境界
「奴らは皆、馬に乗ってやってくる。この辺りに点在する集落を襲い、牛馬を殺し、女を攫い、嵐のように去っていくのだと言う」
イザリヤが言った。遠くではクロードとフランツ、傭兵の一団が土木を運び、櫓と防柵を築く。守役が言う。
「一人や二人でなく、賊の一団が丸ごと騎兵となりますと、帝国の中ではあまり聞き馴染みがありませぬな」
「ハンの騎兵かもしれぬと言うことか」
イザリヤの言に、ハンの文官は声を荒げる。
「馬に乗っていると言うだけで、賊を同胞と決めつけるとは、愚かであり、無礼であろう。我らは竜王ハンゾの下、固く結束しておる」
イザリヤは言う。
「決め付けているのではない。たとえ相手がハンの騎兵であったとしても、我らは後れを取らぬよう、備えねばならぬと言うだけだ」
守役が続ける。
「馬には馬、騎兵を以ってこれに当たらねば、討伐は疎か、根城すら掴めますまい。ここはハンの精兵たる、皆さまのお力をお借りしたいところなのでございます」
文官はハンの言葉で兵と少し話した後、頷き、言う。
「いいでしょう。もし賊が同胞であるならば、我らにとっては面汚し、我らの手で仕留めるのが道理。もし紛い物の騎兵であるならば、我らの敵ではない。蹂躙してくれよう」
「ここの櫓はこれで出来たんじゃないか。なあ、分隊長」
傭兵長ヴァルコはクロードを向き、言った。クロードは出来たばかりの櫓を揺らして確かめ、言う。
「櫓はこれで良い。防柵の組付けを確かめたら、飯にするぞ」
クロードの言に、フランツは汗を拭い、言う。
「櫓と柵が建てば賊は集落を狙い難くなる。こうして平定軍が各地の集落の守りを固めていけば、自ずと賊が現れる場所は絞られていく。って、軍団長は言ってましたけど、そんなにうまく行くんでしょうか」
ヴァルコが続ける。
「軍が近くにいると分かってて、しかも自分達は全員分の馬があるんだろう。俺ならまず、高飛びを考えるな」
クロードは静かに笑い、言う。
「実に参考になるご意見だ」
「おいおい、言っておくが俺達はそういう、馬で辺りを荒らし回るとか、やってないからな」
「本気で弁解すると、逆に怪しくなるぞ」
兵達は笑う。唐突にフランツは「あっ」と声を上げ、遠くから駆けてくる馬を指差す。馬は集落へ駆け込む。程なくして、ハンの騎兵の一団が飛び出し、馬が駆けてきた方角へと向かう。
「追跡隊でしょうか。人の乗っていない馬も混ざっているようですが」
フランツの言に、ヴァルコは返す
「乗り手よりも馬の数が多いのは、ハンの連中の得意技だ。馬が疲れたら乗り換えて追跡を続けやがる。あいつらに追い回されたら本当に厄介だ」
「なるほど、それが味方だと言うなら、頼もしいですね」
フランツの言に、クロードは返す。
「賊の根城が見つかれば俺達も出立となる。早くても明日だろうが、そのつもりで準備しておけ」
「昨日の夕刻、ハンの追跡隊が戻った。だが、戻ってきたのは一人だけだ。残りは、北の川を渡ったところで待ち伏せを受け、殺された。知っての通り、川の向こうは常緑の国だ。小賢しい賊どもは、国を跨げば軍を差し向けることは難しいと考えておるのだろう。だが、我らは皇帝陛下直々の勅命で組織された平定軍だ。帝国領内の境目など、何の障害にもならぬ。直ちに討伐へ向かう」
イザリヤが叫び、兵達は一斉に動き出す。暫し腕組みをしていたクロードは、傍らのヴァルコに言う。
「ヴァルコ、お前はどう思う」
「ハンの騎兵を撒くのは難しい。だからと言って簡単に返り討ちに出来る相手でもない。いや、随分と手際の良い賊だと思いますがね」
ヴァルコの言に、フランツは言う。
「敵は手強いということでしょうか」
守役が現れ、言う。
「よろしいですかな。賊はご存じの通り、馬を持っております。いつ何時、何処から仕掛けて来るかも分かりませぬ。そこでクロード様には、隊列の中程から後ろの護りをお願いしたいのです。荷をやられては、平定軍は立ち行かなくなってしまいますからな」
クロードが「承知した」と返すと、守役は薄く笑みを浮かべ、去った。
川を渡り、暫し歩いた後、イザリヤは片手をかざし、一団を止める。
「ここで待ち伏せに遭ったようですな」
守役の言に、イザリヤは返す。
「馬の死体が残っておるし、血の跡もある。だが、兵の躯がないのはどういう訳なのだ。身包みを剥ぐと言うならばともかく、躯を持ち帰ったところで、賊どもに何の利がある」
「些か妙ではございますが、奴らを捕らえれば、それも明らかになりましょう。幸い、轍と血の跡が残っております。これを辿ればよろしいかと」
「罠ではないのか。分りやす過ぎる」
「かもしれませぬ。しかし我ら平定軍は一団で行軍しております故、馬を持った賊と言えど、仕掛けるのは容易ではございませぬ。クロード様と傭兵の一団に後ろの荷も護らせております。このまま警戒を怠らず追跡を続ければ、問題はないかと存じます」
「じいの言う通りか。ならば先を急ごう」
イザリヤはそう言って手をかざし、一団は再び動き出した。
「流石にこの砦が賊の根城ではないですよね」
そう言ったフランツの眼前には城壁と塔に囲われた街があった。ヴァルコは言う。
「砦の街。常緑の国の端で、森丘の国を睨む位置にある要衝だな。ハンとの戦いのときに一度来たぞ」
「そうなのですね。確かに要衝を護るに相応しい、立派な城門です。しかし賊を追っていた筈なのに、何故街に来たのでしょうか」
「何だろうなあ。しかしまあ、皇帝陛下のお墨付きがあるとは言え、先ずこの辺りの貴族や有力者に話を通しておこう、ってことなんじゃないか。黙って兵を動かせば何かと波風が立つ」
クロードは言う。
「無駄口はそこまでだ。警戒を解けと言った覚えはない」
「失礼しました、分隊長」
フランツはそう言って弓を握り直す。クロードの視線の先は、少し離れた隊列の先頭にあった。
「賊の痕跡が街に続いておるなど、やはりおかしいではないか」
イザリヤは城門から少し離れて立ち止まり、言った。守役は言う。
「妙ですな。こうなれば街の者達にも話を聞かねばなりますまい。街に入れば、賊との戦いの前に兵達を休ませることも出来ましょう」
「しかし我らは兵を連れて急に押しかけているのだぞ。これですんなり街に入れるのか。相手が話の分かる手合いであれば良いのだが」
「わたくしが話を付けて参ります」
守役は歩み出て門番と話し、イザリヤの元へ戻る。
「こちらの事情をお話しした所、ご協力戴けるとのことでございます。城主殿との面会も申し入れておきました」
「手間を取らせたな」
イザリヤがそう言うと守役は薄く笑みを浮かべる。隊列の半数程が城門を通り抜けると、先頭のイザリヤと守役は広場に差し掛かった。広場では、ハンの兵の躯が磔にされていた。イザリヤが叫ぶ。
「我らの兵ではないか。一体これは、どういうことだ」
荷車が城門に差し掛かったそのとき、フランツはクロードを突き飛ばした。城門の落とし格子が激しく音を立てて落ち、地面を突き刺す。重厚な格子が、クロードを街の内へ、ヴァルコと傭兵の一団を街の外へと隔てた。フランツは地に臥し、その躰は落とし格子の杭に貫かれていた。クロードが駆け寄るとフランツは口を動かすが、言葉にはならない。クロードがフランツの喉元を短剣で切ると、腕と頭はゆっくりと地に落ちた。クロードはフランツの剣を取り、立ち上がると、格子を隔てた先のヴァルコに手で合図を送り、自らは隊列の先頭へと向かう。
イザリヤは兵から城門の顛末を聞き、言葉を失う。砦の街の役人が現れ、言う。
「平定軍団長、イザリヤ様でございますね。城主様がお会いになります。館までお越しくださいませ」
「それより城門の一件を説明しろ。何の真似だ」
「誠に申し訳ございませぬ。近頃、城門の仕掛けの調子が悪いのです。早く直せと城主様は命じておったのですが、職人の手配が遅れ、このようなことに。お恥ずかしい限りです」
イザリヤが何か言おうとするが、守役が宥める。
「ここは一先ず、館に向かうより他、ございますまい」
「随分と落ち着いているようだな、じじい」
現れたクロードの言に、守役は返す。
「これはクロード様。斯様な時であればこそ、我らは落ち着いているように振舞わねば、兵にも動揺が伝わってしまいます」
クロードは舌打ちをし、顔の返り血を拭う。イザリヤらは館へと向かった。
「わたくしがここの城主を務めておる者です。砦の街へようこそ、イザリヤ様。お会いできて光栄です」
「挨拶は良い。森丘の国の辺境を襲った賊どもの痕跡がこの街まで続いていたのは、どういうことだ。納得の出来る説明をお願いしたい」
「それは、守役殿の口から説明して戴いた方が良い」
イザリヤが守役に目を向けると、守役は城主とイザリヤの間に歩み出て向き直り、頭を下げ、言う。
「僭王ハンゾは先の和平の合意を反故にし、常緑の国に騎兵を差し向け、侵略いたしました。今こそ我ら、森丘の国の正統なる王家に連なる一家眷属は、帝国内の蛮族排斥を第一に掲げる勢力、排斥派と手を結び、森丘の国を蛮族から取り戻す為、立ち上がらねばなりませぬ。森丘の国の各地に残る、復権派の勢力とも話は付いております」
「馬鹿な。ではハンの騎兵を常緑の国まで釣り出す為、排斥派は賊を装って辺境を荒らしていたと言うのか。しかも、じい、そなたはそれを知りながら、わざとハンの騎兵を賊の追跡に差し向けた。そなたは斯様な話を勝手に進めていたと言うのか。まさか、王都の兄上も、この事を知っておるのか」
「イヴァン様は王都で復権派の弾圧に手を染めてしまいました。最早、復権派はイヴァン様を裏切り者と見做しております。故に、イヴァン様は森丘の王たり得ませぬ。多くの王族が殺され、イヴァン様からも人心が離れてしまった今、森丘の国の希望はイザリヤ様しかおらぬのです」
「わたしに竜王ハンゾを、裏切れと言うのか」
「竜に焦がれると言うなら、それも、よろしいでしょう。しかし、竜の背を追う者が、竜となることはございませぬ。竜と並び、時にそれを喰らう者こそが、竜となるのでございます。そもそも、竜王の治世は長くは続きませぬ。皇帝陛下もまた然りです。排斥派は弟君であるルクシウス殿下の擁立を画策しております。これは帝国全土を巻き込む、大きなうねりとなるでしょう。大局を見誤ってはなりませぬ」
守役の言に、城主は続ける。
「成り上がりの蛮族、僭王ハンゾを快く思っている諸侯などおりませぬ。おまけにこの紙切れです」
城主は配分票を見せ、ひらひらさせた後、投げ捨て、続ける。
「これはそもそも、蛮族が掠奪の分け前を約束する紙切れです。それを通貨として認めるなど、正気の沙汰ではない。これの所為で金銀を始め、あらゆる物の値がおかしなことになってしまった。数多くの貴族と商人が大きな損失を抱え、中には自ら死を選ぶ者すら出ておるのです。つまり皇帝と竜王は、貴族にも商人にも見限られ、恨まれておるのです。どちらが勝つかなど、明らかでしょう」
イザリヤは暫し目を閉じた後、目を見開き、言う。
「貴族であれ商人であれ、商えば損をする者も得をする者もおるであろう。殊に此度の話であれば、損をしたのは世の趨勢を見誤った者達であろう。古き因習や考えに囚われるから、その様な事になる。剰え、それを他人の所為にするなど、感心できぬ。わたしに言わせれば、そのような者達が皇帝や竜王と争って勝てるとは思えぬし、勝つべきでもない」
「どうか御嬢様、ここは聞き分けて下さいませ。御嬢様は竜王のことを悪く思いたくないだけなのです。一時の情に流されてはいけませぬ。イザリヤ様が王家を継げば、御父上もお喜びになりましょう。これは事あるごとに分家だの、田舎者だのと蔑ろにされてきた、御祖父上からの、一族の悲願でもあるのです」
守役の言に、イザリヤは声を荒げる。
「何故、今そのような話をする。父も祖父も、女を除け者にして、何とも思わぬ者達であったのだぞ。一族の悲願など、知ったことか。竜王ハンゾの切り開く未来こそ、我らの歩むべき道なのだ」
守役は言う。
「御嬢様、申し訳ございませぬ。これも、御嬢様の為なのです」
城主は言う。
「女を捕らえろ。傷をつけてはならん。逆らう者がいれば、他は殺して構わん」
兵達が一斉に身構える。イザリヤは叫ぶ。
「クロード。じいを、殺せ」




