山賊
「高貴な方々、この山は難所ばかりだ。しょっちゅう岩が崩れて、通れる所も変わるもんだから、近くの街に住んでいる者でも道に迷って命を落とすほどだ。その上、厄介な賊まで出る。勿論、貴族様や兵士の方々がお強いのは分かってますがね、それでも山の中で弓矢に狙われたら、ただじゃ済まない。そこでだ、俺達を道案内に雇うと良い。俺達なら、ついこの間に崩れた岩場も避けて通る方法を知っているし、水場にだって案内できる。賊が待ち伏せする場所も、やり口もよく分かっている。賊も俺達がいると分かったら襲ってこない。もし襲ってきたとしても、この長弓で返り討ちだ」
壊れた皮鎧を纏う男は、幾人か仲間を従え、言った。
「なるほど。何とも有り難いご提案だ。渡りに船。いや、飛んで火にいる夏の虫、か」
イザリヤがそう言って片手を挙げると、守役は男の腕を捻り上げた。兵は一斉に男の仲間を取り押さえる。
「おい、俺達が何をしたって言うんだよ」
男の叫びに、イザリヤは返す。
「道案内などと、よくも抜け抜けと言えたものだ。金を払わなければ弓矢で襲われるなどと、そんな調子で旅人を脅す者を賊と呼ばず何と呼ぶか。我らはそのような賊を討ち払う為に来たのだ。さあ、大人しく根城まで案内しろ。そうすればお前の命は助けてやろう」
「賊やら根城やら、一体何を言ってるのか分からねえよ。こっちは親切で道を教えてやろうかって聞いただけなのに、なんて言いがかりだ」
イザリヤは「ふん」と鼻で笑い、傍らの兵に言う。
「クロードを呼べ」
兵が走り、後ろの隊列からクロードが呼ばれる。
「手段は問わぬ。この賊を捻り上げて根城を吐かせろ」
イザリヤの言に、クロードは返す。
「雑兵に相応しい仕事という訳か」
「不服か」
「相手が賊ならば役目に不服はない。だが問題は、こいつらが本当に賊かどうかだ」
イザリヤは「何」と呟き、眉を顰める。クロードは続ける。
「この辺りの支配は長いこと有耶無耶にされてきた。周りの領主は何れもここは自らの所領だと言い張っているが、実際こんな山奥にまで兵を置く余裕のある奴はいないし、また争ってまで手中に収める価値もない。故にここは街を追われた連中の吹き溜まりになっている」
「つまり、こいつらは破落戸ということだろう」
「元はそうかもしれん。だがこの辺りを仕切る頭目がいて、こいつらに道義を守らせている。必要以上に金や物は取らないし、行き倒れている奴がいれば助けることもある。だから周りの領主も目を瞑ってきたし、それでこの辺りは丸く収まってきた」
「信じられぬ。田舎の雑兵は賊の味方までするのか」
「あんたら貴族が不甲斐ないから、統治の空き地ができる。だから見捨てられた田舎ではこうやって頭目がその代わりをしてやってるんだろうが。それを後からやってきて賊呼ばわりとは、随分と勝手な話だと俺は思うがな」
「自分は雑兵などという割には、良く喋る。大体、尤もらしいことを言っておるが、賊に顔馴染みが混じっておるのではあるまいな」
「ここの頭目のことは知っている。こいつらの顔は知らん。新顔だろうが、大きな戦の後なら珍しいことではない」
イザリヤとクロードは互いを睨み、沈黙する。
「何れにしましても、この者達の根城へ向かい、話を聞くのがよろしいかと存じます。しかし何も疚しい所がないと言うのであれば、この者達も素直に根城まで案内してくだされば良いものを」
守役の言に、クロードは返す。
「聞き方が悪いからに決まっているだろうが。まあいい。こいつらの根城は聞きだすまでもない。俺も知っている。だが、こちらから先に手を出すのは無しだ。女子供もいるのだからな。いいな」
「雑兵がわたしに命令する気か」
イザリヤが言った。守役は宥める。
「まあまあ、案内して戴けるなら良いではありませんか。ここは収めてくださいませ、御嬢様」
「御嬢様と呼ぶな。軍団長だ」
イザリヤの言に守役は頭を下げる。イザリヤは背を向け、兵に出立を叫んだ。
「まさか適当に歩いているのではあるまいな」
イザリヤの言にクロードは返す。
「山歩きが嫌なら、どこかでお休みになっていれば良い」
イザリヤが返すよりも早く、守役が「クロード様」と宥める。クロードは溜息をつき、言う。
「もうすぐだ」
一団が獣道を分け入って進むと、辺りが霞み始めた。やがて靄の合間から朧げに建物らしきものが見えた。イザリヤは言う。
「廃屋ではないか。やはりお前、出鱈目を」
クロードはこれには返さず、「まさか」と呟き、走り出す。イザリヤは叫ぶ。
「おい、待て。どうしたと言うのだ」
イザリヤと守役がクロードに追いつき、クロードの視線の先を見やると、そこには小さな躯が吊るされていた。イザリヤは口を手で覆い、立ち尽くす。クロードは振り返って走り、壊れた皮鎧の男に詰め寄る。
「ここで何があった」
「俺は、知らねえよ」
クロードは暫く男を睨んだ後、俄かにその首を刎ねた。男の仲間は叫び、兵達はざわめく。守役は言う。
「クロード様、何をされているのです」
「根城を聞き出す。手段は問わぬのだろう。口を割らせるなら、一人残っていれば十分だ。残りは死ね」
クロードはそう言い、些末な身なりの男を睨むと、男は「ひ」と息を吞み、尻餅をつく。
「待ってくれ。俺は嫌だったんだ。餓鬼まで手に掛けるなんて、俺は止めたんだ」
男に続けて、守役は言う。
「クロード様、殺すかどうかは話を聞いた後で考えてもよろしいのでは。一先ずは、この者の話を聞いてみては」
「俺達は森丘の戦いに傭兵として参加した。だが、訳も分からんうちに味方は負けちまって、俺達は本隊からはぐれちまった。そうして歩き回っているうちにこの辺りに流れ着いた。ここは頭目の仕切りで、ちょっとした集落みたいになっていたんだ。頭目は行く当てもない俺達を受け入れ、飯を喰わせてくれた。だから俺達も頭目の仕事を手伝うことにした。それで暫くは良かったんだ。だが輜重隊の奴らが流れ着いて、おかしくなっちまった。確かに始めは皆、喜んだぜ。奴らは幕舎やら道具やら、役立つ物を色々と運んでいて、しかも女まで連れていやがったからな。だが、すぐに飯と女の取り合いで揉め事が起こるようなって、半月も経たずに殺し合いだ。それで、頭目を殺したのは、輜重隊で小隊長と呼ばれていた奴だ。見せしめと言って頭目の倅を殺し、娘の方は捕らえて人質にしている。頭目の女と、手下だった連中に言うことを聞かせる為だ。今は俺達も仕方なく小隊長の言うことを聞いているが、好き好んで従っている訳じゃねえ。あいつらは今、向こうの山に陣取ってる。喋ったんだから、これで良いだろ、な」
クロードは手斧を握りなおす。守役が宥めると、クロードは舌打ちして構えを解いた。
「こんな山奥まで軍勢を引き連れて、一体、何用かな」
槍を手に身構える男達の合間から、甲冑の男が歩み出て、言った。守役が言う。
「輜重隊の小隊長殿と言うのは、貴殿のことでございますかな」
「ああ、そうだ。そういう、そなたらは何者であるか」
「申し遅れました。我らは皇帝陛下と竜王ハンゾより、辺境平定の命を受けた平定軍なのでごさいます」
「なるほど、確かにこの山には賊がおる。そういうことなら我らも共に戦おうではないか」
「有り難いお申し出ではございますが、実は、この者達が申すには、小隊長殿が賊の親玉なのだと」
小隊長は笑う。
「何を言うかと思えば。まさか、賊の言葉を真に受けておるのではあるまいな」
「勿論、真に受けてなどおりませぬ。とは言え、戦が終わって暫く経ちました故、未だに山中におる兵には事情を聞かねばならぬのでございます」
「なるほど、ならば経緯を話そう。我らは兵を引き上げる途中にここを通り、賊に出くわした。戦に敗れたとは言え、我らは帝国兵、賊は成敗してやったのだが、小癪なことに奴らの方が山には慣れている。幾人か討ち漏らしてしまった。それで賊を捨て置くわけにもいかず、ここで賊退治を続けておるという訳だ」
「左様でございましたか。しかし帰りが遅くなっては、郷里の方々が心配されるのではございませぬか」
守役の言に、小隊長は笑う。
「俺は貴族と言っても、三男坊だからな。すぐ帰らずとも、誰も困らぬ。隊の連中も、似たような奴ばかりだ」
「では向こうの山にあった、賊の根城も貴殿らが焼いたのでございますか」
「ああ、そうだ」
「童の躯がありましたが、あれは貴殿らが吊るしたのでございますか」
「まさか、そんな野蛮な真似など。あれは俺達が根城に攻め入ったとき、既に吊るされていたのだ。全く、賊の考えることは分からん。子供が足手まといになったのか、何かの見せしめか、何であれ酷いものだ」
「嘘をつくな。あれはお前が」
些末な身なりの男が叫んだ。小隊長は口元を歪めて笑う。
「お前が、何だ。どうした。続きを言ってみろ」
些末な身なりの男は目を背ける。
「続きはこの女が話す」
イザリヤが現れ、言った。傍らには顔に傷のある女と小さな娘が立つ。小隊長の口から「な」と声が漏れる。続けてクロードが現れ、言う。
「少しばかり隠したところで無駄だ。同じ下賤の者同士、やり口など見え透いている」
小隊長の手下は、互いに顔を見合わせる。顔に傷のある女が言う。
「こいつらも輜重隊も、みんな同じさ。水も食い物も無いって言うから、頭目が助けてやったのに、あっさりと裏切りやがった。そこの小隊長とか抜かしている奴とその手下が、仲間を手当たり次第に殺したんだ。そのとき、古参でも輜重隊でもないこいつらは、小隊長に命乞いをした。そうしたら小隊長はこいつらに、頭目の息子を殺して忠義の証を見せろって言ったんだ。自分の命が惜しいからって、大人が寄って集って子供を嬲り殺しにするなんて。それをこの男は薄ら笑いで眺めていたんだ。許せない。こんな外道ども、早く死ねばいい」
些末な身なりの男は叫ぶ。
「俺は殺してない。縄を掛けただけだ。殺すところまでやるなんて思わなかった。なのにこいつらが」
男達が口々に叫ぶ。
「ふざけるな。その後、吊るしただろうが。吊るしたら死ぬに決まってるだろうが」
「俺は力を入れてない。結び目だって緩くしておいた。それに縄を掛けたときはまだ生きてた。こいつが刺したから死んだんだ」
「何言ってる。俺が見たときには吊るされて、もうぐったりして、死んでいたぞ。だから、もう仕方がないと思って刺す振りをしただけだ。俺が殺したんじゃない」
小隊長は笑う。
「やはり賊は賊だ。こいつら、自分達で殺したと認めたぞ」
女は言う。
「何言ってるのさ。あんたが、やらせたんだろう。この人でなしが」
小隊長は笑い、首を振ると、イザリヤと守役に交互に視線を送り、言う。
「こいつは賊の女だぞ。女だから情けをかけて助けてやったのに、出まかせを言って俺達を陥れようだなんて、飛んだ逆恨みだ」
「人を散々いたぶっておいて、何が情けだっていうのさ」
「賊を信じるのか。俺は貴族だぞ。こんなことをして」
話の途中で守役に転ばされ、小隊長は可笑しな声を漏らす。守役は言う。
「おっと、失礼。やはり正規の訓練を受けた者の身のこなしとは違うようですな。鎧も体に合ってはおらぬご様子。真っ当な貴族が身に合わぬ鎧を纏うなど、有り得ぬ話です。真の持ち主から奪ったのでございましょう。片や輜重隊と言えば、軍の糧食を預かる大事な役目。素性の良い、信頼の置ける人物を当てるのが定石でございます。即ち、貴殿は真の小隊長ではない」
「屑ばかりだな。皆殺しにしてやろうか」
クロードの言に、イザリヤは返す。
「わたしとて、こんな虫酸が走る外道どもにはすぐさま消えてもらいたい。だが、無法者を、無法を以って裁けば、無法の繰り返しとなる」
イザリヤは暫し黙した後、続ける。
「小隊長と称する者を捕らえよ。子殺しに関わった者どもと共に、街で裁きを受けてもらう」
クロードは呟く。
「どうせ斬首だろう」
辺りはざわつく。小隊長と称した男が叫ぶ。
「他にどうできたって言うんだ。こいつらが口で言えば言うことを聞く連中だとでも、思っているのか。少しぐらい荒っぽいこともしてやらなきゃ、誰も従わねえ。俺がいなけりゃ、こいつらは勝手に見境なく悪事を働く。俺のお陰で、外れ者同士の揉め事で済んでいたんだろうが」
クロードは言う。
「頭目も似たようなことを言った。だが同じ言葉でも、子殺しの外道が負け惜しみで言うのでは、響かんな」
賊らが兵に連れられて去ると、イザリヤはクロードを向き、言う。
「これからは勝手に殺すな。良いな」
「命令には背いていないと思うが」
イザリヤは声を荒げる。
「賊を庇ったかと思えば、急にその賊の首を刎ねるなどと。お前はわたしに逆らいたいだけなのか」
クロードは暫し黙した後、言う。
「俺の母親は街を追われた女だ。父親は知らんが、敗兵か流れ者か、こいつらみたいな奴だろう」
守役は言う。
「左様でございましたか。なればこそ賊に情けをかけ、また憎みもすると言うことなのでございましょうか。或いは殺された童に、嘗ての己を重ねましたかな」
「一々、気に喰わんじじいだ」
クロードは守役が薄く浮かべた笑みを一瞥し、立ち去った。




