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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
帝国の内なる厄災
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荒廃

「おお高貴なる御方、勇敢なる戦士様。どうか、お助けください。街が賊に乗っ取られてしまったのです。我らが住まう滝川の街は山深い所にあり、先の戦禍を逃れておりました。しかし帝国の左軍が敗れ、その生き残りが野党の群れと化し、街に流れ着いたのでございます。そして金目の物やら食糧やら女やらをよこせと、我らを脅したのです。勿論わたしは領主として、無法者に助力などできぬと断っておったのですが、恥ずかしながら甥が賊の脅しに屈し、奴らを街に引き入れてしまったのです。そこからは真に酷い有様でございます。逆らう街の男達は斬り殺され、その亡骸の目の前で女達は犯されたのです。奴らはとんでもない外道です。どうか奴らに正義の鉄槌を下し、街を取り戻してくださりますよう、何卒、どうか、どうか」

滝川の街の領主は、頭を地に擦り付ける。イザリヤは溜息をつき、言う。

「またか。仮にも帝国の兵たる者が、こうも易々と賊に堕ちるとは」

クロードは言う。

「良くある話だろう。それに大方、想像は付く。森丘の戦いでは皇帝が自ら出陣して中央の主力を率いた。気の利く臣下なら、柄の悪い連中は両翼の軍に組み入れた筈だ。帝国軍などと言っても、その多くは金を使って破落戸を寄せ集めているだけだろう」

滝川の領主は言う。

「全く、破落戸とは正にその通りなのでございます。皆様方とは似ても似つかぬ、獣のような奴らでございました。それが街の者達を、女子供まで、ああ、恐ろしい」

「良くある話であろうと、相手が獣であろうと、我らが為すべきことは決まっておる。すぐに出立の準備を整えろ」

イザリヤが叫び、兵達は慌ただしく動き回った。


「斥候の話では、街の門には見張りが二人程いたそうでございます。帝国の旗が掲げられていたとも申しておりました」

守役の言にイザリヤは返す。

「見張りと言うのは、賊のことか」

「槍を持ち、粗末な鎧を身に着ていたそうでございます」

守役の言にクロードは腕を広げ、言う。

「賊や敗兵でなくとも、辺境の兵は粗末な鎧を着ているものだ」

「つまり、斥候の話では街が賊の手に落ちているのかどうか、よく分からぬということではないか」

イザリヤの言に滝川の領主は返す。

「何を仰るのです。こうしている間にも街の者達は賊に苦しめられております。一刻も早く、あの憎き賊どもを皆殺しにして下さいませ。大体にして、賊の分際で帝国の御旗を掲げるなど、寧ろ不敬でございます。それとも帝国の旗を掲げれば賊であっても許されるなどと仰るのでございますか」

「無論、賊は討たねばならぬ。しかし、一目には平穏な街に奇襲を仕掛けるような真似をすれば、それこそ賊と同じではないか。まずは正面から入って話を聞くのが筋であろう」

イザリヤの言に滝川の領主は返す。

「そんなことをすれば、兵が無駄に殺されてしまいますぞ。それに時を与えては、賊どもは街の反対側から逃げるかもしれませぬ。ここは先手を打って、一気呵成に皆殺しが上策でございましょう」

暫しの沈黙の後、守役が言う。

「なるほど。領主殿の仰る通りかもしれませぬ。確かに賊が逃げては厄介です。ここはクロード様、街の反対側へ回り込み、そこから奇襲を仕掛けて下さいませ。我らはこちら側で待ち構え、賊を一匹も逃がさぬようにいたします」

「殺せと言っているのだな」

クロードの言に守役は薄く笑みを浮かべ、言う。

「ええ、勿論でございます」

「いいだろう」

「待て。お前だけでは信用ならぬ。裏手の攻めにはわたしも加わって指揮をとる。表の主力は、じい、そなたに任せる」

イザリヤの言に守役は頭を下げ、返す。

「承知いたしました」

イザリヤとクロードは手勢を率い、森の暗がりへ消えた。


「分かっているのだろうな」

イザリヤの言にクロードは返す。

「今日は殺せばいいのだろう」

「馬鹿を言うな。あんなもの、じいの方便に決まっておるであろう。我らは裏手から回って街の者に話を聞く。それで十分だ」

「それは良かった。じじいも軍団長殿も、あんな胡散臭い男の言いなりなのかと心配していたところだ」

「馬鹿にするな。あの領主が何か隠しておることくらい、見れば分かるであろう。相手も確かめぬうちから皆殺しにしろなど、言い分がおかしい」

「聡明な軍団長殿の下で働けて光栄だ」

「馬鹿にするなと言っておるであろう」


 街の裏手の門には槍を持つ男が二人立ち、イザリヤらの良く手を阻んだ。

「止まれ。何だ、お前らは」

「控えよ。我らは皇帝陛下と竜王ハンゾより、辺境平定の命を受けている。この街の領主に目通り願う」

イザリヤの言に、門番達は笑う。

「こいつは傑作だ。女が鎧を着て、辺境平定だと。しかも皇帝と竜王の命だなんて。そんな人数で何を言っている。ああ、分かったぞ。旅芸人か。いや、新手の商売女か」

「斯様な侮辱、赦せぬ」

イザリヤは言い、剣を抜く。

「よそ者が剣を抜いたぞ」

門番が身構えて叫ぶと、武器を手にした男達が現れた。クロードは無言のままゆっくりと門番に歩み寄る。

「止まれ」

門番は叫び、槍を振る。クロードはその槍を掴んで奪い、門番の足の甲を貫いて地に突き立てる。続けてもう一人の門番が構えた盾を掴み、その縁で顔を殴る。門番が落とした槍を拾い、喉元に突き付ける。クロードは現れた男達に目を向ける。平定軍の兵は一斉に弓矢を構える。イザリヤは言う。

「我らに従わぬならば、賊として処刑する」

一人の男が武器をゆっくりと置き、言う。

「待ってくれ。すまなかった。俺達は賊じゃない。この街の領主に雇われた守備兵だ。俺はこいつら、傭兵の長をしている。若い衆が失礼をした。こいつらは物を知らないだけで、悪気があった訳じゃない。領主の所まで案内するから、殺しは止めてくれ」

傭兵長に続いて周りの男達が武器を捨て、平定軍の兵がそれを拾い集める。クロードは構えを解き、言う。

「軍団長殿は剣を抜いたまま領主と面会するのか」

イザリヤは肩で息をしながら暫し門番を睨み、剣を収めると、門番の顔を殴った。


「少し前まで、この街は無防備でした。街の守りを務めていた者達が幾人か戦いへ赴き、帰って来なかったからです。その隙を狙ってか、森丘の戦いが終わると賊がうろつくようになり、街の者が襲われるようになりました。彼らが街に現れたのは、そんな折です。聞けば彼らは傭兵を生業としており、次の当てはないと言うではありませんか。これは良き巡り会わせと思い、わたしは彼らに、この街の守備を依頼したのです」

若き領主の言に、傭兵長は続ける。

「戦いから引き揚げていた俺達は、この街に辿り着いた。少しばかり食料が不足し始めていたから、命拾いだった。今は俺達も街の連中の役に立っているみたいで、良かったと思っている」

「そう言った次第ですので、この街は至って平和です。貧しい田舎ですが、大きな戦いの後でも曲がりなりに暮らしていけているのですから、有り難いことです」

「賊を街にのさばらせておきながら平和などと、何を抜かしておる」

嘗ての領主が現れ、言った。若き領主は返す。

「叔父上。何故、戻ってきたのです」

「分かっておる。お前は奴らに脅され、恐れておる。だが、もう良い。平定軍の方々にお任せして、賊を一掃するのだ」

「何を仰るのです。平定軍の方々、叔父上の言を信じてはなりません。叔父上は街の者達の信を失い、追放されたのですから。その追放と言うのも、二度と街には戻らぬと言う約束で助命を受けた結果だったのです。それなのに、それすら反故にしてしまった。あなたは、何と懲りない方なのだ」

「街の者達に吊るされる程とは。そなたの叔父上は一体何をしたと言うのか」

イザリヤの言に、若き領主は返す。

「それは、何と言いますか、常日頃からの恨みと申しますか、悪政への不満と申しますか、そう言ったものが長年のうちに積もっていたのでございます」

「どうも、歯切れが悪いな」

イザリヤの呟きに、嘗ての領主は言う。

「歯切れが悪いのは当然でございます。賊に怯えて、表を取り繕っているだけなのですからな」

イザリヤは溜息をつき、言う。

「もうよい。山道ばかりで兵も疲れている。今日の所は、終いだ。続きは、いずれまた聞かせてもらう。我らは明日より幾日かこの街に留まり、周囲の賊を討つ。そのつもりで頼む」

平定軍の一団は領主の館を後にする。

「困りましたな。一体どちらの領主を信じればよいのやら」

守役の言に、クロードは返す。

「何を困る必要がある。甥と叔父、身内の揉め事だろう。放っておけばいい」

イザリヤは言う。

「単なる身内の揉め事ならばそれで良い。だが、あの者達は何かを隠している。それが明らかにならぬうちは、捨て置けぬ」


「この焼け跡、まだ新しいよな」

フランツは仲間と共に街を歩きながら辺りを見渡し、言った。傍らの兵が言う。

「かもな。なんていうか、この街、寂れてるよな」

「寂れてると言うより、荒らされたんじゃないのか」

「元々おんぼろなだけだろ。俺たちの街だって、他所の事言えないぜ」

兵達は笑う。

「おんぼろな街でも、酒は飲めそうだ」

一人の兵が看板を指差し、言った。兵達は席に座り、口々に酒を注文する。

「あの、この街は平和なのですか」

フランツは酒を運ぶ女に尋ねる。女は返す。

「はい。今は兵士様がおりますから、大丈夫です」

「傭兵達の評判はどうなのですか」

「ごめんなさい」

そう言うと女は涙を浮かべて店の奥へと去った。

「おいフランツ、振られるの早過ぎるだろ」

兵達は笑う。フランツは店の奥を向いたまま、暫し茫然とした。

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