竜墓
「頑張ってるじゃないか、新入り」
丸太の先を斧で削っていた青年は、声を掛けた男を向き、返す。
「団長、見回りですか」
団長と呼ばれた男は、青年の服の裾を少し捲り、言う。
「お前、鎖帷子を着込んでいるのか。流石に暑いだろう」
「平気です。それより、奴らが何時来ても戦えるようにしておきたい」
「張り切り過ぎると、へばっちまうぞ」
団長は笑い、水を差し出す。青年は一礼して水を受け取る。団長は辺りを見渡し、言う。
「この街の備えは、なかなかだろう。運河の大公が金を出していると言うのもあるが、それだけでは、こうはならない。この街の、偉大なる職人の伝統があってこそだ。大工の街の名に偽り無し、だな」
「ええ。全くです。王都には立派な城壁があったが、それしかなかった。だから門を破られた後は、呆気なく負けてしまった。でも、この街は違う。町中に張り巡らされた馬防柵と、騎兵殺しの罠。民家ですら、頑丈に作られている。更には竜殺しの仕掛け。そして何より、自らの街は自らで守ると言う、自警団の存在。街全体が、戦いの意思で満ち溢れている。故にこの街は、大工の街であると共に、戦士の街だ。ここはきっと、竜の墓場となる街だ」
「威勢が良いじゃないか。そう言われると、竜が来ても本当にやれる気がしてくる。そうだ、夜の酒盛りでも、その調子で皆を盛り上げてくれ。皆、消耗している。今みたいな話で盛り上がれば、疲れもふっ飛んで、士気も一段と高まる」
「王都に奴らが攻めてきたとき、貴族の連中は壁の外の民の家を焼いて、それから壁の中に籠った。貴族の連中は、壁の外の民からも税を搾り取ってた癖に、酷い話だと思わないか」
夜の闇の中、人々が炎を囲む。その直中で語る青年の言葉に、聴衆はどよめく。青年は続ける。
「役立たずの王族の所為で、王都は直ぐに敵の手に落ちてしまった。そして兵は僭王ハンゾに指を切られた。だがそれでも、王都の兵達は諦めなかった。動ける者は皆、再び武器を手にして、蛮族どもに立ち向かった。それなのに愚帝アルバリウスは、そんな勇敢な王都の兵達を、捨て駒にした。自分が逃げる為の時間稼ぎだ。しかも、その責任すら手下に擦り付けた。そして最後には森丘の国そのものが捨て駒だ。それで自分一人だけ帝都に逃げ帰って、一体皇帝は何をしに来たんだ」
群衆の中から「そうだ」「全くだ」と声が上がる。
「つまり、王都の貴族は、役立たずの税金泥棒で、皇帝は俺達のことを虫けら同然に考えている腰抜けで、そして蛮族どもは掠奪と女を犯すことしか考えていない、人の形をした犬だ。もう、誰を頼ればいい。どうしたらいいんだ。荒廃した祖国で、皆、ずっと苦しみ、藻掻いてきた。だが、答えはこの街にあった。自警団だ。自分達の街は、自分達で守るしかない。貴族は戦士じゃない。自警団こそが、戦士だ。自警団こそが、民衆の未来だ。皆で団結して、蛮族どもをこの国から追い出してやろう。我ら自警団なら、絶対に出来る」
多くの者が手を叩き、歓声が上がる。青年が聴衆の輪の中に進む。ある者は青年の肩を叩き、ある者は握手を求めた。
「感心したよ」
団長の言に青年は返す。
「ありがとうございます」
「俺達庶民には夢と希望が必要だ。皆を率いる為には、青臭いと言われても、胡散臭いと言われても、夢を語らなくちゃいけない。頭ではそう思っているが、俺はそう言うの、ちょっと苦手でな」
団長は頭を掻き、笑う。
「団長は行動で、皆に勇気を示しているではないですか」
団長は笑みを浮かべ、首を振る。
「昔ある男に、街の入口の守りを男に任せた。そいつは俺がいなくなると、文句を言った。団長は後ろで待ってるだけか、と。頭に来たから、俺は自分で入口の守りに立った。するとその日に限って、敵が来た。俺は槍を突き出し、騎兵を仕留めた。そして文句を言ってきた男に、明日はお前が入口に立て、と言った。すると男は役目を引き受けたが、結局やはり文句を言った。たまたま運良く敵を仕留めたぐらいで、いい気になりやがって、と」
「誰なんです。そんなふざけたことを抜かした男は」
団長は笑い、青年を宥める。
「よせよせ。大事なのはそこじゃない。俺が言いたいのは、行動で示すことも、ときに煙たがられると言うことだ。俺にはできた、お前もやれ。この理屈が、やる気のない奴らに響かないのは当たり前だが、それだけじゃない。矜持と意欲を持つ者にとっては、ときにそれは侮辱と映る。それで俺はいつも言葉に迷う。だが、お前の言葉には才能がある。皆、やる気になったし、自分達なら出来ると奮い立っている。お前に期待しているって言うのは、そういうことだ」
団長はそう言って青年の肩を叩き、群衆の中に消えた。
朝、大工の街に鐘が鳴り響いた。見張りが「敵襲だ」と叫ぶ。街の入口に立つ自警団の槍兵は、ハンの騎兵に斬りつけられ、倒れる。辺りには煙が立ち込める。走り抜けた騎兵は、唐突に落馬する。騎手の高さに、縄が張られていた。落馬した兵に自警団の兵が集まり、槍を突き立てる。後続するハンの騎兵は曲刀で縄を切るが、煙の中から再び現れた縄に当たり、体勢を崩す。それを自警団の兵が長柄の斧で殴り、馬から引きずり下ろす。ハンの騎兵は火薬壺を投じ、辺りの煙は次第に黒ずんでいく。兵の悲鳴と、血飛沫と共に、竜の頭が煙から突き出る。自警団の兵が叫ぶ。
「誘い込め。俺達なら、竜だって殺せる」
自警団の騎兵は、防柵の隙間を縫うように走る。竜は柵を薙ぎ倒し、その後ろに迫る。竜が路地に入ると、縄を付けた槍が左右の建物から一斉に飛び出す。無数の槍を打ち込まれた巨躯に縄が絡み、竜は身動きが取れなくなる。団長は二階の窓から飛び掛かり、竜の頭を目掛け、大金槌を振り下ろす。その刹那、竜はその身を捩り、団長の脚を喰い千切った。団長は地面を転がる。竜は槍と縄を振り払い、走り去る。
「団長、しっかりしてください」
鎖帷子の青年は叫び、駆け寄った。団長は言う。
「生き残りを纏めて、逃げろ。お前は生き延びて、皆の希望となれ。今日からは、お前が、竜殺しのヤサンだ」




