男も、それに甘んじて泣くだけの女も、わたしは許せない。それで此度の話だ。王、と言えば聞こえは良い。だが祭り上げられて王となったのでは、押し付けの生き方に甘んじた、母や姉と変わらぬ。わたしは自らの意思で選び、自らの力で成し遂げたい。そうでなければ、わたしには、生まれてきた意味がない」
沈黙の後、イザリヤは言う。
「わたしを、愚かだと思うか」
「好きに考えたらいい。だが、意味とやらの為に自ら死を選ぶようなら、それは愚かだ。そもそも平民からすれば生まれた意味など、道楽に等しい。皆、生きる為だけに生きて、それで、やっとなのだからな」
クロードは溜息をつき、続ける。
「そう言えば、俺もハンゾに言われていた。あんたとじじいが道を違えることがあれば、あんたの味方をしろ、と」
「竜王は、じいの裏切りを見透かしていたのだろうな」
「だが見透かしたところで、意味がない。俺達はただ仲間を殺され、逃げただけだ。ハンゾは俺達を捨て駒にして時を稼ぐことを考えたのかもしれんが、あれでは、時間稼ぎにもならなかっただろう」
「そこが妙なのだ。竜王がわたしにこの役目を与えたのは、気紛れや出鱈目などではない。竜王は全てを見通す。何か意図があった筈なのだ。故にわたしには、まだ何か、為すべきことと、その手段がある筈なのだ」
「ハンゾを買い被り過ぎじゃないのか」
クロードの言にイザリヤは立ち上がり、返す。
「そうかもしれぬ。だが何であれ、もう後戻りは出来ぬ」




