敗兵
「賊退治と言っても、小物ばかりですね」
縄に繋がれた賊を見てフランツが言う。傍らのクロードは静かに笑う。
「生意気を言うようになったな。もっと大物と戦いたいのか」
「いえ、そういうつもりではなくて。小物でも悪党を捕らえることは大事な仕事だと理解しています。ですが、この街にはもっと大きな問題がある気がするんです。でもそれが何かも分からないし、どうしたらいいのかも分からない。何か、もどかしくて」
フランツの言に、クロードは口元に手を当てて暫し俯いた後、言う。
「お前は何がおかしいと思った」
「街の女に傭兵の事を聞いたら、泣かれてしまったんです。街も荒れているし、つい最近まで掠奪があったとしか思えません。やはり叔父の領主が言うように、傭兵の奴らは賊なのではないのですか」
「だが街の連中は傭兵のお陰で平和だと言う。脅されているのかもしれないが、ならば平定軍が街に来たのは好機の筈だ。だが、誰も俺達を頼って来ない」
「人質を取られているのでは。平定軍に話したら殺す、と言われているとか」
「それでも平定軍を頼るのが筋だと思うがな。どうも腑に落ちん」
前を歩くフランツは不意に立ち止まり、無言でクロードに合図を送る。フランツとクロードは静かに低く身構え、壁に身を寄せる。
「何故、わたしの話に調子を合わせなかったのだ。せっかく軍を呼んできたと言うのに、これでは全く、台無しではないか」
嘗ての領主の言に、若き領主は返す。
「大声はお止めください。平定軍に聞かれたらどうするのですか。皆殺しなどと、軽率が過ぎます。あのお方は、まだ生きておるのですよ」
「あれは賊退治の混乱に乗じて殺してしまえば、それで済む話であろうが。お前は、覚悟が足りぬ。いっそ館ごと焼いてしまえば、何も残るまい」
「馬鹿を言わないでください。そうやって後先考えずに事を起こすから、叔父上は仕損じたのではないですか」
若き領主の言に、嘗ての領主は声を荒げた。
「今のお前が、うまく事を収めているとでも言うのか」
「この話は、もう終いです。こうして話していること自体危ういと言うのに、叔父上には、その自覚すらない」
二人の領主は、それぞれに立ち去る。
「あの方、とは、誰なのでしょうか」
フランツの言にクロードは返す。
「さあな」
「火事だ」
誰かが叫んだ。領主の館からは激しく黒煙が立ち上っていた。
「叔父上、まさか本当にやるとは」
若き領主の言に、嘗ての領主は返す。
「何を言う。わたしではないぞ」
「何と。では一体これは何だと言うのです」
「知らぬ。何であれ、これは不味いぞ」
二人の領主は館の一室に駆ける。
「担ぎだすぞ」
扉の前で傭兵長が叫んだ。若き領主は手を広げて扉に立ち塞がり、続けて叫ぶ。
「運び出してはなりせん。火を消すのです」
「馬鹿を言うな。焼け死んだらどうするつもりだ。あんたまさか、まだ殺す気でいるのか」
「決して、そんなつもりではありません。どうしても外へお出しせねばならぬと言うなら、先に人払いをせねば」
守役が現れ、言う。
「皆様、お揃いですな」
皆、暫し唖然とする。若き領主が言う。
「守役殿もお逃げください。何故、そんなに悠然としておられるのです」
「探し物はこの奥、と言うことでございますか」
守役が笑みを浮かべそう言った刹那、クロードは音もなく若き領主に飛び掛かり、腕を捻った。フランツは傭兵と領主に弓を向ける。
「安心せよ。火事など起きておらぬ。少しばかり、煙を焚かせてもらっただけだ」
イザリヤが言った。扉を開けて部屋へ入ると、寝床に臥せる男がいた。その眼には包帯が巻かれている。男は咳き込み、言う。
「騒がしい、な」
「失礼だが、どなた様か、お伺いしてもよろしいか」
イザリヤの言に、男は返す。
「俺は、貧乏貴族の三男坊。先の戦いでは、輜重隊の小隊長を、務めていた」
守役は小隊長の顔を覗き込み、「失礼」と言って目許と指先に触れる。
「毒を盛られておりますな。申し上げにくいのですが、これはもう、施しようがございませぬ」
イザリヤは言う。
「誰が、一体何の為に毒を盛ったと言うのだ」
クロードは言う。
「敗兵狩りだな」
「どういうことだ」
「例えば、戦に負けた貴族が街に流れ着く。今は金を持っていないが、いずれきちんと礼はする、などと言いながら家宝の短剣を差し出し、宿と食料を求めたとする。街の者は短剣を受け取りながら、男が見事な剣も持っていることに気付く。そしてこう考える。殺してしまえば、短剣だけでなく、剣も鎧も手に入るではないか」
クロードの言に、嘗ての領主が声を荒げる。
「わたしが目先の小銭欲しさに、そのようなことをしたと思っておるのか」
フランツは呟く。
「毒を盛ったのは本当だって言うのか」
若き領主は膝を折り、言う。
「もう、何かも終わりだ」
傭兵長は言う。
「俺達はこの小隊長殿の指揮下で、輜重隊の護衛をしていた。事の始まりは、小隊長殿が味方に騙されて荷を盗まれたところからだ。それで俺達は小隊長に従い、この街を拠点として、荷を盗んだ奴らの足掛かりを追うと共に、味方との連絡を図ることにした。だがどちらもうまく行かず、隊はこの街に何日も足止めされた。そして次第に、街の者達の間には不信と不満が募った。この隊は何時まで街にいるのか。その間の食料は足りるのか。小隊長殿は褒美を約束したが、それは本当に支払われるのか。領主は決断した。毒を盛り、隊を皆殺しにする、と。だが企ては失敗した。毒に耐え、命を取り留めた者。異変に気付き、毒を口にしなかった者。とにかく、全滅は免れた。当然、俺達は怒った。俺達が街の連中に詰め寄ると、領主の甥がこう提案した。毒殺の首謀者である領主を街から追放する。そして俺達の当面の食い扶持を保証する。俺達と街の連中はそれで手打ちにした」
傭兵長の言に、クロードは返す。
「嘘ではないだろう。だが正直でもない。毒で皆殺しと言うなら、街の連中は徒党を組み、生き残りに止めを刺す為、備えていた筈だ。翻って、隊の連中が毒を盛られ、仲間を殺され、己も死にかけたと言うのに、口で文句を言っただけだと言うなら、行儀が良過ぎる。街の連中と隊の連中は、殺し合った筈だ。そして隊の連中が生きていると言うことは、街の連中は殺し合いに負けたと言うことだ。直接武器を手にした者は殺され、そうでない者は掠奪を受け、女達は犯された。だが隊の連中も、毒を盛られた小隊長が何時まで生き長らえるか分からない。街を荒らし続けたまま、貴族である小隊長の後ろ盾を失えば、いずれは賊として討たれるだろう。故に街の連中と折り合いをつけた」
傭兵長は言う。
「一夜のことだ。夕餉に毒を盛られ、夜の暗闇の中で、敵も味方も分からず戦ったんだ。規律も統率も、あったもんじゃない。確かにやり過ぎた奴もいただろう。だが、それでも明け方には俺が止めさせた」
イザリヤは震えた声で言う。
「否定はせぬのだな」
守役は言う。
「街を挙げての敗兵狩り、しかも貴族に毒まで盛ったとあっては、何処まで咎が及ぶことやら。街の者がほとんど皆殺しとされても、おかしくはありませぬ。その弱み故に、街の者は少なくとも表向き、傭兵達に従ったと言うことでございますな。さて問題は、事が明るみとなった今、誰をどう罰するかでございますが」
小隊長は言う。
「全て、俺が悪い。荷を盗まれた間抜け。街の者に疎まれていることも気付かず、居座り続けた厄介者。隊を統率できなかった、役立たず」
傭兵長は泣き、言う。
「あんたは役立たずなんかじゃない。戦ではいつも下馬して俺達と生死を共にした、勇敢な騎士だ。いつか、俺達の国を作ろうって、約束してくれたじゃないか」
小隊長は少し笑い、咳き込み、言う。
「貧乏貴族の三男が継げる土地など、僅かだ。故に己の力で勝ち取ってみたいと、思っていた。それが無理なら、せめて華々しく死にたかった。今更、下らない見栄かもしれぬ。だが、郷里の者には、俺は戦で死んだと伝えて欲しい。それから、傭兵達のことも、頼む。こいつらは、良く働いてくれた。悪いようには、しないでくれ」
「分かった。良いだろう」
イザリヤは目許を拭い、言った。




