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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
帝国の内なる厄災
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大臣

 大臣の報告を聞いとき、激しく怒りを感じたことを覚えている。大臣は、将軍の一族を皆殺しにした。そしてその所領を全て召し上げ、国庫の足しにすると言ったのだ。確かにわたしは大臣に『もっと手を尽くせ』と命じた。その結末がこれだ。怒りで手が震えたが、その激情は己の不甲斐なさに向けられたものだ。矛先を大臣に向けるべきではない。頭に血が上るのを感じながらも、理屈ではそう理解していた。だが実際の所はどうだったのか。事の仔細を問うつもりが、暗に大臣の責を問うてはいなかったか。大臣はいつものように穏やかに一礼し、去っていった。だが本当に、それは穏やかだったのか。後悔は過去を歪める。交わした言葉の記憶に、今は確信が持てない。


-- アルバリウスの回顧



 大臣の離反も、愚帝アルバリウスとその弟ルクシウスの反目も、驚くには値しない。何故なら、その底なしの強欲さ故に、裏切りと権力抗争に明け暮れることは貴族どもの性であり、奴らにとっては日常だからである。奴らの最も許されざる点は、身勝手にも己の命ではなく、人民の命を掛け金にして、その無益な権力争いという名の道楽に興じていることである。より良い世界の為に、文字通り自らの命を賭した偉大なる同志ヤサンとは、戦いの目的も手段も、根本的に異なっているのである。貴族という生き物は、人民の命を極めて積極的に軽んじている。その証拠に彼らは、賊を装って隣の領地を襲い、人民から奪い、殺し、犯した。これは一時のことでも、一所の話でもない。尤も、より正確には『装った』のではなく、『本性を曝け出した』と表現すべきかもしれない。貴族とは、本質的に賊なのである。


-- 共和国機関紙『革命』第193号『共和国前史第二編』



 大臣は一人娘を皇后にしたかった。それなのに皇帝は大臣への相談もなく、勝手に結婚を決めてしまった。だから大臣と皇帝は仲が悪くなった。酒場の連中が、そう噂していた。俺も嫌いじゃないが、皆、こういう下世話な話が大好きだ。


-- 店主の日記



「理を求める学術院の者は、敢えて道義を語らぬ。そうであったな」

大臣に呼び止められた学師は一礼し、答える。

「はい。そのように心掛けております」

「では一つ問う。森丘の戦いが終わり、次の稼ぎの当てのない傭兵どもと、正規兵の余剰を用い、農地の開墾を行うと言う陛下の策は、お前の入れ知恵か」

「古代の国々で行われた施策の一例として、ご説明申し上げた事はございます」

「傭兵とは、職にあぶれれば賊に堕ちる輩だ。それに仕事をくれてやると言う、策の狙い自体は良い。だが、連中は性根からならず者である故、策の効きにも限度がある。実際、畑仕事を放り出して賊となる者が後を絶たぬ。これに対し、お前はどのように応じるべきと考えるか」

「賊には賊の言い分があるもの。その者らが賊となった所以を探る必要があるかと存じます」

「捕らえた奴らの言い分は聞いている。仕事が耐え難いと言う者、飯が不味くて足らぬと言う者、金払いに文句を言う者、女が欲しいと言う者。我らとて、奴らの処遇には気を使っているのだ。だが、奴らの不平不満は際限がない。全てに応えることなど出来ぬ。その上で生じる賊どもについて、どうすべきかと尋ねているのだ」

大臣の言に、学師は暫し俯き、返す。

「賊は法に則り裁くのが順道とされておりましょう」

学師の言に大臣は何度か頷き、言う。

「嘗て友が言った。賊は斬っても減らぬ、と。近頃は、悉くその通りだと感じる。その友は、政を以って賊が生まれぬ世を作るべきだと考えていた。それも志としては良い。だがわたしには百年も千年も先の世の話に思える。今は眼前に蔓延る賊を減らしていかねばならぬ。さて、では斬っても減らぬ賊を、如何にして減らすか」

暫しの沈黙の後、大臣は続ける。

「ならず者どもは相応しき場に送るのが、最も合理的であろう。それは即ち、外征である。勇者として、愛国者として、外敵と戦い、そして死ぬ。賊となり掠奪に及んだとしても、そこは敵地である。帝国の内は痛まぬ。学師よ。この考えにおかしな点はあるか」

「何を以って合理的と呼ぶかは、その目的に依りましょう」

「我らが目指すのは、帝国市民が、ならず者に怯えることなく暮らしていける世を作ることだ」

「その帝国市民の中に、所謂ならず者が含まれるかどうかは、議論の余地があるように思えます」

「当然、含まれない。帝国市民に害を為す者は、帝国市民ではない」

「では仮にそうであるとして、具体的に何処へ外征するのでしょうか」

「森丘の国だ」

大臣の言に、学師は暫し口元に手を当て黙した後、言う。

「森丘の国は帝国の一部であり、そこに暮らす森丘の民もハンの民も、帝国市民と考えるのが一般的であるように思われますが」

「帝国市民に害を為す者は、帝国市民ではない。従って蛮族は帝国市民ではない。森丘の民も、それに隷属している以上、今は帝国市民と呼ぶことは出来ない。帝国市民ではない者の支配下にある場所は、即ち敵地である」

学師は暫し黙し、言う。

「そのように帝国と帝国市民を定められるのでしたら、大臣閣下のお考えは一定の理が備わっているものと考えます。しかしながらその前提は、皇帝陛下がお考えになる道義とは、些か異なっておるようにも思われます」

学師の言に、大臣は返す。

「道義を語れば理は遠のく、だったな」

学師は頭を下げ、大臣は去った。


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